5:『セイズ』
『甘美なる呪い』。
──どうしてだろうね。
これがどんな魔法なのか、ぼくは全く想像がついてなかった。
でも分かったんだ、どういう魔法なのか。
使おうと思えば使うことができる。どのように使うのかなんて、考えるより先に瞬時に身体が動いていった。
これは、ぼくの心に…身体に染み付いた確信を。
深い泥の中に隠れているその感覚を、さらい出し、はっきりとした形として、この手に握るために必要なこと。
……そう、必要なこと。
──飛沫音。
ミリアが客に、ビールをぶちまけた。
「っ、お、おい!! ミリアちゃん!?」
「──あはっ。なんですか。お似合いじゃないですか。大好きなビールを飲むだけじゃなく浴びれるだなんて嬉しいでしょ」
「……どうしちまったんだよ、ほんと」
じゃあ、次は……客の指を、折ってみようか。
「──っ」
ハハ。
嫌だって。
楽しいね、ミリア。キミの気持ちがぼくに全部ダダ漏れになっているっていうのは。
でもキミがどんなに嫌だって思っても、全然抵抗できないでしょ?
──客の手をつかむミリア。
「あ、ミ、ミリアさん……? ミ、ミリアさんがぼっ、僕なんかの手を……」
「……キレイな、指ですね」
「そっ、そうかなぁ……。あんまりお日様を浴びてないからかな゛アッ──!?」
客の指が、あり得ない方向にひしゃげた。
「いっ、痛いですか? 痛いですかっ?」
「痛い、ですっ!! ミ、ミリアさんっ、やめてくださいっ、こんな事っ……!!」
「大丈夫ですっ、あなただけに痛い思いはさせませんからっ……」
「──ほら、これでお揃い……」
翌日。
酒場から移りギルドの方。何やら魔術師の皆々様が集っているご様子だった。
「……うぅむ。幻術にかかっている様子は無さそうだな」
「そ、そんなワケ無いでしょう!! あのミリアさんがっ、突然こんな状態になったのは必ず何か理由があるはずだ!!」
「然様……。ミリア嬢の身に何かしらの変化が起きたというのは疑いようの無いことじゃろう。酒場客の数人が姿を消したのもその日……間違いなく、何か奇妙な事が起こった」
「じゃあやっぱり──!」
「いや、幻術ではない」
「じゃあ他のっ、何かの魔法じゃ──」
「魔法ではないのだよ……」
「じゃっ、じゃあ何だっていうのですか!?」
「……分からぬ」
……やぁ、ギルドの空気って重たいんだねぇ。
冒険者になるのは嫌だなぁ、こんな辛気臭い空気に毎日包まれるんじゃたまったもんじゃないよっ。
「こんな事は初めてだよ……王国直属の魔術師という立場にあり、術の仔細を測れぬ事など、な。」
「じゃ、じゃあインチキじゃないのか……お前が身分を騙った無能な魔術師ではないという保証はどこにも無いぞっ!」
「──おお、そうか。気持ちは分からんでもないぞ。気に食わぬなら他の魔術師を呼ぶといい。皆口を揃えて何も分からぬと言うだろうさ。それとも何だ、何らかの術にかかっているのだと適当なホラを吹く……それこそ、身分を騙った無能な魔術師に当たるまで魔術師探しを続けるか」
「……っ。じゃ、じゃあ。どうやって。ミリアさんがこうなってしまったのはどうしてだっていうんですかっ!?」
「考えられるのは、そうじゃな……ミリア嬢の性格に二面性がある、ないしはミリア嬢がすり替わった。あるいは……未知なる力の到来、か」
「み、未知なる力……?」
「先日のハルマド村、襲撃者不明の謎の大発火もそうじゃな……未知なる力の到来。その先触れであるやもというのは、覇王生まれし今、最も危惧すべき事……」
ギルドの中がざわつき始める。
……覇王?……魔王じゃなくて?
