婚約宣言
「シ、シルヴィ!」
ベルは驚いた。そしてこの修羅場というか、とんでもないところにベルの本命が参戦する。シルヴィアは馬車から降りると一直線で向かってくる。そしてベルの前に立った。視線はベルに一点集中である。
「ベル、エデルガルド様から聞きました。わたしを含めてここにいる3人を奥さんにするつもりですって?」
シルヴィの顔が怖い。半ば呆れているような目である。
「そ、それは……」
ベルは返答に困った。この状況では何を言っても言い訳である。ベルはシルヴィが本命であり、エデルガルドとは別れるつもりだった。シャーリーズとは大ぴらに言えない仲であるが、これは緊急事態で止む得なかったということもある。
(ベル様、ベル様)
いつの間にか頭の上に乗っていたクロコが話しかけてきた。
(クロコ、なんだ、今は取り込み中だ)
(絶体絶命のピンチですわね。未来の妻に側室に愛人の3名そろい踏み)
(クロコ、茶化すな。お前、この状況が分かっているだろう。このままでは僕は破滅だ)
(そうでもないですわ)
クロコが変なことを言う。ベルはなぜだと聞いた。
(シルヴィの好感度が減ってないですわ。しかも2つ)
(え?)
どういうことだとベルは混乱した。以前のデートでやっとシルヴィの好感度をレベル1にした。それ以来会ってないから増えているはずがない。
そしてエデルガルドに会ってベルの現状が分かってしまった。それでベルに愛想をつかしたはずだった。それなのにクロコが指摘するには、シルヴィの好感度を示すハートマークは2つになっているのだ。どうやら会わない間にベルへの思いが募ってしまったようだ。
この場にはベルに対して好感度をもつ女性が3人もいることになる。シルヴィがレベル2でシャーリーズがレベル3。そしてエデルガルドは限界突破のレベル4であるとクロコが教えてくれた。
「最初にエデルガルド様から話を聞いたときに、ベルはなんて不誠実な人だと思ったわ。けれど直接聞いてないのにあなたを否定するのはおかしいと思ったの。あなたの言葉ではっきり言ってください」
シルヴィはそう言った。大人しいシルヴィには想像できない姿である。
(ベル様、これは運命の別れ道ですわ)
クロコに言われなくてもベルには分かっている。返答次第でここにいる全員の好感度を失う。そしてその結果、全員失う。赤の他人の関係になるだろう。
ベルは心に決めた。(そうだ……自分の心に正直になろう)
「シルヴィ、聞いてくれ。僕の気持ちを正直に言う。一番好きなのはシルヴィ、君だ。僕のお嫁さんにしたいと一番に思っている」
ズバリとそう言った。エデルガルドやシャーリーズの前でそう言い切った。
「そ、それは……嬉しいですけど……」
シルヴィアはベルに告白されて嬉しかったが、ここにいるエデルガルドとシャーリーズに悪いとも思っていた。
「一番好きなのはシルヴィだけど、エデルも好意を寄せてくれて、正直悪い気持ちはない。エデルのことも大切にしたい人だ」
「ベル、わらわのことをそう思っていたのか、わらわは嬉しいぞよ」
エデルは目の前でシルヴィをお嫁さんにしたいと宣言したベルの言葉に、涙が流れていたが、続く言葉に今度は歓喜の涙があふれだした。
「シャーリーは僕の護衛侍女だ。彼女は僕を守ってくれる。彼女も大切にしたい」
「ベル様……このシャーリーズ、ベル様に一生お仕えしますにゃん」
シャーリーズはそう言ってスカートを両手でつまみ、ちょこんとしゃがんで礼をした。
「……そういうこと。やはり、わたしを含めて3人ということなのですね」
シルヴィの声は沈んでいる。目が笑っていない。そりゃそうだろう。自分のことを一番好きと言った後にエデルもシャーリーも大切にしたいと言うのだ。都合が良過ぎる。堂々の三股宣言である。自分に正直でもゲス発言には変わりがない。
(ベル様、自分に正直なのはよいですが、直球過ぎますわね)
(シルヴィには嘘をつきたくないのだ)
ベルはそうクロコに言った。駆け引き無し。正直な気持ちをぶつける。
「わたしにも選ぶ権利があります。けれど、わたしも今はベルのことが気になっています。ベルの家には父の領地を助けてもらった恩もあります。幸い、私たちはまだ16,17歳。結婚までに3年、5年と時間があります。それまでにベルのその博愛主義も変わるかもしれません。それに期待して婚約はします」
そうシルヴィは言った。これは予想外の言葉だ。
シルヴィはベルの3人とも妻という都合の良い話に乗るつもりはないが、ベルの事を好きになっていることも自覚していた。猛烈にアプローチしているエデルガルドへの対抗心も少しある。
それにここでベルとの婚約がなくなると他の貴族からのアプローチが開始されるであろう。そうなると弱小貴族の父は断れず、どこかの貴族のバカ息子と婚約させられる恐れもあった。
そうなればベルではなくても複数の妻の一人になる可能性もなくはない。それではベルと同じである。(ならばベルの方が……)とも心に過ったのだ。
「もちろん、わたしはわたし一人を愛してくれる人と結ばれたいです。だから、結婚までにわたしだけと言わせます。エデルガルド様、シャーリーズさん、覚悟していてください」
「ほう、大人しい顔をして言うではないか。わらわも負けはせぬぞ」
シルヴィの言葉を宣戦布告と受け取ったエデルガルドは、笑顔で受けてたった。そこにシャーリーズも加わる。
「わたしも負けないにゃん。今はわたしが一歩リードしているにゃん」
「おい、シャーリー、変なことをいうなよ」
ベルは慌てた。それに構わず、シャーリーズはベルの背中にぴとっとくっつく。明らかに普通ではない関係を暗示させる。エデルガルドがそれに反応する。
「どういうことじゃ。シャーリー、まさか色仕掛けで先行しておるのか。ならば、わらわも負けはせぬ」
エデルガルドがベルの左腕を取る。そしてぐいぐいと自分の豊満過ぎる胸をあててくる。
「おい、止めろよ、エデル。シルヴィの前で……」
シルヴィアは目をぎゅっと閉じて見ないふりをしている。下げた両手が握られて小刻みに振動している。
「エデルガルド様、シャーリーズ、そういうことなら私も引きさがりません」
シルヴィアはそういうとベルの右の腕を取った。ぎゅっと目を閉じたまま、自分の慎ましい胸をぐいぐいと押し付ける。
「あ、あの……シルヴィ……さん?」
「わ、私に……こんなことさせて……責任取ってもらいますからね!」
そう小声でシルヴィアは言った。相変わらず恥ずかしいのか目をぎゅっと閉じている。
(あれれれですわ。修羅場と思いきや、ハーレム展開ですわ)
クロコはベルが天国モードに浸るのを腕組みして見下ろしていた。
(でも、いいことがあれば、悪いこともあるですわ。ベル様、気を付けた方がよですわ)
邪妖精の勘というものである。
ベルは正式にシルヴィアのダヤン家とエデルガルドのヴィッツレーベン家に婚約の申し込みをした。両家とも承諾。二股婚約であるが、貴族や上級階級ではよくあること。普通は婚約期間中にどちらかに絞るのだ。




