タレントジャッジ
やがてベルは15歳の誕生日を迎えた。
15歳になるとこの世界の人間の子どもは神殿に行き、神から秘められた能力を開放してもらう儀式を行う。
それは『タレント・ジャッジ』と呼ばれるものであった。
昔、神が人間を創造した時に強い力もするどい爪も牙も与えなかった。
それでは人間が滅びてしまうと神は考えて知恵を与えたが、それだけでは亜人や魔獣、魔族との生存競争に生き残れなかった。
やむなく神は人間にだけ「タレント」という能力を付与し、15歳になったらそれを使えるようにしたのだ。
「タレント」能力には様々なものがあるが、大抵は人間の本来持つ能力を高めるものであった。
足が速くなるとか、力が強いとか、器用だとかいう力である。同じ人間よりもいくらか優れている程度の力を授かるのだ。
しかし、中には変わった能力を与えられるものもいる。「魔力」付与というのがその最たるもので、これを与えられたものは魔法使いになれる。
魔力のタレントをもつ子供は、すぐに国の魔法学院に入れられ、そこで魔法兵になる訓練を受ける。
大人になると魔法兵として魔族との戦いに駆り出される。魔法兵は数少なく、エリート部隊で待遇もよい。庶民が成り上がるにはよい職業であるが、残念ながら、魔力のタレントをもつのはバルカ人で貴族の血を引くものがほとんどであった。
そのタレント・ジャッジの洗礼を受ける時がやってきた。
ベルは神殿に向かっている。
乗っているのは王侯貴族級の豪華な馬車。家がとてつもない金持ちであることを示している。
「ベル様、まもなく神殿です」
そう告げたのは父の右腕である家令兼執事のベンジャミン。60を超える老齢ではあるが、執事服の下の肉体は鋼のようで、商売の右腕と同時に父の身辺警護をしているのだ。
「ベルンハルト、お前ならきっとわがコンスタンツア家の後継者としてふさわしいタレントを付与されるはずだ」
そう隣の席に座る父がベルを励ますように言った。ベルは頷く。
もちろん、ベルはこの日を待っていた。転生前にあのポンコツ女神と約束した12のチート能力をもらう日が来たのだ。
女神が言っていた能力は、この年までそれらしき兆候はない。このタレント。ジャッジが能力を与えられる日に違いないと思っている。
「分かっています、父様。僕にはきっと神様の加護があると思います」
そうベルは自信たっぷりに答えた。その態度に父のアーレフは満足したようで、椅子に座り直すと1つだけベルに忠告した。
「神殿には貴族の子弟が大勢いるだろう。ベル、貴族とは争うな」
「はい。分かっています」
ベルもこの世界の仕組みは子供ながらに理解している。この異世界は身分差があるのだ。いくら金持ちでも平民階級は貴族階級に逆らえないのだ。
「うむ。きっとお前には私の息子としてふさわしい力が与えられると信じている。頑張ってこい」
タレント能力でその子どもがどういう職業に就くのかまで決まることがあるから、親としては気が気ではない。
ベルの家は商人である。国外まで手広く貿易関係の仕事をしている。扱っている商品は穀物らしいが、かなりの利益を得ている。
きっと自分の事業を継ぐ息子に、それにふさわしい能力を与えられることを強く願っているのだろう。
外国語をいくつも操る能力。商品の価値を見極める目利きの能力。そんな能力を望んでいるに違いない。
やがて馬車は神殿に着いた。周りには今日、タレントの儀式を行う12歳の子供たちが集まっている。ざっと100名ほどいようか。
誕生月で儀式への参加は割りあてられており、年に6回行われた。つまり2か月に1回行われるのだ。
「ベル様、こちらでございます」
ベンジャミンがそうベルに告げる。そこには案内役の神官見習いの青年が立っており、ベルを誘導してくれる。
ここで執事のベンジャミンとは別れる。大半の子どもたちとは違い、別の通路から神殿の中心部。『沈黙の壁』と呼ばれる岩壁に案内される。
