襲撃
ベルがダヤン家とヴィッツレーベン家との婚約を終えた日から1か月が経った。
大変な事件が勃発した。
宰相派の貴族が動いたのだ。
突如として国軍の憲兵部隊がコンスタンツア家の屋敷を急襲したのだ。アーレフはこうなることを予想し、議会派のローベルト侯爵に働きかけ、近衛隊の守備を要請していたが、それがかなわず、100人ほどの私兵でこの暴挙に対抗するしかなかった。
憲兵隊はアーレフに国賊の汚名を着せ、反対勢力への武器供与の容疑で逮捕する目的でやってきたのだ。
憲兵隊の裏にいるのは宰相派の貴族であり、議会派の資金源であるコンスタンツア家を排除する策略を実行に移したのであった。
ベルはその時、偶然にもエデルガルドの屋敷にいた。婚約者のエデルガルドに都でも評判の演劇を見に行こうと誘われて迎えに行っていたのだ。
2人の婚約者との関係は相変わらずで、ベルがシルヴィを盛んにデートに誘い、エデルガルドがベルを盛んにデートに誘う構造であった。
頭から血を流し、疲れ切った兵士がヴィッツレーベン伯爵邸に駆けこんで来たのだ。守備隊長のオージンが激戦の中、兵士の一人に伝令を命じたのだ。
「お屋敷は炎に包まれております。アーレフ様はベル様に逃げるようにとのことです」
「と、父様はどうなっている?」
「憲兵隊は500人を超える数。屋敷の私兵だけでは守れず、アーレフ様は逮捕されたようです」
伝令の兵士はそう告げた。実際、彼が激戦の中、屋敷から脱出する時にはまだアーレフは逮捕されているわけではなかったが、それは時間の問題と思われた。
「逃げると言っても……どこに……」
ベルは混乱した。コンスタンツア家の別邸や会社の建物は恐らく、敵方の監視にあるか、捜索を受けているだろう。敵からするとアーレフを逮捕後、処刑し、その財産を合法的に奪い取ることが目標と思われた。
そうなると財産を継承するベルの存在がじゃまである。子供に罪を着せて処刑するわけにはいかないから、秘密裏のうちに始末するだろう。
(捕まるわけにはいかない……。クロコ)
ベルは傍らを飛んでいる邪妖精に命じた。クロコはベル以外には姿が見えない。屋敷へ派遣して状況を知るにはうってつけのスパイである。
「ベル様、親父様が心配にゃん……」
ベルに付き従っている護衛侍女のシャーリーズはそう心配そうにしている。オージンとは血はつながっていないが、幼少より育てられた恩がある。父親代わりでそして剣の師匠でもあるのだ。
「シャーリー、オージン殿はプロの傭兵。父上が逮捕された時点で降伏すると思う。そうすれば命は助かると思うよ」
「そうでしょうか……にゃん」
ベルにそう励まされてもシャーリーズの顔は曇ったままだ。
オージンが指揮する私兵は傭兵である。主が逮捕されれば、士気が落ち、また報酬もなくなるから命をかけて戦うことはしないであろう。それはオージン自身もだ。プロの傭兵である限り、忠義に命をかけることはしない。
元来、傭兵とはそういうものだ。しかし、シャーリーズは嫌な予感がするのか、落ち着かない様子である。それよりもベルは身を隠す先を探さないといけない。
「心配するでない。我がヴィッツレーベン家の知り合いの家に隠れるといい」
そうエデルガルドが提案した。ヴィッツレーベン家とはつながりがあるので、当然ながら関係施設は調べられるであろう。そこでエデルガルドは町の中に従者用に借り上げているホテルの部屋を隠れ家にしたらどうかと提案した。
それは地方にある領地で働いているヴィッツレーベン家の使用人が、都に来た時に使うよういくつか抑えている部屋である。使用人でも下級職が泊まる部屋なので、一部屋だけの粗末な部屋である。
ちょうど今月は借り上げをしていたところで、契約は月末まである。ヴィッツレーベン家にも捜索は及ぶだろうが、そんなところに隠れているとは思わないだろう。
ベルはエデルガルドの提案はよいと思った。逃げるのならすぐに都を離れるはずだ。まさか都の下町に隠れているとは宰相派の貴族は考えないだろう。
「エデル、お願いする」
「では、すぐに行くのじゃ」
エデルはベルとシャーリーズを粗末な馬車に乗せると使用人を一人付けて、その借り上げている宿屋に直行させたのであった。




