第1章 第8話 外出禁止
「ぴょんにちは! バーチャルライバーの不破抜ドレミだぴょん♪」
俺のスマホの中で、パソコンの画面に映っているうさ耳のキャラと同じものが躍るように話している。まぁ肝心の画面のものは、膝を抱えて俯いているのだが。
「このことは……同級生たちには内緒にしてて……」
「なんで? 登録者100万人は軽く超えてるしすごいじゃん。こういうのあんまり詳しくないからわからないけど」
「だって……恥ずかしいから……」
「へぇ……。まぁ俺が同級生にコンタクト取れるわけないからそこは安心しといて」
ひさしぶり……というかおそらく初めてとなる幼馴染との会話。ドレミちゃんよりテンションも声質も低いが、それでもきちんと会話が成立できていることに少し安心する。小学生時代の美空さんは本当に誰とも話してなかったからな……。
「あ! 美空がおしゃべりしてる!」
俺たちボッチが一番言われたくない親切心からくる声と共にお母さんが部屋に入ってきて電気をつけた。トレーには美空さんが落としたものの代わりのナポリタンとサンドイッチがある。おそらく俺もここで食べろということだろう。母親としては、引きこもりの娘に話し相手ができてうれしいと言ったところだろうか。
「ありがとうございます。いただきます」
「はい。それじゃあごゆっくりー」
お母さんが部屋から出ていくと、美空さんが床に置かれたトレーを取りに行く。……相変わらず上のパジャマを着ているだけで、白い脚が露出している。角度によっては下着が見えるし……言った方がいいのだろうか。でも言ったら変態扱いされるか? わからないからとりあえず見ないようにしておこう。
「にしてもすごいよな。こういう3D? ってなんかもっと仰々しい機械をつけて動かすものだと思ってたけど」
「わたしもあんまりわかってない……兎美ちゃんが用意してくれたから。アバターも兎美ちゃんが作ってくれた。元のイラストは鈴ちゃんが……」
「ふーん……」
話をしながら昼食を口に運んでいく。……これは訊いてもいいのだろうか。
「ごめん……おじゃますることになって。気まずいよな、話したことのない小学生の同級生と同居だなんて」
「ううん……鍵裂くんなら……大丈夫。わたしがいじめられてた時……助けてくれた、恩人だから」
「……そうだっけ?」
「鍵裂くんは無自覚だと思う。ずっと……走ることしか興味ないって感じだったから。障害物を跳ね除けるみたいに、わたしを助けてくれた」
どうしよう、全然記憶にない。だとすると兎美さんの時と同じような感じだろうか。本当に昔から陸上優先なんだな……。
「それに……桂木くんを、殺してくれた」
「殺してないっ!」
「ひぇ……ごめんなさい……」
急に大きな声を出したからか、美空さんの手からサンドイッチが落ちた。それに……。
「殺してくれたってなんだよ……桂木に死んでほしかったのか……?」
「性格悪くて……ごめん。でもわたしは殺されたって聞いた時……どうしても、うれしいって思った」
正直その気持ちはわからなくもない。桂木は俺や美空さんと同じ小学校出身だし、当時から粗暴で暴力的で、悪辣だった。殴る蹴るは当たり前だったし女子トイレに閉じ込められたリ教科書を捨てられたリした。死んでうれしいとまでは思わなかったが、今後会うことはないと思うと少し胸がすく思いだった。
「美空さんも……小学生の時いじめられてたりしたんだ……」
「小学生の時は……そうでもない。でも中学で同じクラスになった時……襲われた」
襲われた、とはそういうことなのだろう。そしてあいつは、そういうことをする奴だ。再び膝を抱えた美空さんの手が震えている。
「未遂だったから無事だったけど……その代わり、問題にもならなかった。それから外に出るのが……怖くなった。なんとか高校には入学できたけど、どうしても外に出ると男の人の目線が気になる。もし鍵裂くんじゃなくて別の男の人を匿うなんて話だったら、たぶんわたしは絶対に反対してた。妹たちが配信の環境を整えてくれて稼げるようになったからいいけど……それができてなかったらたぶんわたしの人生は、終わってた」
この日本では一度ドロップアウトした人間が浮かび上がるのは難しい。それは俺が一番、よくわかっている。だからこうして逃走を続けているのだ。
「……なぁ。桂木を殺そうとしている奴に心当たりはあるか?」
「……わからない。わたしだって罪に問われないなら殺したかったし……そう思ってる人は、いっぱいいると思う」
美空さんの言葉は厳しいが、俺もそう思う。言っては悪いが、殺されて当然の奴だった。だがそんな奴でも、殺したら罪になる。なんて理不尽な世の中なのだろう。
「やっぱり……犯人は見つからないかもな」
「……大丈夫だよ」
気がつけば男性恐怖症で人付き合いが苦手なはずの美空さんが俺の手を握り、言っていた。
「たとえこれから先一歩も外に出られなくなったとしても、わたしは一緒に家にいるから。きっと、大丈夫」
……ほんと、この姉妹は。すぐに俺の心を奪っていく。
「ありがとう。そう言ってくれてうれしいよ」
とにもかくにも。こうして俺の桐生家での生活が始まった。
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