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商船ハゲタカ丸

(ベル様、あんなボロ船買ってどうするのですわ?)

 クロコはそう不満げにベルに文句を言う。ベルが無一文になったから、日々の食事が質素となり、そのことで不満を言ったのだ。船は金貨1枚で購入したから、そんなお金があればご馳走を食べたいと言うことだ。

(金貨1枚で船が買えるのだぞ。金貨1枚じゃ、1日豪遊してうまい食べ物を食べたらそれで終わりだろ。船があれば金持ちに返り咲ける)

 ベルはそうクロコを説得した。ただ、クロコもそうだが、ベンジャミンもシャーリーズもベルの考えが読めない。

 そもそも船の所有権をわずか金貨1枚で買えたのも理由がある。船には船乗りが所属しており、所有者は彼らへの給料の支払いの義務があるのだ。船は安くともその維持費を考えれば赤字になるのだ。元の所有者がたった金貨1枚で喜んで売った理由である。

 転生前でいけば、誰も買わない不動産を買うのと一緒だとベルは思った。田舎の土地や家、バルト当時に各地に建設されたリゾートマンションがただ同然で売っていることがある。

 これは安いと買うと固定資産税や管理費を払う義務だけが残り、大損するというものだ。そしてまずいと思って売ろうにも売れなくなるというドツボにはまるケースだ。

 中古の高級輸入車もそうだ。新車価格からすると信じられない値段で売っている。いざ買うと修理費や維持費が半端なく、大損するという寸法だ。

「ベル様、あの船でどういう商売をなさるおつもりですか?」

 有能なコンスタンツア家の家令であり、アーレフの商売も支えてきたベンジャミンもベルの考えは分からないようであった。

「これさ……」

 ベルは小さな瓶をポケットから取り出した。

ここは船が係留されている港の事務所の1室だ。そこにはベルが購入した商船『ハゲタカ丸』の船長と航海士が来ていた。

 今回、ベルが船長に任命した男はコンスタンツア家に長年仕えてきたベテランで年齢は50歳。日焼けで真っ黒な体はたくましい筋肉で覆われている。長年の海風で顔にはしわが多く、年齢以上に老けて見えるが体つきのとのギャップが奇妙だ。

 名前をギョームという。シャーリーズと同じクトルフ人の彼は、この界隈でも経験豊富な船長であった。

 航海士の男は40代。名前をマカロフといい、こちらもベテラン航海士であった。彼は2級市民のウイカル出身である。多くの船乗りがウイカル人かクトルフ人であり、下働きに奴隷階級のルーン人がいる。

 商船ハゲタカ丸はそんな船乗り20人で構成されている中規模の商船だ。

「それは黒胡椒ですな」

 黒い粒を見てすぐにギョームは答えた。黒い宝石と呼ばれる香辛料である。これははるか南にあるドインという大国で栽培されているものだ。

 気候の関係で熱帯地域の南の国でしか入手できない。そしてこの香辛料は北方のアウステリッツ王国を中心とした周辺国では貴重な商品で、その値は年々上昇していた。

 黒胡椒は肉の味を引き立てるということで、王侯貴族から一般庶民まで手に入れたい食材なのだ。

 そしてそれははるばる陸路で運ばれてくる。陸路だと片道6か月もかかる。よって南国では普通に流通しているこの香辛料は、この北方の国々では宝石並みの値段がつき、庶民では手に入らないものになっていたのだ。

「黒胡椒は陸路で運ぶ商人の独壇場。我らのような海路商人の出る幕ではありません」

 そう航海士のマカロフが答える。恐らく、ドインから運ぶ途中の主要港でそれを積み、売ろうというのだろうと考えたようだ。そうすると2か月ばかり短くなる。

 しかし、それは誰もが思いつくことであり、実際にそういう商売をしている商船はたくさんある。今更そこへ参入しても商売的なうまみはない。陸路で運んできた商人もそれは承知で、港へ運ぶ時に胡椒の値段はとんでもない値段になっていた。船で運んでも利益は微々たるものだ。

「違うよ。陸路の6分の1ばかりを短縮しても儲けはないよ。僕は外洋に出て直接船でドインから黒胡椒を仕入れようと思うんだ」

 ベルは海洋図を取り出した。そこにはアウステリッツ王国の港を中心とした海図が描かれているが、ヒョードル海と呼ばれる内海しか描かれていない。ドインへの陸路でもっとも近いアリディアの港までの航路が記されているだけだ。

「このルートで僕はドインに向かう」

 ベルは全くの反対方向へと指をなぞった。それは内海を西に行くのではなく、東の海峡を抜けて外洋へと出る道だ。そこからは海図に描かれていない。

「坊ちゃん、それは無理だ。外洋の端は切り立った崖になって、世界の終わり、地獄へ落ちると言われています」

 そう真面目な顔で船長のギョームが答えた。それは一般的な人間の認識で船乗りの多くもそれを信じていた。

「船長はそんな創作話を信じているの?」

 ベルはあえてそう聞いた。このたたき上げの船長はそんな途方もない空想を信じる性分でないことを知っていたからだ。さらにこの船長が外洋に出て、南回りで航海した経験もあることを知っている。

「……坊ちゃん、坊ちゃんの考えはわしも若い時に同じことを考えていました。一度、試しに外洋へ出たこともあります。南へ船を進めました。そして分かったことがあります」

 ギョーム船長は言葉を切った。

「世界の端には地獄はないことと、南に進んでもドインには行けないことです」

「理由は?」

「20日ほど南に進むと広大な大陸がありますが、船を横づけできる海岸はありません。そしてほとんどが未開地。補給もできません。もっと進めば知っている土地にも出たでしょうが、それ以上の航海は船員に赤死病をまん延させるだけです」

 ギョームはさらにベルに分かりやすく説明をする。航海で一番厄介なのは原因不明の病気『赤死病』。これにかかった船員はあらゆるところから出血し、高熱と衰弱でほとんど死んでしまうのだ。

 原因は不明。食料補給しない長期航海で発生する病気で、「船乗り殺し」と呼ばれていた。


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