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スコルッツア男爵家

 翌日、王国に対する反逆罪の罪でアーレフに変化させられたグリードがダンプル塔の前広場で処刑された。公開処刑であったために多くの民衆が集まった。

 グリードは処刑前に必死に自分はグリードだと訴えたが、姿がアーレフのままでは誰も信じない。哀れ、断頭台の露となった。

 24時間は変化が解けない。よって、そのまま落ちた首と胴体は焼かれてしまったので、アーレフと誤解されたまま罰を受けた。

 これにより、アーレフは公式的に死んだことになる。ベルが化けた方のグリードは、行方不明ということになる。衛兵に化けた2人のことが問題にはなるが、それを捜査する者もいないと思われる。

 アーレフの処刑は民衆には不評であった。なぜなら、コンスタンツア家は貧民に対する支援をしていたから、人気があったのだ。それを処刑したことで宰相派とナイトハルト伯は民衆の支持を失うこととなった。

 しかもアーレフは自白をしなかったので、宰相派は議会派の議員を追い詰めることができず、目論見が外れてしまった。

 宰相派は民衆の怒りを収めるために、アーレフの処刑の罪を、事件を起こした議会派の裏切り者ナイトハルト伯に罪を被せて粛清することにした。これにより、返って議会派の結束が固まる結果になってしまったのだ。偽のアーレフは死して宰相派の勢力を削いだことになる。

 24時間後に元の姿に戻ったアーレフをベルは田舎の町に一軒家を借り、そこで養生させることにした。アーレフが生きていることはこの先ずっと秘密にしないといけないだろう。

 ベルは2番街の裏通りにある小さな道具屋を訪ねていた。人が2人も入れば身動きできない空間に粗末なカウンターが置かれた店内に白髪の老人が一人店番をしていた。

 変装しているその姿はベルが見れば分かる。

「ベル様、無事でしたか」

 白髪の老人はいつものように背筋をピシッと立てた。地味で古びた服を着ているしょぼくれた老人が老紳士になる。

 コンスタンツア家の家令ベンジャミンである。60代ではあるが、よく鍛えられた体躯は老人とは思えない。仕立ての良い黒い執事服を着ればこの古びた道具屋には場違いな印象となるだろう。

「ベンジャミン、お前こそ、よく生きていたな」

「ベル様、アーレフ様が処刑されま……」

 そこまでベンジャミンが言いかけたが、ベルは遮った。

「父様は無事だよ。処刑されたのは別人さ」

「え……そうなのですか?」

「父様はハーベイ村に購入した家で養生をしている。でも公式にはいない人間になった。しばらくは身を隠すしかないだろう。父様はダンブル塔で随分と体を傷つけられていた。傷が治るまでには時間がかかりそうだよ」

 ベルはベンジャミンの顔を見るなりそう説明した。ベンジャミンはそれを聞いて両手を合わせて神に祈った。ベンジャミンにとってアーレフは一生使えるべき主人なのだ。

 主人の命令でベルの行く末を見届けた後に、後を追うつもりであったが主人が生きていれば生きる希望も湧いてくる。やがて祈りを終えたベンジャミンは道具屋の2階へベルとシャーリーズを招いた。

「アーレフ様はこうなることを予想されていました」

 そうベンジャミンは言った。派閥争いで敗れれば、平民階級であればこのように切り捨てられることはありえると手をうっていたのだ。

「コンスタンツア家の財産はほぼ没収されました。名誉が回復されるまでは、ベル様もコンスタンツア家を継ぐわけにはいきません。そこで……」

 ベンジャミンはアーレフが生前に打っていた策を説明する。

 都には多くの没落貴族がいる。その中の1つにスコルッツア男爵家というのがある。その現当主は80歳を超える老人で、都にあるアパートの1室で寝たきり生活を送っている。子供も親戚もなく天涯孤独である。

 そのアパートを借り受け、介護の侍女を雇っていたのはアーレフ。スコルッツア男爵の家門を金で買っていたのだ。

「スコルッツア男爵家は他に後を継ぐ親戚もおらず、この老人が死ねば家門が絶える家柄。ベル様はスコルッツア男爵の養子となることで貴族の仲間入りをします」

「……形ばかりの貴族になるわけか」

 アーレフが万が一のために用意してくれた保険である。しかし、貧乏貴族の家門は今の苦境を脱するには、最低限の条件しか満たしていない。

「貴族の養子になることで、ベル様は完全にコンスタンツア家の連座から外れます。捕まることはないでしょう。ただ、コンスタンツア家の財産に関与することもできなくなります」

「無罪放免されたけど、無一文ということか……」

 莫大な財産はほとんどを没収されている。辛うじて、ベルがリットリオのおじさん用として用意した資金は無事であった。リットリオという偽名で預けてあったから、コンスタンツア家の財産とみなされなかったのだ。

 そのお金で辛うじてアーレフを養生させるための家を買えたのであるが、それほどあるわけではない。

「この資金を使って当面は暮らせますが」

 そうベンジャミンは言ったが、ベルはその資金にはこれ以上手を付ける気はなかった。

「それはペネロペを援助するお金だ。使わない」

「しかしベル様。それがなければ、明日の食事にも困ることに……」

 ベンジャミンはベルが世間知らずで日々の生活にお金がかかることを知らないのだと思っていた。

 そんなことはない。ベルはこれでも転生者である。この状況でも生きていく術はもっている。それにベルには考えがあった。

「没収を免れた商船が1隻あるよね」

 ベルはコンスタンツア家の財産目録や帳面からそれを見付けていた。その船は中型の商船で穀物を各都市に運ぶためのものだ。没収を免れたのはこの船が借金のためにコンスタンツア商会が差し押さえていたものだからだ。

 まだ形式上の所有権が元のままであり、コンスタンツア家の物ではなかったので、没収を免れていたのだ。

「これを僕の所有にできるよね」

「はい。ベルンハルト・スコルッツア様が買ったことにすれば、このどさくさにまぎれれば可能です」

「この船を買って商売する」

 ベルはそう指示した。すぐにベンジャミンに命じてその船の所有権をわずか金貨1枚で譲り受けたのだ。


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