第1章 第2話 概要
「申し遅れました……。私、桐生兎美と言います。それと……先日はありがとうございました。おかげで助かりました」
俺の手首を掴んだまま女子が自己紹介する。この時俺は悩んでいた。この子が敵か味方かじゃない。味方であると証明できない以上敵であることは否定できないので、どうやって逃げ出すかだ。
「……とりあえず離してくれると助かる。痛いから」
「あ、ごめんなさい!」
桐生さんが慌てて手を離す。これで今すぐにでも逃げ出せる。どれだけ疲れていてもこんな華奢な女子に負ける俺じゃない。
「その……サンドイッチ作ってきたんです。おなかすかせてるだろうと思って……食べてくれますか?」
この一言で敵だということが明らかになった。この言葉が本当なら、いつ会えるかもわからない俺のために毎日サンドイッチを作っていることになる。さすがにそれはありえないだろう。
「……いらない。毒でも入ってんだろ」
「そんなの入れてません!」
「どうだかな……。悪いけど君の言葉は信じられない。じゃあ……」
「あむっ」
これ以上話していても無駄なので走り去ろうとしたその時、桐生さんがバッグからサンドイッチを取り出し、半分ほどを自分の口に入れた。
「んっ!」
そして口いっぱいにサンドイッチを詰めたまま、残りを俺の口に突っ込んできた。
「……どうへふか」
「……おいひい」
これで毒見は済ませたということだろうが……なんで顔赤いんだろう。ああ……間接キスだからか。つい1週間前の俺なら彼女と同じように恥ずかしがることもできたのだろうが、今の俺にそんな余裕はない。
「……君は俺の味方なのか?」
「もちろんです!」
「だったら……警察に言ってくれよ。俺は犯人じゃないって! 君なら知ってるだろ!? 俺が桂木を殺す時間なんかなかったって!」
「それは……ごめんなさい。私からも警察に言ったのですが、何分証拠もないもので……。あなたが逃がしてくれたから、その後のことは私にはわかりません」
ああ……そうだった。よく考えたら……いや、よく考えなくてもわかる。俺が犯人じゃないと知っているのは俺だけだって。それなのに俺は……。
「ごめん……君に当たってた。君は何も悪くないのに……」
「……いえ。鍵裂さんの立場なら誰かに当たってしまうのも仕方ないと思います。私だって鍵裂さんが助けてくれなかったら……容疑者になっていたのは、私の方でした」
それもそうか……。でもどうして……。
「なんで俺が容疑者になってるんだ……? てっきり君が俺のことを話したんだと思ってたけど……」
「これはネットで調べた限りですが。鍵裂さんが容疑者に挙がったのは、監視カメラの映像だそうです。ちょうど私が絡まれていた場所……そのすぐ横の路地裏で桂木さんは亡くなっていたそうです。鍵裂さんが去って約30秒後。路地裏から伸びた手が鍵裂さんを引き寄せました。監視カメラに映った映像では腕しか見えませんでしたが、春先の夕方なのに、その腕に衣服はありませんでした。まるで運動している人かのように。別の道から入れば、30秒後鍵裂さんはあの路地裏に辿り着ける。だから容疑者に挙がったんだと思います」
確か俺はあの時……桂木から隠れるために少し離れた別の路地裏で休んでいたと思う。どれくらい休んだかは覚えていないが、長くても5分くらいか。表通りにある監視カメラの映像を参考にしたとしたら……時間的にちょうどいいな……クソ……。
「わかった……ありがとう。サンドイッチ美味かった。この恩は返すよ……もし俺の無実が証明できたら」
今の話が本当なら、容疑者が俺になるのは仕方ない。だがそれだけだ。何か新たな証拠が出れば俺は無実だとすぐにわかるはず。だったら希望はある。あと1日か……1週間か……1ヶ月か……。それくらいなら、走り続けられる。俺の脚なら……!
「じゃあ俺は行くよ。それじゃあ……」
「私の家で一緒に暮らしませんか!?」
だがその提案は、俺の特技とは正反対のものだった。
本日もう1話更新致します! よろしければブクマと評価してお待ちください!