14話 光の影のわだかまり
帰還中、王子はルヴェラのあちこちへ連れて行ってくれた。
多くの船が停泊する港やにぎやかに市が開かれた街へ行き、馬を駆って耕作地が広がる田園風景も見せてくれた。
ドラゴンの森は、泉の近くの洞穴にドラゴンの化石が残る。岩壁と一体化したそれは、確かに鱗を持つと言われるドラゴンだ。命が絶えたのではなく、ひと時の眠りについているだけのように見えた。
そして、ドラゴンの卵が安置されている城の地下も案内してくれた。石の階段を長く下りた先の祭壇の中にそれはあった。
人の頭くらいの大きさがある。こちらも化石化していて、王子はぺたぺたと触れている。
「王宮の地下にもまだ三つある」
「え」
どういう状況で卵だけ残ったのだろう。割れもせず、硬質化して長く伝わるのは奇跡的に思えた。王家の中でドラゴンが神格化されるのもわかる気がした。
彼の手がわたしの手を取り、卵に触れさせた。石に近い感触だ。ざらっとした質感を指でたどる。
そのとき、卵が光を帯びたように見えた。思わず手を離す。怖くなって側の王子に身体を寄せた。
「光った」
彼も認めたようで、瞳をきらきらとさせている。
「光るものなの?」
「まさか。初めてだ。君の手が触れたから起きた。やっぱり君はドラゴンの魂を持つんだ。だから互いに感応し合う」
王子はわたしを背後から抱きしめた。
「僕の妃はドラゴンにつながる」
任務を外れている間は、それが余暇というわけではないようだ。
彼の裁可を待つ書類が執務室に溜まっている。留守中に代理として爺のダリルがさばくものもあるが、すべてではない。城はルヴェラの行政府も兼ねるから、仕事も多い。
剣の鍛錬も絶やさないし、次の任務に向けての準備もある。
そろそろ、出立が近いという。
ひと月ほど、彼はわたしの側にいてくれた。もしかしたら、ルヴェラに着いたばかりのわたしを気づかい、予定を先延ばししてくれたのかもしれない。
一旦出かけてしまえば、三月は会えない。考えただけで切なくなる。
夜に求められて抱き合った。
満ちた気分で彼の側で眠りについた。あと幾晩こんな夜が過ごせるのか。暗い思いも睡魔に溶けていく。
まぶしさに目が覚めた。窓から寝室に朝日が射している。当たり前に彼に触れるつもりの腕が、そのままシーツに落ちた。
え。
隣りに眠る彼は既に見慣れたものだ。しかし、今朝その姿がなかった。珍しいが、先に起きたのかと思う。
王子はちょっと寝起きが悪い。
人を呼び、身だしなみを整えた。彼女たちは完全にわたしの為の人々で、王子の身辺には触れない。
彼の身のまわりは、ダリルの指揮ですべて男性が取り仕切る。王家のしきたりで、騎士の王子は武張った環境で暮らすらしい。女性で許されるのは妻のわたしのみだ。
朝食に向かう。空腹で王子は先に食べているのかもしれない。
朝食の間には一人分の用意しかなかった。奇異に感じた。現れたダリルにたずねた。朝から隙のない装いをしている。
「アリヴェルはどうしたのですか?」
「殿下は夜明け前に出立なさいました」
「え」
どうして?
