キャメロン姫の抵抗
「キャメロン姫、1年後だぞ。1年後には必ずわしの妃になると約束するのだぞ」
リザード族の王、シグルトはそうキャメロン姫に言った。
キャメロン姫は白い皮膚をもつ白リザード。きめ細かいうろこが美しく、シグルトも見たことがない美女である。
キャメロン姫はマニシッサの幼馴染だったので、叔父であるシグルトは彼女が小さい頃より知っていたが、成長してこれほどの美女になるとは思っていなかった。
シグルトはいつかは玉座を簒奪するつもりであったが、マニシッサとの結婚のためにキャメロン姫を迎えに行った時に、この姫もいただこうと決めたのだ。
しかし、マニシッサとの戦いに勝ち、玉座を得たものの、肝心のキャメロン姫が断固と拒否する。あの手この手を使って脅し、関係を迫ったが心は変わらない。
しかもリザード族のしきたりで、婚約を交わしたものは破棄しても1年間は他の者へ嫁ぐことができないという厳格な決まりがあった。
さすがに王となったシグルトもこのしきたりを破ることはできない。それでマニシッサとの婚約を王名で破棄し、1年間の禊を終えた後に強引に結婚することになったのだ。
「国王様、港に北の大陸から来たと言う商人の船が入港を求めています」
そう家来が報告に来た。シグルトは珍しいことがあるものだと城のバルコニーに出て、港の方を見た。
沖合に商船が停泊している。確かにたまに漂流してくるドインの漁船とは違う。北の大陸にはいくつもの国があるというが、そんな遠くからこの島へ来たというのが信じられない。
「そんなもの追い返せ!」
シグルトはそう命じた。得体の知れない者とはかかわりを持ちたくない。
それに北の大陸ならば人間族である。同じ人間族のドイン人ともそりが合わないと思っているシグルトに会う理由はなかった。
「それが人間族の割には我々の言葉に通じているのです」
そう家来は報告する。だが鎖国政策を是とするシグルトには会うという選択はなかった。
「我々の言葉を話すとはいっても猿は猿だ。交易などできない。さっさと追い返せ。鉄騎師団に出動を命令しろ。港を固めて上陸させるな」
シグルトの命令を家来は港へ伝えに走った。
港には小舟で乗り付けたベルとシャーリーズがいる。対応したリザード族の役人と雑談をして、王宮よりの返事を待っている。
(ベル様、マニシッサに肩入れすると決めたのにどうして北の港に入港したのですわ?)
クロコがベルの思惑が分からないと腕組みをしている。確かにマニシッサにとって敵であるシグルトの支配する地域に行くのはおかしな話だ。
(そんなの、決まっている。敵の土地を偵察するのだ。それにマニシッサの話だと、シグルトは頑強な鎖国主義者らしい。こっちの要求なんか受け入れるものか)
ベルは港の規模と町の大きさ、そしてその防御力を値踏みする。人口は1万人ほどであろうか。眼下に映る家々を見てそうベルは見積もりをする。
港は結構な大きさで大型商船なら5隻は停泊できる。ドインへの中継地点としては申し分のない港である。それに開発すればもっと大きくなるだろう。
湾の形状は大きく、水深も深い。まだ未開発の土地もあり、貿易の中継港としての発展性も期待できる。
やがて鉄騎師団の兵士を伴い、港の管理官がやって来た。国王シグルトからの命令を伝達する。
「国王様からの命令である。即刻立ち去れ!」
「分かりました。しかし、我々は水も食料もありません、せめて売ってもらえませんか。補給ができればすぐに立ち去ります」
「だめだ!」
予想はしていたが取り付く島もない。この島を貿易の重要な中継地とするには、開明的な考えのマニシッサに国王になってもらうしかないだろう。
「わかりました。退散します」
ベルはそう言ってシャーリーズと一緒に小舟に戻る。戻りつつも港へ動員された鉄騎師団の兵を見る。
(武器は鋼鉄製のランス。彼ら以外の兵士が青銅製の剣が主力。鎧は着てないが頭には鉄兜を装着。体を覆う鱗がプレートアーマー並みとなるとマニシッサが言う通り、剣や槍では貫通できないだろう……)
プレートアーマーを着た重戦士には、鎧の隙間を攻撃する刺突性の小剣が有効だ。もちろん、鎧の下に目の細かいチェインメイルや防御力に優れた布製の服を着て防ぐのだが、隙間を突くのは鉄則である。
しかし、リザード族の鱗となると話は別だ。隙間などないからだ。
(やはり、銃を使うしかない)
ベルはそう判断した。商船に戻ると早々に退散をする。船には昔ドインへ行ったと言うマニシッサの村のリザード人を水先案内人として乗せている。
彼が言うには、島から北へ3週間でドインへ到着できるという。
但し、海流の流れが急でたどり着くには変化の激しい流れを縫うように行く必要があると言う。航海長のマカロフの名人芸のような操舵と水先案内人の指示で、3週間後の朝、ベルたちはドインの港を視界に入れることに成功した。
アウステルリッツ王国の港を出て実に2か月で到着したことになる。