この壁に近ければ近いほど、神の恩恵を深く受け、よいタレント能力が与えられると言われている。
よって、『沈黙の壁』の正面エリアは神殿に大変な額を寄付した家の子どもだけが入れるエリアなのだ。
ベルは神官見習いの青年に導かれ、より『沈黙の壁』に近いエリアへと案内される。庶民の子供たちは、沈黙の壁から50mも離れた場所にぎゅうぎゅうに詰められている。
「おい、なぜ、ここに平民がいるのだ」
ベルを見て先客の子供が冷たい視線を向けて、神官見習いの青年を詰問した。青年が20歳前後なのに対して、タレント・ジャッジを受ける子どもは12歳。横柄な子どもである。
「あちらの方は金貨500枚を当神殿に寄付していただいた方のご子弟です。それだけの寄付をしていただいた場合、平民であってもここに通すことになっています」
そう告げる見習い。詰問した少年の周りにいる子供が驚いた。
「500枚~すげえ」
「我が家の領地から得られる収入の5倍」
「平民のくせにどれだけ金持っているのだ。僕の家は金貨20枚がやっとなのに……」
感嘆や妬みの声があちらこちらで囁かれる。みんな貴族の子どものようだ。
ようだとベルが思うのは、彼らが身に着けている正装のジェストコートである。貴族だとそのコートのどこかに家紋が刻まれているのだ。これはこの国の正装のきまりであった。
服に家紋を入れられるのは貴族のみ。ベルの服には家紋は刻まれていない。しかし、服以外の場所には家紋を入れるのは禁止されていない。
ちなみに馬車に刻まれた家紋は「小麦の穂を鳥が加えている」デザインのもの。
穀物商で成功したコンスタンツア家を象徴するデザインだ。
「お前ら、卑屈になるなよ」
そう強い口調で周りの子供たちを一括した子供がいた。いかにも育ちの良さそうな金髪くせ毛の男の子だ。先ほど、神官に詰問した子供である。
「我らは貴族だ。貴族は平民を従えるから貴族なのだ。その誇りを忘れてはならない!」
その子供はそう言い放った。言い方が実に生意気である。周りの貴族の子弟はその男の子を取り囲み、口々に賞賛の言葉を述べる。
「さすがは、王国の陸軍大臣マクドウェル伯爵の後継者、ウィリアム・ド・マクドウェル様だ」
「さすがウィリアム様」
「そうだ、我らは高貴な貴族だ」
「金を積んだからと言って、平民ごときがこの場にいるのは神への侮辱だ」
富の差を感じて落ち込んでいた貴族の子供たちは、その言葉にいつもの強気を取り戻し、そう口々に叫ぶ。
ベルはやれやれと両手を広げた。本来なら最高額の寄付金を納めたのだから、この場所で一番良い場所に陣取る権利がある。
しかし、父からは(貴族とは争うな)とも言われていた。ここは悔しいが彼らに場所を譲るしかないと決めた。
だが、黙って譲るほどベルはまだ人間ができていなかった。
中身は36歳のおっさんなのに。いや、おっさんだったから、変なプライドを捨てきれなかったのかもしれない。
こんな苦労もせず、親ガチャに成功したようなガキに無条件でへりくだる気はなかった。
「貴族、貴族って、同じ人間だろう?」
ベルの言葉にウィリアム少年が噛みついた。
「同じ人間であるはずがないだろう。この世界で優秀な民族はバルカ族。その中でも特に優秀で神から選ばれたのが我ら貴族だ。バルカ族だからと言って、同じ人間であるはずがないだろう!」
ウィリアムが言う種族、バルカ族とはこのアーズワールド大陸にある国々を支配する人種である。白っぽい肌に大柄な体格。髪色は様々で金髪や銀髪。赤髪に黒髪。瞳の色は髪と同じであることが多い。
このアウステルリッツ王国の王族、貴族はほとんどバルカ族である。平民でもバルカ族は1級市民権が与えられている。1級市民権は職業選択の自由が与えられ、私有財産も無制限に認められる。
職業も学者、神官、正規兵、官吏は1級市民権がなければ認められない。また、結婚も1級市民同士でないと認められなかった。