ぼくと同じ疑問を持ってる人が沢山いたようで、皆にとっても覇王というのは耳馴染みがなさそうだ。
覇王、かぁ。かなり重要な名前、そんな気がする。
「もしよいのならば、我々王国にミリア嬢を預けてほしい。何事も無ければ良いのじゃが……もし、未知なる力の先触れであるというのならば──」
「──あ、あの」
ここでミリアが口を開く。
ずっと虚ろとなっていた彼女の突然の開口によって、皆の視線は一気にミリアへと集まる。
「私、昔っから時々。記憶の無い瞬間があって……。もしかしたら、そのせいかもしれません……」
「……左様であったか」
「町の皆さん、ずっと話していなくてごめんなさい……実は、ちっちゃい頃からそうなる事がよくあって。隠してはいたんですけれど……もしかしたら記憶のない時間に、別のっ、私じゃない私が出ているかもしれなくて……」
「ミリアさん……じゃ、じゃあ、ミリアさんに別の人格が?」
「どうだね。ミリア嬢がそのような素振りを見せた様子は今までにあったかね」
「い、いえ。私達が酒場で知るミリアさんは……いつもミリアさんで、普段と違う様子になるということは全く……」
「…………」
──あ~のジジイ。いい具合にバレなさそぉ~っな感じで目配せしてるなぁ。
ミリアちゃんの話を信用している感じが全くしない。
操り人形の操り糸を探ろうとしているような……そんな目だね。
「──おい。あの鷹は、誰の鷹かね?」
「え?」
わっ、皆がこっち見てるっ……。
ああっ、こんなにぼくに視線が集まっちゃうだなんてっ……フフッ、フ……ちょっと興奮しちゃうっ……。
「さあ、知らないなあ……」
「きっと、誰かの忘れ物じゃな。物ならともかく、鷹を忘れていくなど不思議な話じゃなあ?」
ジジイの視線が鋭くぼくに突き刺さる。
「おい誰か、あの鷹の飼い主を探してやってくれ。……ほれ、肩に乗せて外に出て探してやってくれい」
「だ、大丈夫ですかね……? 飼い主じゃない俺たちで……」
そうだっ、飼い主じゃない奴が連れてくなら暴れてやりますよっ、と。
「クエーッ! クエェーッ!!」
「うわぁっ!! ほら、ダメですよ!!」
「フム……そうじゃな。──幻術『恭順化』」
……うーん。
このジジイちょっとやだなぁ……。
「どうじゃ。これでついていくじゃろ」
「え、と……それじゃあ」
んぁ~、このジジイがいると危なさそうだなぁ~……。
はーあ……。あとでこの男を懐柔して……うーん、外から覗くくらいならできるかもだけど。まっ、ミリアちゃんにはここから先二重人格っていう設定で話しててもらおう……。
バレちゃ台無しだしね。じゃあね、ミリアちゃん。
「──ハハ。この鷹、幻術が効かんと来よるか。ステータスの書き換えを忘れているぞ。」
え?
「それにしても飼い鷹にしては随分とステータスが低いな……。よほど隠れたがってるみたいだが、雑な『偽装』だ。しかし『偽装』を持つほどの実力を持っていながら世相に疎いとはな……?」
…………。
「……っ」
「──どうした鷹よ。焦ったか」
「……ああそれと、そうじゃった。そういえば恭順化などという幻術存在せんかったなぁ。」
「──しかし先ほどとは打って変わって、随分お利口な鷹よのぉ?」
──こ、このジジイ……!!
「のう皆よ。この鷹、殺してしまっても構わぬかな? こやつこそ、まさにその未知なる力やもしれぬぞ」
は、はわわ、はわわわわ……!
