エデルの愛情表現
「え、なんといったのじゃ、ベル?」
アイスクリームを口に運び、きょとんとした目でエデルガルドはベルを見た。
今日はエデルガルドがベルを誘って、都で評判のアイスクリームを食べに来たのだ。ベルの後ろにはシャーリーズが控え、エデルガルドの後ろには侍女が3名立っている。
周りの客たちはその状況を見て、微妙な表情を隠せない。大衆的なアイスクリーム店にいてはならないカップルがいるのだ。
「だから、僕はエデルとは婚約しない。デートも今日が最後にする。君の御父上にも謝るよ」
「ふ~ん」
「え?」
エデルガルドの反応にベルは驚く。予想外である。ベルに対しての好感度がMaxを飛び越えた状態のエデルガルドは、しゃべっている言葉とは別に本音が漏れてしまう。それはベルだけが聞こえるのだ。
それなのに今は聞こえない。クロコに言わせれば、建前と本音が同じなら聞こえないということだ。
「それでベルはなぜ、わらわとの婚約を拒否するのじゃ?」
「それは僕がシルヴィア・ダヤン子爵令嬢のことが好きで、彼女と婚約したいからだよ」
ベルはそうはっきりと言った。エデルガルドには気の毒であるが、はっきりさせない方が罪である。
「なんだ、そんなことか。それなら前から言っておるじゃろ」
(好き)
「え、何?」
本音が漏れた。エデルガルドの本音の声である。
「何も問題ないのじゃ。ベルが愛する数多くの女人の中にわらわをまぜるだけじゃ」
(好き、ベル様のハーレムに入りたい)
「いや、僕はハーレムなんて作らないし、妻は1人だ」
「心配ないのじゃ。この王国のしきたりで妻は4人までもてるのじゃ。わらわは2番目で構わない。シルヴィが1番でわらわが2番。わらわが1番でもシルヴィを2番目の妻にする。何の問題もないのじゃ」
(好き。そしてベル様のハーレムで1番を取るのはわらわぞ)
「いや、エデル。その意気込みはすごいというか、嬉しいけれど、シルヴィはそういうことは嫌いだから……」
「なぜそう決めつけるのじゃ?」
(そんなことはない。わらわはシルヴィと知り合いなのじゃ)
変なことをエデルガルドは言う。ベルはエデルガルドを見る。心の声に思わず固まった。
(え、え、え~っ。どうしてエデルがシルヴィと知り合いなのだ。まさか、シルヴィに会ったのか!)
エデルガルドの本音の声を聞いて驚いた。ベルは恐る恐るエデルガルドに聞いてみる。
「どういうこと?」
「決まっておる。シルヴィとはベルのことでもう話はついておる」
「ウソ、マジ、どうして!」
ベルの頭の中は真っ白だ。そして冷静になるにつれて、この事態は当然ながら予想できたことだったと悔いた。
ベルのことを超好きなエデルガルドがシルヴィのことを知ることは可能だ。少し調べれば分かるし、シルヴィのデートもきっと調べさせていたのだろう。
「実は昨日、シルヴィア姫とは直接話したのじゃ」
ベルはエデルガルドの衝撃的な告白に言葉を失った。
「……」
「どうしたのじゃ?」
エデルガルドの問いかけにやっと意識がつながった。
(オワッタ……)
まるでロボットのような自分の声が聞こえる。どう考えても二股がばれたことで、シルヴィがベルに対して幻滅したとしか思えない。
「な、何を言ったの?」
「わらわはベルのことが好きじゃ。譲ってくれと」
直球勝負にもほどがある。そしてその結果も想像がつく。
「そ、それで……シルヴィは?」
「にっこり笑って、そういうことならお譲りしますわと言っておった」
「ぐあああああ~っ。なんてことをしてくれたのだ、エデル!」
「なぜじゃ?」
きょとんとしているエデル。この女、天然で悪気がない。いや、自分の思いを遂げるためには手段を選ばない。
「なぜって、それは彼女が怒るからだよ!」
「怒るじゃと。確かに不愉快な顔はしておったが、ベルを譲ると言うのは本心ではなさそうじゃったぞ」
「ど、どういうことだよ?」
「シルヴィもベルのことが好きなのじゃ。だから、わらわもシルヴィも嫁にするがよい。ちゃんと養えればなんの問題もないのじゃ」
「だ・か・ら~違うって、そういう方向じゃない。ハーレム路線じゃないんだよ。そんなのは色気づいた小中学生の妄想の中だけ。僕はシルヴィが好きなの。シルヴィだけをお嫁さんにしたいのだ!」
ベルはそう叫ぶ。断固として叫ぶ。こんな形でシルヴィを失いたくない。
「何を言っておるのじゃ、ベル。そこの護衛侍女も既に手をつけておるくせに。妻は一人だけなどとたわ言を言うでない」
「な、な、な……なぜ、それを!」
エデルガルドは侮れない。シャーリーズとの関係についても知っている。振り返るとシャーリーズは真っ赤になってもじもじしている。これでは言い逃れができない。
「あら、カマをかけてみたのだけれど、やはりそうじゃったか」
「だ、だましたのか!」
「ベルは嘘がつけぬ性格じゃの。わらわはそんな男でも好いておるのじゃ。わらわは自分一人にせよとか小さなことは言わぬ。3人の妻を平等に扱えばそれでよい」
「エデルガルドさん……自分の言っている意味分かります?」
「分かっておる」
(ありえない……女は嫉妬の化け物だ。寛容なふりをしていても、後でねちねちと浮気をなじる。いや、自分もそれを理由にして浮気をする)
転生前のだらしない母親。学生時代の彼女。そしてこの世界での母親。いずれも女性への不信感をもつにたる最低ランクの奴らであった。
それに比べるとこのエデルガルドは変わっている。屈託のない愛情表現。それに寛大な心。異民族のシャーリーズを見下すどころか、自分と同じ妻の立場でも構わないという。
「とにかく、シルヴィに会いに行く。誤解を解かないと!」
このややこしい状況をなんとかしないといけないが、まずはシルヴィに会って説明しないと完全に終わってしまう。
「シルヴィなら心配ない。ここに来ると言っていた。ほれ、あそこ」
エデルガルドが指を指す方向に馬車が止まった。そして一人の令嬢が降りる。
ベルたちを見付けるとぐいぐいと迫って来る。




