6:さよなら、リーベリック。
……いやはや、素晴らしきかな。
我ながら惚れ惚れする、なんという天才的な立て直し方……!
さあ、ミリア……ぼくを讃えたまえ!!
偉大なる鈴白ろきの復活を!!
「ああ、ロキ様、万歳……! ロキ様、万歳……!」
「フフフッ、まったく~。そんなに褒めなくってもいいのだよっ? それにしてもミリアちゃん凄い血だねぇ。あとでしっかり洗っとくんだよ~、フフフ、フ!」
しかし、カルストロか……。
顔も名前も覚えておいたぞ、あの老いぼれ魔術師め。
いつかアイツは、ギャフンと言わせた上で殺してやろう。
うん。
遊び──や、『甘美なる呪い』の実験ももう十分だろう。
ぼくもちょっと飽きてきたし、何より……これ以上変なことをさせるとミリアちゃんが取り上げられちゃう。
「ミリアちゃん。ギルドの広間じゃゆっくりできないし、ちょっとどこかお部屋に連れてってよ」
「はい、こちらです……」
「よ~し、インタビューをしよっか。はい、ミリアちゃん。ちょっとだけ自由に喋っていいよ」
「──ッ!? カハッ!?──ハァッ、ハァッ!! オ゛エ゛エ゛エ゛エ゛……ッ!!」
うわぁ。
ニコニコしてたのがすごいっ、一気に別人になったみたい……。
冷や汗、動悸、激しい身体の震え。……目に見えて分かるよ。
いっきなり嘔吐までしちゃって、ミリアちゃんそ~んなに怖かったんだね……。
「んふっ…、はぁ、どう? 数日ぶりの自由は」
「ハァッ……ハァッ……!!」
まっ、これくらいは待ってあげよう……というか、待たなきゃラチがあかないし。
「──ごめんやっぱ待てないや」
「ヒッ!?」
髪の毛を掴んで強引にミリアの頭を引っ張り上げる。
……恐怖で瞳がブルブルだ。
喉は、うわずっているのかな。犬みたいにハァハァ言ってる。
「ねぇミリアちゃん、分かってる? 怖いのは分かるけど…はぁそれにしても可愛い顔……。……あぁ。怖いのは分かるけど、もしかしたら自由に動ける機会はこれが最後かもしれないんだよ? なんか喋りたいこととかって、無い?」
「たっ、助けて……ください……っ……お願いしますっ……!!」
「えぇ~ん? そんな命乞いみたいなのでいいんだ~?」
「……わっ、私だけにっ……こんな事っ……せめてっ、私だけにしてっ……」
「おぉ……!! 感心したよぼく! ミリアちゃんすっごい怖がってるみたいなのにそんな事が言えるだなんて、町想いなんだねぇ~」
フフフ。本心が聞きたいなぁ……。
「さーてとっ、さんざ怖がらせてなんだけどっ、ぼくだって別にむやみにキミで遊んでたわけじゃないんだ」
「え……」
「この魔法がどれだけ強力な効果を持っているのか、知りたかったからキミに色々と無茶させたんだ……そういえばあの爺さん、コレのこと魔法じゃないって言ってたね、ふふふー!! 魔法なのに、バッカだねぇ~」
「…………」
「いや、キミのおかげで本当に何でも操れるって分かったよ。だからさ、もうオシマイにしよっかなって」
「……ほ、ホントに?」
「あーでも『甘美なる呪い』にかかってた最中の記憶は消させてもらうよっ?──ていってもキミもそんなイヤな記憶残したくないでしょー。ぼくは魔法の存在を知る者がいなくなって嬉しい、キミはイヤな記憶全部無くなって嬉しい。お互いに良い思いするからさ、記憶消してもいいよねっ?」
ミリアがゆーっくり…うなずく。
呼吸も整ってるし、なんだかさっきとは一変して落っち着いてるね。
「……ごめんね、ミリアちゃん。たっくさんひどいことしちゃって」
ミリアちゃんの頭を抱いて、やさしくナデナデしてあげる。
受け入れてるのか、困惑しているだけなのかは分からないけどミリアちゃんはじっと受け止めてくれている。
「じゃ、最後に聞かせて。このまんま『甘美なる呪い』にかかったまんまはイヤ?」
「……イヤ、です」
「……辛かったね」
「……」
「……ごめんね」
「……」
「……ぼくのこと、許してくれる?」
「……」
あ、ちょっとうなずいた。
「──そういえば、折った指」
ぼくがミリアちゃんの手を取ると、全く抵抗しなかった。
震えてもいない。
心を許してくれてるのかな。
包帯を巻いてあるみたいだけど、青く腫れあがった生々しい指の根元は剥き出しだ。
酒場のお仕事で、剥けちゃったみたいだね。
「あの老いぼれ魔術師、治してあげても良かったのに放ったらかすなんて……ぼくが治そっか、ミリアちゃん」
