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赤死病を防ぐ

「外洋への航海はこの病気を防げない以上無理です」

 そう船長は断言した。航海長も頷く。

 ベルは船長たちが反対することを知っていた。そしてこの赤死病もだ。

(赤死病……壊血病だ。原因は航海中の食事でビタミン類が不足することから起きる)

 転生者であるベルには分かる。それらに対しての解決策もだ。

「この病気に関しては僕にアイデアがある。南方を進み、ドインまで航海する。

 恐らく片道で2か月、往復4か月で黒胡椒を運べる。しかも陸路よりも船ならば大量にだ。成功した時の利益の大きさは想像を絶するだろう」

 ドインで直接大量に黒胡椒を仕入れる。胡椒は軽いので中型商船でも陸路を運ぶ商人の5倍は詰める。ドインで直接買えば値段も安い。

 問題は海路で行けるかどうかである。行けるのならば誰もが行うはずである。

 

 ベルは航海の日程の説明をする。

 ドインへの陸路とギョームが行ったことがあるとい南方の未開の大陸への海路を比較しての計算である。

 ベルの頭の中にある転生前の知識を動員する。実際のところ、アフリカ大陸並みの大きい土地なのか、もっと小さいのかは分からないが、海路で迂回すると仮定して出した予想距離である。

「坊ちゃん、この船のオーナーは坊ちゃんだ。やれといったらやりますが、船員の命を預かっているのは船長たるわしの責任。途中でも赤死病が出たらすぐに引き返します」

「その心配は無用だよ。1人もその病気にさせない。それに僕も一緒に行く」

「ぼ、坊ちゃんがですか?」

 これにはギョームもマカロフも驚いた。船主が危険な航海に出るなんて聞いたこともない。

「それなら船員どもの士気も上がりましょう。ただ、報酬についてですが……」

「黒胡椒を持って帰ったら、いつもの3倍の報酬を出そう」

 ベルはそう約束したが、ギョームは首を振った。

「3倍の成功報酬は聞こえがよいですが、我々からすると絵に描いた餅です。まず、最初に航海1回分の報酬を前渡ししてください。そして帰航後に2倍分を支払ってもらいます。そうでなければ、このような危険な航海に連れ出すことはできません」

 ギョームはそう迫った。それはベルにそんなお金はないだろうという予測で、暗に諦めてもらうための条件であった。

「いいだろう。船員たちの報酬を前渡ししよう。いくらになる?」

 航海士のマカロフが答えた。船員は20名。一航海あたりの報酬は経験年数によるが、平均一人あたり金貨10枚。200枚は必要だ。これに航海にかかる経費を考えれば、金貨300枚は最低いる。

「わかった、用意しよう」

 ベルはそう答えた。ベルの懐事情を知るベンジャミンとシャーリーズはあっけにとられた。

「ベル様、金貨300枚も用意はできませんよ」

 船長と航海士がいなくなった後、ベンジャミンそう言った。正確に言うならば、ペネロペのために残した資金を流用すればなんとかなるとは思ってはいたが、ベルがそれに手を付けないことは分かっていた。

「ベル様、金貨300枚どころか、明日の食事にも困るにゃん」

 これはシャーリーズ。これも正確には全く食べられないわけではない。安い屋台の店で質素な食事をすれば1か月はもつくらいは財布の中にある。

「僕に考えがあるのだ」

 そうベルは答えた。ベルの肩に乗っていたクロコが思い出したように聞いてきた。

(ベル様、まさかあのコレクションを売るのですか?)

(売りたくないけど……再び、金持ちになれば取り戻せる。今は商売の種金になってもらわないとね)

 ベルには武器収集の趣味があった。転生前からの趣味だ。もらったお小遣いでコツコツと買い集め、最近は自由になるお金が増えたこともあって、かなりの数をコレクションしている。

 どれも子供とは思えない目利きで買ったもので、売ればかなりの儲けが期待できた。それらは都にある地下の貸金庫に保管されていた。

 名義がコンスタンツア家ではなく、リットリオという名前で借りていたので、没収を免れていたのだ。

 100年前の彫刻を施されたトゥーハンデッドソード。有名な工房で作られた名剣。過去の英雄が使ったとされる槍や防具等、ベルが総額リーベル金貨700枚をかけて集めた品々が収められていた。

 それを惜しむことなく売った。おおっぴらにコンスタンツア家の名前を出すわけに行かないので、売る時は苦労したがエデルガルドの伝手とコンスタンツア家に同情してくれた武器仲買人や貴族のおかげで何とか金貨540枚ほどになった。

