表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/98

父の願い

 やがてアーレフへの拷問が終わった。

 シャーリーズとベルが手当のために取調室に通される。

「うっ……」

「ひどい……」

 2人とも思わず声を出してしまった。顔は殴られたのか赤黒く腫れ、そして足首は折られて変な形に曲がっている。

 両手の指は2本ずつ切り落とされている。陰惨な拷問現場である。戦場でひどい有様を見慣れたシャーリーズは平然としていたが、ベルは思わず吐き気を催した。それでも何とかこらえてアーレフに近づく。

「父様……なんてひどい」

 ベルはアーレフの耳元でそう囁いた。兵士は外の部屋で待機しているから、看護兵に扮したシャーリーズとベルが手当をして移動ベッドに寝かし、独房へと運ぶのだ。

「ベ、ベルか……その声は……」

 アーレフはそう声を出した。目はグルグルと布を巻き付けられて見えないようにされているから、ベルの顔は見えない。見たところでベルの見た目は女の子に変身しているから、ベルだと気が付かなかったかもしれない。

「こんな酷いことを……」

「ベル、どうやってここへ来た。奴らはお前を捜して……」

「大丈夫です父様。ここまで問題なく侵入したのです。脱出も問題ありません。けれど、会えるのは今回が最後になるかもしれません。父様を脱出させる方法を考えます」

「無理だ……」

 そうアーレフは答えた。アーレフは分かっている。宰相派はアーレフに自白させて議会派を殲滅するつもりなのだ。しかしアーレフは絶対に口を割らないと決心している。ここまで激しい拷問を受けても一切しゃべっていない。

「なんとかします。ですから、父様」

「無理だ。宰相派はわしが自白しないので処刑すると決めたようだ。処刑して財産を没収すれば宰相派は潤うからな。議会派もわしの処刑を黙認するであろう」

「そんな……」

 ベルは言葉を飲んだ。議会派としてはアーレフに秘密を抱えたまま死んでくれた方が都合がよいと考えてもおかしくはない。

「問題は財産を没収されるとお前がどう生きていくか心配だ」

 こんな半殺しになってもアーレフはベルのことを心配する。見えない目でベルを探し、そして切り落とされなかった指でベルの顔を撫でる。汚れた包帯は茶色に変色した血の色で染められている。

「父様、父様にこんなことをした奴らは全員、地獄へ落とします」

 ベルの心に復讐心が大きくなっていく。理不尽に対する憤りは抑えられない。

だが、そんなベルにアーレフは淡々と諭した。

「……ベル、わしがこうなったのはきっと因果応報なのだ。わしも随分、裏で手を回し、人を殺めてきた。だから、これは神からの罰なのだろう……悪いことはできないものだ」

「そんな神がいたら僕がそいつも地獄へ叩き落とします」

 ベルの言葉にアーレフは首を振った。そして力強くこう言った。

「武器商人にはふさわしい死だ。だがなベル。お前には平和に生きて欲しいのだ。誰も殺めず……そして愛する妻と一緒に幸福に暮らして欲しい……。ああ……妻たちだったな。あのダヤン家の令嬢とヴィッツレーベン家の令嬢……そこにいるシャーリーズもだな」

「父様……」

「お前はわしの夢なのだ……。これでコンスタンツア家は全てを失うが、お前ならここから復活し、わし以上に財産を大きくするだろう。頼むぞ……そしてあと1つ、父からの願いだ……」

 苦痛に耐えながらアーレフはベルに話した。それは今までベルが知らなかったアーレフの秘密だ。

「お前には母親の違う1つ下の妹がいる。今は行方不明だ。だが、どこかで生きている。名前はクリスチーナ……。彼女を捜して庇護してくれ……頼む」

「父様……」

「2番街にはある道具屋に行け。そこにベンジャミンがいる。彼に会えば道は開ける」

 そうアーレフは話すとぐったりとなった。かなり体力を消耗したのであろう。そして骨折や打撲の痛みは想像を絶するはずだ。

 慌ててシャーリーズが痛み止めの注射をうつ。強力な麻酔作用があり、痛みは感じなくなる。それは大量に打てば重傷者が穏やかな死を迎えるために使用する薬剤でもある。

「ああ……楽になった。痛みがない……」

 アーレフはそうつぶやいた。もう意識が朦朧としているようだ。

「よかった……です、父様」

「シャーリーズ、お前に頼みがある」

 アーレフは気配でシャーリーズがいる方に顔を向けた。

「お館様、なんでしょうか……にゃん」

「お前は自決用の毒を携帯しているだろう。それを譲ってくれないか?」

 アーレフは傭兵が自決用の毒をいつも携帯していることを知っている。それは捕虜となった時に雇い主のことを自白させられるのを防ぐためだ。

 傭兵は正規兵とは違い、捕虜になるとひどい扱いを受ける。特にシャーリーズのような若い女の子は悲惨な運命が待ち受ける。そうならないために自決用の毒を隠しもっているのだ。

「父様、必ず救い出します。議会派の貴族の方々に掛け合ってみます」

 ベルは慌ててアーレフを止める。アーレフは殺される前に自分で命を断とうというのだ。

「無駄だ。処刑は明日だ。処刑されるギリギリまで粘るが処刑前に毒で死ぬ。奴らの悔しがる様子が見られないのが残念だ」

 確かに公開処刑には多くの聴衆が集まるだろう。処刑が始まるタイミングで処刑者が死んだら興ざめすることは間違いがない。

「シャーリーズ、頼む」

「はいにゃ」

 シャーリーズは耳に付けたイヤリングの金具から、毒物の入った小さなカプセルを渡した。白い粉状に見えるそれは青酸カリ。わずかな量で死に至る。しかも即効性。苦しみは一瞬である。アーレフは震える手でそれをシャツの襟裏に挟んだ。

「父様……」

「別れだ、ベル。お前の幸せを祈っている。シャーリーズ、ベルを頼むぞ」

 ベルはアーレフの手を取った。この人を死なすわけにはいかない。そう強く思った。だが、この状況では脱出は不可能だ。かといって、アーレフの処刑は明日である。今を逃せば助けることは不可能になる。

(タ、タレント……そうだ、まだ僕にはタレントがある)

『武器の創造主』『銃神の力』『解離奈有』『緊急回避』『本音の声』『能力看破』 『超回復』『初期化』『七変化』の9つの能力が解放されている。あと3つあるのだ。何か役立つタレントがここで解放されるのなら、アーレフを救える。 

「堕女神様……いや、偉大なるこの世で一番美しい女神様。どうか、役立つタレントを僕にください。お願いします!」

 ベルはそう祈った。両手を合わせて天に願う。

(ベル様、神様は気まぐれですわ。そんな簡単に……)

 1分経っても何も起こらないので、クロコがそう言いかけたとき、ベルの頭にあの駄女神の声が響いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