「お、お願いします……」
わぁ、お願いしますって言った。ぼくなんだか嬉しい。
もはや形だけで意味をなしていない包帯を解き、青緑色に膨れ上がったミリアちゃんの人差し指に手をかざす。
「じゃあいくよ、『ヒール』……」
「……」
「──する意味もないかな」
「えっ──」
「やぁこんなに青くなっちゃもう使えないでしょ、ミリアちゃん、『噛みちぎっていいよそんな指』」
……ミリアちゃんは、呆然としている様子だ。いや、何を言われたのか分からないって顔かな。
じぶんの指が、勝手に。勝手に。どんどんお口に近付いていってるのを感じて、ようやく気付いたみたいだ。
「…………や、嫌……やだ…! やだ、やだ、やだ……!!」
やだやだ言ってもミリアちゃんの指はとまーんなーい。──っていうか、
「あれ、ミリアちゃんまだ自由に喋れるんだあ…ま、いっかあ…いまは」
「やぁ……やでふ……!!──おねはいひまふ、やあやあやあ、やあ、やああぁあぁあぁ────っ!!!!」
あぁ、腫れ上がったとこ噛んじゃってる……痛いね、ミリアちゃん……。
まだ歯型が少しついちゃうくらいの力だけど。
これから。ぼりって。ごりって。ぐちゃって。いくのかな。
いつになったら、いくのかな。
「ふぅ────っ!!! い゛いいいい゛いいいいぃぃ────っ!!? い゛いいいいいいいいい゛いいいいいいいい゛────!!!!!!!」
……………。はぁ、可愛い……。
でも力はまだちょっとでしょ? 腫れ上がってるとこ、噛んじゃってるから痛いんでしょ……?
なのに……こんなに、大粒の涙がいっぱい……。
「はぁ、ミリアちゃんの涙美味しいね……。……ね。ないないしよーね。そんないらない指、なーいない……」
「──そっか。じゃあ勇者はまだこの辺りなんだ」
「はい、そのっ通りでございますっ……」
「……まだ痛いの」
「い、痛いです゛っ……」
「そっか。じゃあ治りやすくなるように舐めてあげる」
「──ぎい゛っ!?」
「……声抑えててよー」
「──ッ!!~~~~゛ッ!!!」
天星リスカの大まかな地理が分かった。
最初にポプラちゃんから説明された西、東、北という区分。
ここでは西は【草涼地帯】、東は【グラドリア】、北は【魔荒地帯】と呼ぶようだ。
世界地図は、大きな島や諸島を除いて……西→東→北と。大きなビーズのように地続きになっている。
ぼくたちのいるリーベリックはその西と東の境目。【草涼地帯】はここから西に行くほど、いわゆるど田舎になってくみたい。農作物はよく育つようで、それ関連のクエストがよく依頼されるのだとか。
東の【グラドリア】は魔物も人間も入り乱れる魔境地帯。勇者フローリアはその【グラドリア】の中央に位置する王国《ロブロンキア》から少し離れた町、《レムザ》にいるみたい。何でも北の【魔荒地帯】に突入するための仲間を集めているのだとか。
それと、ミリアちゃんがどんな育ちだったのかも大体わかったよ。
このリーベリックの町で生まれて、王国での暮らしに憧れていた普通の女の子。
リーベリックでギルドの受付嬢としての仕事を小さい頃からお手伝いしていて、いつからかこの町のアイドル的存在になっていた。今じゃそこそこ有名なご当地アイドルのような立ち位置になり、リーベリックに愛着が湧き、結局ここから離れずに、ここに骨を埋めるつもりでいるらしい……。
「あの゛っ、ロキ様……」
「ん、なぁに? れろ……」
「そろそろ゛お゛ッ……ギルドの業務があ゛ッ……!!」
「んーもうお昼ってこと? なんだか早く時間が過ぎちゃったね、ミリアちゃん……服ちゃんと着替えてから行くんだよ……ちゅぷ……」
「──ッ゛、は゛ッ、い゛……」
「あ、指このまんまだと怪しまれてミリアちゃん王国行きになっちゃうかもだし、指つけといてよ」
「どっ、どう゛やって゛ッ」
「えへっ、もう舐めてないけど痛いの?──包帯で縛っとけばいいじゃんっ、ほら、ぐるぐる巻きにしちゃってさ」
「──ぎい゛っ!!」
「はいぎいぎい~。声抑えないとギルドの人にバレちゃうよ~?……ていうかミリアちゃん今日寝てないよね。大丈夫なの?」
「眠た゛いですっ゛……」
「大丈夫そうでよかったよ。じゃ、今日も朝までがんばろ~ね」
「は゛いっ……」
う~ん……。
『甘美なる呪い』、万能だと思ったんだけどなぁ。
我慢させるのも限界があるのかなぁ……。
結構強く抑えさせてるつもりなんだけど、痛がってる。