朝食が運ばれてきても、食欲が失せ、食べる気になれなかった。お茶だけ飲んで席を立った。
ひどいと思った。黙って行ってしまうなんて。
夕べはそんなそぶりも見せなかったのに。
彼の出立の際には、無事を祈ってきちんと見送りたいと決めていたのに。腹立ちもある。けれど、その後の悲しみで怒りの気持ちも萎えてしまう。
午前中は何をする気にも起きなかった。足の向いた城から北側に位置する隊の基地は、少しがらんとし、兵の数が減ったような気がした。
そこで声がかかった。
「ダーシー様」
呼んだのはマットだ。
当然だが、行軍する王子の側に常にいるウィルも既に出立していない。
マットを前にして、少し気が緩み涙ぐんでしまう。情けないと思う。王子の妻であるのなら、こんな別れは日々のことだ。
「ダーシー様に出立を告げないのは、王子様が前から決められていた命でした。だから誰も告げずに...」
「どうして? 妃が出立に立ち会ってはいけない決まりがあるの?」
「いえ。ダーシー様が悲しまれるのがお可哀そうだから、王子様がお決めになったのだと、ウィルは言っていました」
そうだ。自分が別れの悲しみばかりに浸って気づくのに遅れた。マットだってウィルとはしばしの別れだ。二人が睦まじいのは、ルヴェラに暮らしてわたしもよく知る。辛さは同じだ。
彼の前で涙を見せるのはみっともない。
胸に空いた穴のような虚無感はすぐには消えない。でも、ただ王子の帰りを待つだけの日々は過ごしたくない。無事を祈りつつも、ルヴェラの地で何かしたい。
マットは管理能力を買われ、隊の後方の仕事を請け負っている。王子の側で彼を常に守り支えるウィルのパートナーが、離れた基地では任務を違う形で支えている。それはとてもいい関係に思えた。
わたしも何か、見つけたい。
「あの、こんなときにお話しするのは申し訳ないのですが...」
マットが言い辛そうに切り出したのは、タタンの話だった。
わたしが去り、タタンでは新領主赴任に先行して、邸からの指示で鉱山開発が始められた。それはひと月も前の話だったという。
ならば、わたしたちがルヴェラに移ってからのことだ。
「覚えておいででしょうか? ルビ山の鉱山開発に関してウィルの助言で、彼の父上に再調査をお願いしていた件です」
「ええ。ウィルのお父様が鉱山開発に詳しいのよね。それで、もう一度調べてくれるって」
「はい。調べてもらったのですが…」
マットは表情を曇らせながら、
「一次の採掘で出た貴青石の欠片は、別な場所から持って来たものを山からの掘削で出たように見せたものだと知らせてくれました。そのように貴族をだます輩も横行しているようで...」
「え」
では、わたしはだまされていたということ? ルビ山から貴青石は出ない?
「鉱脈はないようです」
王子から多額の資金を融通してもらっている。それが今もタタンで流用されていたら、と背筋が寒くなる。
「アリヴェルからの資金はまだタタンに残っているの?」
「ご安心下さい。再調査をお願いする時に、安全第一とウィルを通じて一旦お返ししました」
「ありがとう、よかった」
思わずマットに抱きついた。優し気で愛らしい少年のような面影もあるのに、機を見るに敏で有能だ。王子の右腕を務めるほどのウィルは、そんな意外性にも引かれているのかもしれない。
「わたしだからいいですが、あまりこのような...」
「あ、ごめんなさい」
ウィルと公然の仲のマットなら妙な噂も立たないが、王子の留守にその妃が別な男性と親密な素振りは確かによくない。身を律しないと。
マットは続ける。
「ウィルの父上のその知らせは、わたしを通じてのものになっていました。ですので、その結果がタタンには届いていなくて、あちらは新領主様のご意向で大掛かりな採掘を始められてしまいました」
「あ」
「かなりの出費と思われます」
それが、すべて無駄になるのだ。マットの渋い顔もわかる。
もちろん彼が悪いわけではない。
実家に責められるのはきっとわたしだ。あれだけ鉱山開発の展望を盛って話したのだもの。それだって、悪気があったのではなく、単純に父にタタンを売ってほしくないがためだった。
何を企んだのでもない。
けれど、自分の行いが父や継母たちにとって大きなあだになってしまった。
わたしがどんな表情をしたのだろう。マットが慰め声で言う。
「仮に、ダーシー様が何をおっしゃっていたとしても、鉱山開発をお止めになることはなかったと思われます」
マットの言いたいことはよくわかる。その通りだと思う。止めていたとしても、それをその意味のまま取ってくれはしない。わたしがタタンを追われた腹いせに、彼らの鉱山開発での成功を阻もうとしていると考えたに違いない。
話が通じないほど、わたしと実家との距離は遠い。事実、父へ王子との結婚を知らせる手紙を送ったが、返事もないのだから。
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