ダンブル塔
「第1衛生中隊所属、カリナ1等兵とシャイナ2等兵だにゃん……」
「にゃん?」
ダンプル塔の警備兵は奇妙な語尾の看護兵に聞き返した。2人の看護兵は初顔である。この塔で行う任務が不評であるので、毎回違う看護兵が来る。看護兵の大半は女性であるので、警備兵は密かな楽しみとしていた。
しかし、今日来た2人の看護兵は奇妙である。まず見た目が若い。報告した女も16,17歳。その後ろに控える女の子もそれより下か同じくらいだ。
今年になって入った新入りだろうが、こんな若い看護兵を寄越すとは、衛生隊も派遣する人材が底をついたのであろう。
それに語尾に(にゃん)とは、怪しさが増す。言った本人は慌てて口を両手で覆う。
「カリナ先輩、今は本業ですよ。バイト先の言葉は封印」
そう言ってシャイナと呼ばれた2等兵が取り繕う。警備兵は興味をもった。
「バイトだと……お前らどこかでアルバイトしているのか?」
下っ端の兵士の給料は安い。それだけでは生きていけないので、男も女も兼業しているのは公然の秘密だ。
目の前の若い看護兵もその容姿を利用して、いかがわしい酒場で給仕でもしているのであろう。
「はい。19区のけものパブで働いています。どうか御贔屓に」
そうシャイナは答えた。警備兵はそういう店を知っている。女の子が獣の格好をして酒を運んでくるのだ。チップをはずめばお触りも可である。もっと出せば、店の2階で特別サービスも受けられる。
「けものパブね……ふふふ……いいねえ~」
2人の警備兵はそう言ってカリナとシャイナの全身をねぶるように見る。1人は思わず舌なめずりをしている。
「はい、来ていただければサービスしますわ。でも、このことは内緒よ」
そう言ってシャイナは片目を閉じた。2人の警備兵は頷く。下っ端は下っ端同士で強かに生きているのだ。2人の警備兵はそんなことを訴えるつもりは毛頭ない。それよりも非番の日にこの2人が勤めているそのパブに行くことを考えている。
「よし、必ず行くからな」
「通ってよし」
警備兵はダンプル塔の正門を通した。
2人の看護兵はもちろん、変装したシャーリーズとベルである。カリナ1等兵がシャーリーズ。シャイナ2等兵がベルの名前である。
王国看護兵の制服は、本当はここに来るはずだった2名の看護兵から奪った。今は縛られて武器保管庫の片隅に転がされている。明日の朝までに発見される恐れはない。
縛り上げた看護兵は2人とも小柄だったので、ベルはともかくシャーリーズにはパツンパツンである。
それが返って警備兵たちの目を惹きつけ、簡単に通すことにつながったのだ。
さらに同じように塔の扉で検問を受けた後、塔の中に入った。
アーレフは塔の最上階の牢に繋がれており、そこまで延々と階段を登った。
(ベル様、ここまではうまく行きましたですわ)
ここまで黙っていたクロコがそうベルに話しかけた。
(ああ。思ったよりもこの作戦は上手くいっている)
看護兵の制服がかなり警戒感を緩めていた。また、毎日、同じように続く習慣が警備兵にそうさせたことも否めない。この辺のところは、クロコに偵察させていたことが大きい。
(もし、身体検査されたら一発で終わりですわ)
(ああ……そうだな)
シャーリーズはともかく、ベルは女装だ。体を触れれば、一発でばれるだろう。さすがに警備兵はそこまでしなかったが、不審と思われれば、彼らにはそれをする権限がある。だから派遣される看護兵たちに不評で、行くものはくじ引きで決められるくらいなのだ。
(初期の頃は荷物検査だけでなく、服を脱いで全身裸にさせられたくらいですわ。そりゃ、そんなところに誰も行きたがらないですわ)
そうクロコが言う。さすがに衛生隊から猛烈な抗議があり、ダンプル塔の警備隊は派遣された看護兵を裸にすることは遠慮するようになったが、いつ気が変わるか分からない。
「よし、ここで待機だ」
ベルとシャーリーズを案内してきた警備兵は、アーレフが収監されている牢の手前の部屋へ2人を案内した。
