議会派の対立
ベルがエデルガルドの用意してくれた隠れ家に潜んで3日が経った。ベルの元にエデルガルドから詳しい状況を伝える手紙が届けられた。
それにはこの事件のあらましとアーレフが逮捕されて監禁されていることが綴られていた。
議会派の長老アッバス議長の死後、議会派の貴族を掌握していたローベルト侯爵であったが、完全に議会派をまとめきれたわけではなかった。
議会派の2割ほどの勢力を束ねるナイトハルト伯と対立していた。ナイトハルト伯爵は40代の男である。議会派の議員としてはめずらしく、軍で活躍して認められた実績があった。貴族院議員となってからは軍から離れたが、今でも軍隊内には彼の息のかかった隊長クラスが何人もいた。
この男は宰相派とも通じていて、その力を借りて議会を自分の思い通りにしようとしていたのだ。
ナイトハルト伯は宰相派からは慎重を期すように言われていたが、ローベルト侯爵の勢力が日に日に増すのを感じると焦り出した。
このままでは議会を自分のものにすることができない。せっかく、長く議長の座に居座った老人が死んでチャンスが訪れたのに、また待たなくてはいけない。
ナイトハルト伯は密かに憲兵隊を動かした。この憲兵隊の隊長が彼の元部下であったからだ。
「敵勢力に武器を供与した反逆者を逮捕せよ」
そうナイトハルト伯は命じた。コンスタンツア家が議会の密命を受けて、少数民族や魔族に武器を売っていたことは、議会派の幹部は知っていた。むしろ、それによる利益が議会派の大きな資金源であった。
ナイトハルトもその資金源を失うのは痛いが、コンスタンツア家の当主アーレフを逮捕し、彼に議会派幹部の裏切りを自白させて一挙に粛清するシナリオを実行することにしたのだ。
宰相派はこのクーデターに難色を示したが、ナイトハルト伯は実行すれば宰相派は乗ってくると判断した。
クーデターを起こすには、アーレフの逮捕は絶対条件だ。動かぬ証拠を突きつけ、軍を動かすことに大義名分をもたせないといけない。
コンスタンツア家には100名ほどの私兵がおり、戦い慣れた隊長の元、激しい抵抗をみせた。
しかし、憲兵隊は500人と5倍の戦力があり、コンスタンツ家の本邸は防御に適した建物ではない。
やがて火かけられ、私兵部隊はほぼ全滅。隊長以下、全員が屋敷で戦死した。使用人を人質にした憲兵隊にアーレフはやむなく投降。逮捕されてダンプル塔へと連行された。
ダンプル塔はアウステリッツ王国の政治犯を収容する塔で、憲兵隊が管理する建物である。
(ベル様、御父上様はダンプル塔で監禁されています。連日、連夜、厳しい事情聴取をされていますわ)
(くっ……父様……)
クロコは人に見えない。エデルガルドからの情報を元にベルはクロコにいろいろと調べさせて、父親の逮捕の経緯や今の状況、敵方の動きを詳細に掴んでいた。
アーレフは辛うじて生きているものの、憲兵隊の取り調べは人権無視の酷いものであることは周知の事実である。
そしてシャーリーズの育ての親であるオージンの戦死が判明した。オージンは戦況が圧倒的に不利でも逃げることなく、雇い主のために忠義を尽くしたことになる。彼の死は同じ同胞のスクルト人傭兵の価値を上げた。
それを知ったシャーリーズは半日部屋に籠って泣いたが、夜には立ち直りベルの前でこうきっぱりと言った。
「父は傭兵です。雇い主のために命をかけて戦うのが傭兵の務め。戦いで散った父とスクルト人の兵士は同胞の名誉を高めましたにゃん。わたしにできることは父の敵討ちと父の意思を継ぎ、アーレフ様を救うことにゃん」
ベルはシャーリーズの手を握り、「ありがとう」とお礼を言った。シャーリーズはベルの護衛として傍にいる。命令したオージンは死亡したのなら、シャーリーズの任務もなくなるわけであるが、今度はシャーリーズ自身の意思でベルに仕えるということだ。
(クーデター側はベル様を必死で捜していますですわ)
クロコはそう言った。ベルはそうだろうと思う。恐らく、クーデターを起こした連中は、アーレフに自白させて議会派の幹部を一層したいのだろう。
それなのにアーレフは口を割らない。ならば最愛の息子を捕らえ、それを人質にして自白させる気である。
「父様に会いに行く」
ベルはエデルガルドが用意してくれた街中の粗末な宿屋の1室で、父アーレフと会い、脱出させる計画をシャーリーズと練っていた。
しかし、クロコからの報告やシャーリーズの調査から、ダンプル塔からの脱出どころか、面会さえも難しいことが分かる。王国の政治犯を収監するダンプル塔は、元々、警備は険しいが議会派の救出作戦を警戒してか、さらに警備は厳重になっている。
「ベル様、これはベル様が近づくのは無理です。代わりにわたしが行きますにゃん」
シャーリーズはそう言い、アーレフへの接触する作戦案を述べた。
アーレフには毎日、厳しい取り調べが行われている。それは警備局の特殊調査3班と言われるところである。言わゆる拷問官が所属するところである。
拷問による事情聴取の後、そのまま死んでしまわないように簡単な治療を行う。そのために看護師が派遣されているのだ。
シャーリーズは看護師に化けて潜入すると話した。調査したところによると看護師は女性で衛生部隊から派遣される。嫌な任務なので、毎回違う者が派遣されているから、入れ替わってもばれないと思われる。
「シャーリーだけに危険な目に合わせられない。僕も行く」
ベルはそう言った。自分も女の子に扮してダンプル塔に出向くのだ。
「ベル様、それは危険だにゃん」
シャーリーズはそう反対したが、ベルの決心は変わらない。アーレフはこの世界での父だ。ここまで育ててもらった恩がある。
正確にはベルはアーレフの子供ではない。母のアイリーンが恋人にしていた貴族のバカ息子の種である。
それでもベルにはアーレフが自分の父親であると思っている。大事なのは愛情をもって育ててもらったかである。親と子はその生育過程で本物になるのだとベルは考えている。
(ただ生むだけでは親と子供の絆は生まれない)
アーレフとの思い出を思い出せば、ベルは自分の命をかけてもよいと思っていた。
シャーリーズはベルを説得するのを諦め、ばれないように変装を完璧にすることにした。




