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2人の嫁(仮)からの餞別

 航海の準備は整った。

 ベルには気にかかることがもう一つあった。

 コンスタンツア家が滅びたことにより、シルヴィとエデルガルドとの婚約も自然に消滅してしまったのだ。

 ベルはシルヴィとエデルガルドに自分の無事と今の状況を手紙に書いた。

 返事はすぐに返って来た。

 2人ともベルとの婚約は解消しないと言ってきた。

 ただ、状況はあまりよくない。何しろ、コンスタンツア家を滅亡させたナイトハルト伯は粛正されたけれども、宰相派と議会派の対立は激化しており、コンスタンツア家の名誉回復は行われず、国家反逆罪をした家という不名誉な評価は撤回されないままなのだ。

 議会派も少数民族への肩入れが表面化することを恐れ、罪を全てコンスタンツア家へ被せた方が都合がよかったこともあった。

 よって、コンスタンツア家と婚約をしたダヤン子爵家もヴィッツレーベン伯爵家も婚約を維持することは不利益が大きい。

 表向きにはコンスタンツア家の自然消滅で婚約もなくなったということにしている。そうでなければ、どんな言いがかりをつけられるか分からない。

 そうなるとこの2人のところには、お見合いの話がどんどんと来ることになる。相手によってはなかなか断れないようなものもあり、特に家格の低いシルヴィのダヤン家は苦労しているとシルヴィの手紙に記してあった。

 ベルは2人に航海後に莫大な財産を手に入れ、それをもって新しく継いだスコルッツア男爵として正式にまた婚約を申し込むと約束していた。

 出航の日、エデルガルドとシルビィの2人が見送りに来ていた。2人とも不安そうな顔をしている。

「ベル、必ず帰って来るのじゃぞ。商売に失敗しても我がヴィッツレーベン家の婿になればよいのじゃ」

 エデルガルドはそう言ったが、エデルには兄がおり、ヴィッツレーベンの家はその兄が継ぐから婿に入っても肩身が狭くなる。それにエデルガルドには質素な生活はさせたくない。

「……体には気を付けてください。無理はしないで」

 シルビィは領地で看護のボランティアをしているだけあって、病気についての知識もある。長い航海で多くの死人が出ることも知っており、ベルが航海に出ることを心配しているようであった。

「大丈夫です。2人とも半年待っていてください。半年後に必ず迎えに行きます」

 恐らく、それ以上は待てないだろう。2人とも貴族の令嬢であり、令嬢は政略結婚の運命からは逃れられないからだ。

 今はエデルガルドもシルビィも拒否しているが、いずれは強引に結婚を進められてしまうであろう。

「これを持って行ってください」

 シルビィは瓶に入った香油をベルに手渡した。

「この香油は虫よけになります。ミナという薬草から抽出したものです」

 シルヴィは南方への航海が過酷であることを知っている。航海ではどうか分からないが、陸路では人の血を吸う害虫が旅人を悩ましていたのだ。

 そういう害虫は血を吸うだけでなく、中には病気を媒介することもあった。領地で看護のボランティアをしているシルヴィらしい着目である。

 シルビィのくれた瓶は鎖がついており、首から下げるようになっていた。ちょっとしたアクセサリーである。

 シルビィがベルに形見のようなものを手渡したを見て、エデルガルドは慌てた。どうやら彼女はそういうものを持ってこなかったようだ。

「ベ、ベル、わらわも……う~ん」

「エデル、別にものなんて何もなくてもいいよ。君が来てくれただけでうれしいよ」

 困っているエデルにベルはそう言って慰めた。彼女にはここまで大変な世話になっている。一番危ない時に匿ってくれたし、今回の航海の資金集めでもベルのコレクションの買い手を何人か紹介してくれたことはありがたかった。

 しかし、シルヴィへの対抗心があるエデルガルドは、ベルの慰めにも満足はしない。

「そ、そうじゃ、ち、ちょっと待つがよい」

 エデルガルドはそう言うと荷物が積まれているところへ身を隠した。何だかもぞもぞと体を動かしている。

 そして1分ほどで出て来た。右手に何か握っている。

「ベル、これじゃ。これをわらわと思ってもっていくがよい」

 エデルガルドは顔を真っ赤にしてそれを突き出した。

 何だか、金色に輝く布地の固まり。ベルはそれを受け取った。ほんわかと生温かいのだ。

(なんだ、これは?)

「な、なんだい、エデル、これは?」

 ベルは尋ねたがエデルはもじもじして答えない。

 ベルはその布のようなものを広げた。

「うっ!」

(あちゃ~これは、これはですわ!)

 パンツである。

 しかも金の糸で作られ、飾りには小さな宝石が散りばめられている超豪華仕様である。

(ベル様、危険な航海に妻や恋人のパンツをお守りにするというのは、一部の船乗りの中で流行っていると聞きますわ)

 クロコがそう説明する。確かにそういう迷信がないことはない。

「エデル、これは……あ、ありがとう」

 顔を真っ赤にしてうつ向いているエデルガルドを見ると、さすがに突き返すわけにはいかない。しかしド派手なパンツである。勝負パンツと言ってよいだろう。ベルとの別れに履いてきたのだ。

「ベル、絶対帰って来るのじゃぞ」

 そうエデルガルドは念を押した。ベルはシルヴィの方を見る。シルヴィはエデルガルドの思い切ったプレゼントに呆然としている。

「シルヴィ、まさか、シルヴィも……」

「あ、あげません!」

 ピシャッとシルヴィアは断った。ベルはエデルガルドに対抗してシルヴィも脱ぎたてをくれるなどと妄想してしまった。さすがにそれはない。

「ベル、いいですわね。エデル様のご加護があって」

「シルヴィ」

「必ず、帰って来なさいよ」

 シルヴィはそう小さな声で言った。ベルは2人の元婚約者に深々と頭を下げた。この航海を成功させて必ず2人を妻に迎えようと心に誓った。


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