 ベルとしてはこの金額は不本意であったが、買う方もボランティアではない。そこは強かな商人なのだ。

「ベル様、資金は何とか得ましたけれど、船員たちに給料を払い、船の出港準備をすると残りはリーベル金貨250枚です。胡椒を大量に買うには少なすぎませんか」

 そうベンジャミンが言ったがベルは意に介さなかった。資金不足は分かっていたことだ。それに対しては別の考えがある。

 幸い、ドインにはアーレフの昔の知り合いが香料を扱う大きな商会を経営していた。その商人を頼るつもりだ。

 それよりも赤死病を1人も出すことなく、外洋を航海してドインまでたどり着かないといけない。船長のギョームとの約束で1人でも赤死病患者が出たら、そこから引き返すのだ。

「シャーリー、一緒に来い。赤死病対策で持っていく物を買いに行く」

 ベルはシャーリーズを護衛にして市場へと足を運んだ。

(ベル様、クロコは赤死病を防ぐ方法なんて全く思いつきもしませんですわ。一体、何を買うおつもりですか?)

 邪妖精のクロコはそう質問してきた。多くの食べ物を売る市場の中で、ベルはある店を指さした。

(あれですか?)

 クロコは意外なものに首を傾げた。そんなもので赤死病を防げるとは思わないのだ。

(もちろん、あれだけじゃない)

 ベルはそう答えた。いくつかの店を回り、買った食材を樽に詰める。また、ガラス瓶を買い集めた。

「ベル様、キャベツに塩、ハチミツに砂糖。そして大量の果物。これをどうするのですかにゃん」

 ベルが運ばせた食材は普通の航海では持って行かない。どう考えても長い航海の中で腐ってしまうからだ。

「ザワークラウトと瓶詰めを作るのさ」

 ベルはそう答えた。ザワークラウトはキャベツを発酵させて作った食べ物だ。転生前の世界、ドイツで食べられている発酵食品だ。作り方は簡単だ。

 千切りキャベツに塩と少量の砂糖を混ぜて冷暗所で保管するのだ。1日ほどで食べられるようになる。但し、常温で作ると腐敗することがあるので、発酵するまでは気が抜けない。

 乳酸菌の力でザワークラウトになれば、その後は腐らず日持ちする。ビタミンCが豊富な食べ物だ。酸っぱいがこれは乳酸菌によるもの。

 赤死病はいわゆるビタミン不足よる壊血病であるとベルは確信している。

 壊血病を防ぐには、ビタミンCの接種が必要であるが海の上ではどうしてもそれが不足する。

 南方航路でドインまで行く間に食料補給ができないので、外洋に出た船員はその病気に苦しむのだ。

(まずい、まずい、クロコはこんなの食べないですわ!)

 できたザワークラウトを食べたクロコはものすごく嫌な顔をした。

(邪妖精はこんなもの食べなくても病気にはならんだろ)

 ベルはそうクロコに返答した。クロコは邪妖精で人間ではない。そもそも人間の食べ物を食べることでエネルギーを得ているかどうか怪しいものだ。

 邪妖精が物を食べるのは、体にエネルギーを取り込むことではなく、食という快楽を得るためであるとベルは思っている。

 特にクロコは美味しそうなものは食べるが、まずそうなものは食べない。

 財産を失って食事が質素になった最近は、クロコがものを食べているところを見たことがない。要するに食べるという行為が必要不可欠ではないのだ。 

「ベル様、あまり美味しい食べ物ではないですね」

 人間代表のシャーリーズもそう感想を述べた。確かにあまりおいしいものではない。

 これと比較して果物のはちみつ漬けは美味しいのであるが、

 これも果物によっては日持ちがしない。比較的日持ちすると言われるリンゴのはちみつ漬けを用意し、さらにレモン酒やリンゴ酒を用意。大量の柑橘類を購入した。

 加えてライムジュースも何樽か用意する。

 それらを山から切り出した氷で覆い、布で覆って断熱をし、船底の船倉に貯蔵した。ここなら日もあたらず、温度変化が少ないと考えたのだ。

 航海の初期はこの柑橘類を食し、柑橘類が痛み始めたらザワークラウトやはちみつ漬けを食べる作戦である。

 それでも赤死病の初期症状が現れたら、氷蔵したライムジュースを飲ませるのだ。

 さらに鉢植えのライムを購入した。これを船の上で育て、いざという時に使おうというのだ。

 さらにベルは商船の徹底的な掃除を行った。

 不衛生な環境が閉鎖空間である船に病気を蔓延させる。それも防ぐのだ。


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