第1章 第4話 温かい
「お風呂上がるの早くないですか?」
「いや……さすがにな……」
シャワーを借りて上がると、ピンクのもこもこした寝間着を着た桐生さんが出迎えてくれた。これが早風呂になった原因。女子が入った後の風呂になんか入れるか……。
「……で、この服なんだけど……」
「かわいいでしょう? 私とおそろですよ! 生活用品は一通り買っておいたので安心してくださいね」
「いや……ありがたいんだけどさ……」
俺に与えられた寝間着もまた、桐生さんと同じもこもこのもの。灰色だけどそんなの関係ないくらいにかわいらしい。
「ごめん、無実が証明されたらお金返す」
「気にしなくていいですよ。私、お金持ちなので!」
「いやあの閑古鳥で金持ちはさすがに……」
「ふっふっふ。実はですね……あ、それよりリビングに行きましょうか。夕食の時間ですよ」
そう言われ、俺たちは部屋からリビングに向かう。どうやら喫茶店の二階部分が丸々居住スペースになっているようで、両親が弁護士の我が家よりも単純な面積では広いと思われる。長い廊下を通りリビングに着くと、そこには3人が待っていた。
「おはよう龍夜くん。さぁ、夕食を食べよう!」
「喫茶店の残り物でごめんね。苦手なものとかある?」
「いえありがとうございます……それとご心配おかけしました」
俺に気を遣ってか優しく声をかけてくれた両親に頭を下げる。そしてもう一人……ツインテールの女の子にも頭を下げた。
「えーと……しばらくお世話になります。鍵裂龍夜です」
「知ってる。ネットで話題だからね」
そのツインテールの女の子は桐生さんとは正反対に吊り上がった瞳で俺を横目で見ると、手元のスマホに目を落とした。
「だめでしょ鈴! 年上なんだから敬語使わないと! ごめんなさい、鍵裂さん。この子は私の妹の桐生鈴。中学3年生で絶賛反抗期なんです」
「反抗期じゃない。普通に殺人犯かもしれない男なんかと話したいに決まってんでしょ」
「こら! この人は私の大恩人なんだよ! 鍵裂さんが助けてくれなかったら、私が殺人の容疑をかけられてたかもしれないの。それに殺人犯かもしれないけど、それは同時に無実かもしれないってこと。無実の人にそんな失礼な態度とっちゃだめでしょ?」
「……そうかも。ごめんなさい」
かわいらしい声で注意された鈴さんは、驚くほど簡単に謝罪した。言葉はきつかったが、根はこの人たちと同じ、善人なのだろう。
「いや全然。そう思って当然というか……むしろ警戒しててほしい。俺自身自分が無実だって証明できないから、そうじゃないと申し訳ない」
「……そう。じゃあそうする。とりあえず座ったら? あたしおなかすいたんだけど」
鈴さんに促され、誕生日席に座らさせてもらう。テーブルに並ぶのは驚くほど量のあるナポリタンやサンドイッチなどの洋食ばかり。本当に喫茶店の残り物なのだろう。……だとしたらこの量……やっぱり経営が気になるんだけど。
「それじゃあいただきます!」
「いただきます」
お父さんに続き、手を合わせてナポリタンをいただく。……やっぱり美味しいんだよな。なんであんな客いなかったんだろうか。たまたま……だったらいいんだけどな。
「龍夜くん、おいしい?」
「はい、とっても」
桐生さんにもらったサンドイッチを除けば約1週間ぶりの普通の食事。涙が出るほど、美味しい。……本当に、涙が出る。
「どうした!? 苦手なら無理に食べないでも……」
「いえ本当に……美味しいです」
思わず零れてしまった涙を心配してくれるご両親。その優しさのせいで余計に涙が出る。
「明日は龍夜くんが好きなもの作ろっか。普段どんなもの食べてたの?」
「普段は……白米です」
涙を見せてしまったんだ。説明せざるを得ないだろう。
「俺……家族から見捨てられてて。料理なんて用意してもらえないから……いつも炊いた白米を弁当箱に詰めて過ごしてたから……。すごい、幸せなんです。こんな……俺なんかに……優しくしてくれて……」
辛いとも思わなくなるほど慣れてしまった日常。桐生家の優しさと比べて浮き彫りになった辛い日々。それがどうしようもなく涙を溢れさせてくる。
「よし! 明日はご馳走を作ろう!」
「そうね。どうせ明日も仕事は暇だろうし」
「私も手伝う! 鍵裂くんには幸せになってほしいから!」
「……あたしも手伝ってあげる。こんな残り物で泣かれるなんてなんか悔しいし」
本当に、涙が溢れて止まってくれない。
タイトル詐欺になっていたので変更しました! それと本日も2話投稿いたします! よろしければブクマと評価を押していってください!