入れ替わり
『気力断絶』の力が解放されました。
気力断絶と叫んで指で体に接触させると相手は意識を失います。12時間目覚めることはないでしょう。
これでどうでしょうか?
駄女神がベルに聞いてきた。
(これでどうですかって、力はすごいけれど父様を救い出すことはできない。塔の全員を気絶させるわけにはいかないだろう)
攻撃としては申し分がないが、拷問で体が不自由になったアーレフを助け出せるとは思えない。
それでもベルは考えた。駄女神とバカにしてきたが、彼女から与えられたタレントでこれまで窮地を幾度となく凌いできたのは事実だ。
(……いや、待て……やりようによってはいけるかも……)
ベルはしばし考えた。(いける……この作戦をうまく使えば……)
ドンドンと扉が叩かれた。兵士たちが乱暴に入ってくる。
「おい、治療は終わったか」
「適当でいいぞ。どうせ、明日には公開処刑だからな」
外で待つ兵士はそう扉を開けて急かした。ベルは兵士の後ろに立っているグリードの顔を見て作戦を実行することにした。グリードが女体化したベルを嫌らしい目で見ていたからだ。
(こいつを利用して脱出しよう……何とかこいつだけを部屋に残せないだろうか……)
そんなことを思案しながら、ベルとシャーリーズはアーレフの体に付けられた無数の傷から流れ出る血を止血し、包帯を巻いた。全身包帯で覆われているので誰だか分からないほどだ。
折れた足首を固定し直した。そして移動ベッドに横たわらせる。取調室から独房へとアーレフを運ぶのだ。
「ちょっと、待て」
ベルとシャーリーズがアーレフの移動をしようとしたとき、グリードがベルたちの前に立ちはだかった。
「お前、何かこの男に手渡しただろう?」
グリードはそう言ってアーレフの襟裏に手を入れる。どうやら、先ほどのやり取りを見ていたようだ。ドアのガラスは内からは見えないが、外からは見える仕様になっていたのだ。
「おい、これはなんだ?」
気持ち悪いほどにやにやして、グリードはカプセルを取り出した。中身は拷問官ならすぐに推察できた。
「毒だな。お前らのどちらかが渡したようだな。これは身体検査しないとな」
身体検査というのは嘘である。グリードは難癖をつけてベルたちを手籠めにしようと考えていたのだ。
「グリード様、どうかしましたか?」
扉の外に出ていた兵士がそう聞いてきたが、グリードは叱りつける。
「これから特別検査をする。お前らはどこかへ行け!」
「は、はい……」
兵士らはグリードが何をするか分かっていた。ここではよくあることである。うまくいけば、グリードが満足した後におこぼれがあるかもしれない。
兵士たちが去ってから、グリードは扉を閉めてカギをかける。そして扉に付けられたガラスをカーテンでふさいだ。
「さて、お前ら2人、どっちから特別検査をしてやろうか」
グリードは卑猥な笑いを浮かべる。シャーリーズとベルを指さし、交互に動かす。どっちから先にいただくか選んでいるようだ。
指はベルの方で止まった。グリードは舌なめずりをする。
「まずはあっさりした方からいただくか。お前のような娘を無理やりやるのが一番興奮するからな!」
グリードはそういうとベルの手首を掴んだ。
「ベル様!」
シャーリーズが戦闘態勢に入るがベルはそれを制する。
「クズだな、お前」
グリードがベルを見て欲情し、こうやって手籠めにしようと狙っていたことは予想していた。ベルとしては兵士を遠ざけ、この男を孤立させる手段を考えていたから願ってもないチャンスだ。部屋には他の兵士もいないし、外からは見えない。多少、騒いでもグリードが2人を襲っていると思って気にもかけないだろう。ベルはわざとグリードを罠にかけたのである。
「気力断絶!」
ベルがそうつぶやいて、掴まれた手首の反対の手を伸ばし、グリードの体を人差し指でトンと突いた。
「うっ!」
強烈な電流が流れたように、グリードの体がビクンと跳ねた。そして動かなくなった人形のようにその場に崩れ落ちた。24時間はこのまま動かなくなる。
「ベル様、その力は……」
シャーリーズは驚いた。触っただけで巨大なグリードを戦闘不能にしたのだ。
「新しいタレントだよ。これと七変化を組み合わせる」
「どういうことですか?」
「こういう作戦だよ」
ベルはごにょごにょとシャーリーズに作戦を話す。
「……わかりました」
「そう決まれば、あとは……」
ベルとシャーリーズは顔を見合わせて頷いた。
「きゃー、いや~」
「だれか助けて~」
「ああ~だめ~」
適当に襲われる声を上げる。上げながらグリードを七変化でアーレフに変身させる。包帯をぐるぐると巻いて完全に分からなくした。
そしてアーレフを今のベルの姿に変身させる。ぐったりと気を失ったベルになる。ベルは自分の服を脱いで女の子になったベルに変化したアーレフに着せる。そして自分はグリードに変身する。
小1時間ほど経って、グリードに化けたベルはドアを開けた。
「グリード様、終わりましたか」
ドアが開いたのを見て兵士が2人駆け付けた。グリードの後におこぼれを預かろうと思ったようだ。
「馬鹿野郎!」
グリードに化けたベルは怒鳴りつける。
「こいつら2人は気に入った。今から俺の家に連れ帰る。朝までお楽しみだ。お前らはあいつを監獄へぶち込んでおけ。明日の朝に処刑だからな」
ベルはそう命令した。兵士はその怒声に縮み上がる。そしてベルに変化したアーレフを背負ったシャーリーズがベルの後に続く。
その姿は乱暴されてうなだれる少女にしか見えない。さらに背負われた方の少女は気を失っている。拷問官のひどい扱いぶりが想像できる。
(こりゃひどい……あんな年端も行かない少女を)
(この拷問官は調子に乗りすぎている……)
2人の兵士はシャーリーズとベルに化けたアーレフを見てさすがに引いた。
兵士たちから見れば、手籠めにした2人をさらに家へ連れ込もうとする悪逆非道の拷問官にしか見えない。
(ベル様、うまくいきましたですわ)
ダンブル塔を出た時にクロコがそう話しかけた。
(ああ。成功だ。24時間あの変身は解けない)
ベルは拷問官の運命を知っている。悪逆非道のあの男は気を失ったまま、明日、処刑される。アーレフの姿のままだ。気力断絶の影響は12時間なので処刑前に目が覚めるだろうが、自分がグリードだと訴えても誰も信じないであろう。なにせ、姿はアーレフなのだ。激しい取り調べで気が狂ったと思われるだけだ。
「あの男にふさわしい死にざまだよ」
馬車に乗り、自分だけ元の姿に戻ったベルはダンブル塔を見上げてそうつぶやいたのであった。