「『遠隔通信』……ああワシだ、カルストロだよ。もしかしたら、リーベリックの町で死ぬかもしれん、あるいはこの町もまた滅ぶかもしれん……。その際は王に告げよ、覇王に次ぐ、全く未知なる脅威が現れたとな」
やっばいやっばいヘマしたヘマした……っ。
や、殺しちゃえば解決って……!? つ、つまんないじゃんそれじゃあっ……!!
ゲームの電源切ったってゲームの敵に勝ったことにはならないじゃぁ~んっ!!
「た、確かにあの鷹なんかおかしいよな……?」
「言われてみれば、魔術師さまの言葉に反応していたような……」
──あ、やばい。
他の皆もぼくを見る目が……。
なんかっ、なんか無い!? この状況からも巻き返せる素敵な魔法はありませんかぁっ!?
「……よし、では行くぞ鷹。気に入らぬならハルマド村のように町を燃やせばよかろうて……」
「──っ」
い、一応。
一応全てをまるーっく納める方法が一つだけあるっ……。
「純魔法、『貫く魔素水晶』」
この攻撃でっ、死ねばいい──ッ!!
──ぐっはぁっ!?
よ、よし……このジジイ本当に強いなあ……。
ハア、ハア……ステータスは、と……。
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「鈴白 ろき」 [変更:1度まで]
(ヘルプを開く)
LV:11
ジョブ: 無職
生命力 0/163
...............
............
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……だよねぇ、そりゃ死ぬよねぇ。
くらっくらだもん……。
……あーあ、こんな勘のいいジイさんがいるだなんてツイてないなあ。
もっと楽しく遊べると思ったのに、これじゃつまんないよ……。
あ、そっか。死んじゃうんだ。
はぁ~あっ……。
「……死んだフリ、かの。『初級火炎魔法』」
そうして鷹は、チリと化した──。
「……ううむ。ただの何者かの眼だったか。それとも、人の言葉が分かる鷹の魔物か、あるいはその両方か。少し勿体ないことをしたか」
「あ、あの……。もしかすると、本当にただの鷹だったのでは?」
「かもな」
「じゃ、じゃあ……!!」
「なに、鷹一匹で済んでよかったじゃろ。もし飼い主が後から出てくるようなら詫びておけ、王国から従順な強い鷹を送る」
「──どれ、ミリア嬢。具合の方はどうじゃ」
「え、えと……。分からない、です……」
「そうか。……町の者達よ。ミリア嬢はもしかすると、本当にその性格に二面性を抱えている可能性がある。あとは皆で協議し、彼女の身の扱いを決めてやってくれい。もし町の皆では手に負えぬという結論に至ったなら、王国魔術師が身柄を引き受けてやろう。」
王国魔術師カルストロはそう言い残し、ギルドから出ていく。
町の者達の話し合いにより、ミリアは観察保護の形で見守られることとなった。
もしも次に何らか異常な行動を起こした場合にはカルストロの言う通り、王国魔術師に身柄を引き渡すことに決まる。
この際、酒場客の不審な失踪が脳裏をよぎるものもいたが、それを口に出す者はいなかった。
ミリアは、リーベリックの顔だ。何事も無くこの奇妙な状況が過ぎ去っていってほしい。協議の場にいる皆がそう願っていた。そう願われるほどに、ミリアは愛されていた。
酒場の賑わいも静まり、町が完全な眠りにつく早朝の間近。
ミリアは一人、せっせと。踏み荒らされた小さな煤を集めていた。
「…………『蘇生魔法』」
煤の元に魔法陣が展開され、煤が仄かに光りだす。
「──コ゛フッ!?」
ミリアの口から、血液が迸る──
「マ、マナが……足りない゛ッ……!!」
ミリアには、その魔法を扱う素質も資格も力量もない。
血は口からに留まらず、目からも噴出を始める。
──ほら、がんばって。ミリアちゃん。
さっきあげた、術式通りに……ね。
煤は、徐々に、徐々に、形を成し。
そして……。
「────っ。」
「──フフッ。良い子。」
すっごく便利、『セイズ』。