……めんどくさいなぁ~。
「あの、ソンプスさん……。今から私のこと抱いてくれませんか……?」
「!? いや、これはいつものミリアちゃんじゃねぇっ……ち、違うミリアちゃんが出てるぞっ……!!」
「あんな嘘信じてたんですかぁ……?……ね。いっぱい気持ちよくしますから……」
「……ゴクッ」
「──すみませぇ~ん……。今日は早めに上がらせてもらいます……」
「え、ミリアちゃん? 珍しいねぇ……いや、最近辛そうだもんね。いいよ、ゆっくり休みな」
「おいっ、ミリアちゃん、は、初めてだろっ!? 初めてが俺なんかでっ──」
「ソンプスさんがいいんです──」
「はあっ……!! はぁっ……!! ミリアッ、うおぉぉっ!! ミリアッ!!」
「はぁっ!! あんっ、あぁっ!!」
わ~~~~……本当にできちゃったよこれ…………。
フフ。まっ、一番やってみたかったよね、これは。
……おおー……す、すごい……。
あはは。な、なんか動物を交尾させてるみたいで面白いかも……。
──あ、ダメダメ。
ミリア、ほらがっちり捕まえて。
お前はソンプスさんの子供を宿すがいい。
……うわぁ、あれって、そういうアレだよね………うわぁ~……。
わぁー……。
──ミリアちゃん、泣いちゃった!
ソンプスさんの事嫌いだったのかな……。
──え。ソンプスさんも泣き始めちゃったぞ……。
人間って不思議だなぁ、よく分からないなぁ……。
──数日盛らせてやった。
ミリアちゃんの事を好きそうな人とか、なんかそういう事したそうな人とかと盛らせてあげた。
皆最後にいい思いしたよね、ぼくからの餞別です。ぼくがいなかったらミリアちゃんとなんかそういうことできなかっただろうから感謝しなよーみんな。
にしてもイイ事させてもらえるんだったら誰にも言わないんだねー……。
アッハハ、分っかりやすいんだ~。ホント人間って面白いんだから。
次に行く場所も決まって下準備も済ませたし、いよいよリーベリックにいる意味が無くなったなぁー……。
ミリアちゃんももうボロボロだしなぁ……なんか肌ツヤ悪くなった気がするよ、ミリアちゃん。
なんだか目がぼーっとしてるし、足元もおぼつかなそうだし。
流す涙も枯れちゃって、ぶっ倒れちゃう寸前って感じ。
そろそろ休ませてあげよっか
「皆さん、今日はご報告があります……」
「…………」
少し前までは元気ハツラツだったミリアちゃんの声に、最近は生気が篭ってない。
酒場の皆も少し緊張してる。こんなに空気の重い酒場って初めてかも。
「私ミリアですが……勇者フローリア様の滞在するレムザの町へと運ぶ食糧の積荷に、火炎魔法を封じ込めた魔札を大量に忍び込ませました」
「なっ──!?」
一瞬にしてどよめきで包まれる酒場。構わずミリアは続ける。
「レムザの町へ到着する頃に、自動で起爆するよう設定しております……。積荷は一昨日出発し、間もなくレムザの町へ到着。じきレムザの町は炎に包まれる事でしょう……」
「みっ、ミリアちゃん!! 何言ってんだよ!?」
「やっぱりおかしいですよミリアさん!! 帝国に行って身体を診てもらいましょう!! ね!!!」
遠巻きながら、ミリアに声をかける酒場の人々。
構わずミリアは隠していた後ろ手をあらわにする──
「私はレムザの町に対する放火の責任を取るため、皆様の前で首を切らせていただきます──」
「──え」
「な、何やってんだミリアちゃん!?」
「嘘だろ!?」
「お、おい……シャレにならないぞそれは……!?」
ミリアを刺激しないようにするためか。直接ミリアの行為を止めようとするものはまだいない。
皆、言葉で彼女を制しようとしているが、ナイフを首元に近づける手は止まらない。
「や………嫌、……嫌、嫌、嫌、嫌」
ゆっくり。
ゆっくり。
少しずつ。少しずつ。確実に喉元へ。
近づく。刃が。切っ先が。
「嫌……嫌、嫌、嫌、嫌嫌嫌嫌」
ここでようやく──
「────助、ケテ」
何かがおかしいと、皆が気付いた────────────────
「『中級治癒魔法』!!!『中級治癒魔法』!!! ────うわあああああああああああああああああああああ!!!!!」
「おい!! 誰かァァ!! 『蘇生魔法』が使える王国魔術師を呼んでくれぇぇっ!!!」
フフ。ハイヒールだって。
「あ、『何があっても生き返っちゃダメ』だよ。責任を取らなくっちゃ、だもんね」
「じゃ。」
「行こっか、レムザ」