アウステルリッツ王国には人間族では、バルカ族の他に、褐色の肌と彫りの深い顔、主に傭兵稼業をしている戦闘部族クトルフ族。黄色い肌にのっぺりとした顔つき、商売に長けたウイクル族。とんがった耳と緑色の髪が特徴の奴隷階級のルーン族が住んでいる。
クトルフ族とウイクル族は2級市民。ルーン族には市民権がない・
ベルはバルカ族だから、1級市民権をもっているが、貴族や王族はそれよりもはるかに上の身分で特権をもっているのだ。
(この世界の不平等な仕組みもそうだが、こいつの選民思想には嫌悪感しかない……)
ベルがここまで成長する中で感じていた格差には違和感しかない。かつて生きていた日本でも経済的な格差はあったし、差別だってなかったわけではない。しかし、表立っての差別は禁止されていたし、世の中がそれを許さない社会であった。それに比べてこの異世界はクソというべき、人権格差がある世界だ。
「おい、こいつを抑えろ。貴族に逆らうとどうなるか、教えてやらないといけないようだ」
そうウィリアムが言うと、計ったように両サイドを体の大きな少年たちがベルを両サイドから抑え込んだ。身動きができない。
ウィリアムは手首をくいくい回して、そしていきなりベルを殴る。
「うっ……」
強烈な腹パンチを受けてベルは崩れ落ちた。腹を抱えて地面に着けた頭にウィリアムは片足を乗せた。
「ひれ伏せ、平民。頭を垂れよ!」
「はははは……」
「いいね、こんなところに身分不相応にいた罰だ」
(くそ……こんな奴ら……)
ベルは悔しさで胸がいっぱいになる。正直な話、不意をつけばウィリアム一人なら、ぶん殴って倒せる自信はある。
その後は取り巻きにボコボコにされるであろうから、それをするかどうか迷っていた。
足で踏まれながら、ベルは周りの様子を伺う。ウィリアムに便乗してこのいじめに加担する奴。いじめられる自分を見て軽蔑の笑いを浮かべる貴族の令嬢たち。中には眉をひそめて嫌悪感を顔に出すものもいるが、ウィリアムの権力を恐れてか、ベルを助けるまでの行動が起こせないようだ。
(はん……ここでもいじめの構造は変わらない)
ベルには生まれ変わる前の記憶はある。児童保護施設に引き取られていたころ、ベルはあまり社交的でなかったから、いじめられたことがあった。
意味もなく体当たりされたり、持ち物にいたずらをされたりした。いじめている側は、いじめているという認識はない。それを単なるコミュニケーションと思っている。
いじめを傍観している者も、(じゃれているだけだろう)という気持ちから行動できない。中にはそれはいけないと思っていても、なかなか行動に起こせないものだ。
いじめをスルーしてやり過ごせるようになってからも、鉄馬も傍観者であった。ベルとして生まれ変わり、それがどれだけ卑怯であったか思い知らされた。
(ここにいる人間はみんな同罪だ……)
特に今、自分の頭を踏んで屈辱感を植え付けているウィリアムとそれを煽る2人の取り巻き。少なくともこの3人には、それなりの報いを喰らわせてやるとベルは思った。
「みなさん、静かにしてください。まもなく、神よりタレントの授与の儀式が始まります」
そう見習い神官の青年が言った。この青年もベルへのいじめを止めない。貴族に忖度する大人なのだ。
「ふん。これくらいにしてやる。お前は最後だ。どうせ平民のタレントは1つしか授からない。2つ以上授与される貴族との違いを思い知るがいい」
そうウィリアムは言った。それは聞いたことがある。魔力属性のDNAをもつ貴族の子弟は、魔力に特化したタレントと通常のタレントを付与されることが多いという。
これが、貴族が特権を振りかざす理由の1つでもある。魔力に特化したタレントの中には爆裂魔法や炎の矢等の魔法が使えるものもあって、少数精鋭の魔法兵になれるのだ。
それに対して平民はほぼ1つしか付与されない。しかもほとんどは、生産系のタレント。裁縫力、料理力などの器用さを伸ばすもの。筋力アップや持久力などの体力増強系のタレントは、肉体労働に有利となる。