恐ろし気な鞭のうなる音と男の悲鳴がフロア全体に響く。アーレフが拷問されているのだ。ベルの心に怒りが満ちる。しかし、ここで救出に動いてもアーレフを救出するどころか、自分も捕まりかねない。
一緒に来たシャーリーズにも危険が及ぶ。拳をぎゅっと握って怒りを堪える。
ベルたちの到着が伝えられ、悲鳴が鳴り止んだ。錆びついた鉄の扉が窮屈そうに開く。
「来たか。今日は若いな。衛生隊も人材不足とみえる」
部屋から恐ろし気な鞭をもったこのフロアを統括する拷問官が出てきた。身長は190cmに届こうかという大男である。えらの張った角ばった顔に濃い髭。
普通なら憂鬱になってしまう仕事に嬉々として取り組んでいる様子が表情から読み取れる。彼はここでは何者も抵抗できない絶対権力者なのだ。
(ベル様、クロコの調べによるとこの拷問官、名前はグリード。このダンブル塔専属拷問官。彼により拷問されて死んだ容疑者は数知れず。兵士たちの間では、地獄の処刑人と呼ばれているですわ)
(まさしく、人権侵害の極み。悪逆非道の極悪人だな)
(拷問官なんて、そういう狂った人間しかできないですわ)
クロコと念話で情報交換をするベル。拷問官グリードは、じろじろとベルとシャーリーズを見る。特にベルに対してはじっくりと値踏みするように見てくる。
「この前は40と50のばばあだったからな。それと比べると若い」
「はい、グリード様。18と17です」
シャーリーズから受け取った身分証を見て1人の兵士がそう報告する。
「ほう……18と17ね」
グリードは卑猥な視線を向ける。この塔では人権無視の非道が行われている。よって、欲望に対してそれを抑える理性が誰も持ち合わせていなかった。
「何か怪しいものを持ってないか、検査する必要があると思わないか?」
そうグリードは1人の兵士に問う。話しかけられた兵士はその言葉に(分かっています)と視線を返し、すぐさま答えた。
「はい、グリード様のおっしゃるとおりです」
「議会派からの手紙でも持参していると厄介です」
もう一人も追従した。この中年の3人はつるんでおり、一時は衛生隊の抗議で自重していたが、好みの女性が来ると己の欲望を押し通していたのだ。
「身体検査を行う。2人ともその場で脱げ」
「へ?」
「え?」
グリードにそう命令されて、シャーリーズもベルも固まった。シャーリーズはともかく、ベルが脱いだら間違いなくバレる。
「わたしが脱ぎます……にゃ……。シャイナはまだ子供なので許してもらえませんか……」
そうシャーリーズが懇願した。確かに18歳以下は子供扱いにするのがこの国の風習だ。
「くくく……いいだろう。お前の脱ぎっぷりがよければ後ろの娘は勘弁してやろう」
グリードはにやにやしてそう答えた。
(ちくしょう……シャーリーすまない)
ベルはこのグリードは許さないと思った。警備を理由に女の子の裸を見るとは鬼畜の所業だ。
ベルを守るためにシャーリーズは覚悟を決めた。女性衛生兵の服は白色のゆったりとしたワンピース。下半身は同じく白のタイツを履く。
ワンピースを脱ぐとすぐにブラジャー姿になる。
「ひゅーひゅー」
兵士がそう期待を込めて口笛を鳴らす。
シャーリーズは恥ずかしそうにタイツに手をかける。そっと下ろすと下着姿になる。
そして両手で前を隠す。もう顔は真っ赤である。
(こいつら後で殺す。シャーリーのこの姿は僕しか見てはいけないのだ!)
ベルの腹は煮えくり返る。目は無法なことを要求した3人の男たちをにらみつける。
「おや、もう一人が脱がなくてよいとするなら、まだダメだ」
そうグリードはシャーリーズの足先から頭のてっぺんまで舐めるように眺め、そしてさらに命令した。
「全て脱げ」
「もうこれ以上は……それにこの姿なら何も隠していないことは明白なはず……にゃ……」
「何を言うか、女は女しか隠せない場所があるものだ。全て脱げ」
(この野郎!)
ベルは怒り心頭である。シャーリーズはベルの女だ。その裸体をこんなゲス共に見せるわけにはいかない。




