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護衛侍女の新たな仕事

 襲撃事件から3日が経った。

 ウブロ教の地下施設の調査が終わり、司祭を含む数人の信者を捕らえた。この国でウブロ教は禁教であり、国の警備隊に突き出せば厳しい罰が下される。

 右手を負傷したハーデスの行方はつかめなかった。2人の傭兵を殺し、シャーリーズに毒を使った相手だ。オージンは手を尽くして捜索したが、ついぞ手掛かりすら見つからなかった。

「うっ……」

 寝室のカーテンの隙間から薄っすらと光が差してくるのが見えた。光はまだ軟らかく、照度の具合から考えて朝の6時前だろうとベルは思った。

(もう少し寝るか……)

 いつもの起床は7時である。6時半に起きることもあるが、7時にはシャーリーズが起こしに来る。彼女はこの部屋の猫ベッドで寝ているが、5時には起床し、戦闘訓練のトレーニングをこなしてからベルの着替えの手伝いをするのだ。

 彼女がいつも丸くなって寝ているベッドはもぬけの殻だ。昼間はうるさい邪妖精のクロコは、部屋の引き出しの中にある特製ベッドでまだ惰眠をむさぼっているはずだ。クロコが起きるのは早くても8時過ぎだ。いつもの朝だとベルは目を閉じようとした。

(う、うう~ん)

 聞きなれた声にベルは驚いて目を開ける。意識が戻ると同時に隣に気配を感じる。左手をゆっくりと動かすと温かさとぷにゅという肉の感触。

 ベルは慌ててそちらの方向を見た。視界が遮られえると同時に圧倒的な肉厚で息が止まる。

「ううう~ん。ベル様……大好きですにゃん……」

 ぎゅうっとさらに後頭部から押し付けられる。息ができない。

「ううううううう~っ」

 ベルは必死に抵抗する。このままでは窒息死だ。

「はれ?」

 急に抑えつける力が弱まった。抑えつけていた主の意識が現実世界に戻ったのだ。

「あれ、ベル様、どうしたのですか……にゃん」

「ぷふぁー」

 ベルは大きく息を吸った。声の主は顔を見なくても分かる。

 ベルは危うくシャーリーズの豊満な肉に窒息死させられるところであった。

「あれじゃない。なぜ、お前が僕のベッドにいる?」

 ベルはそう聞く。シャーリーズは顔を赤らめた。それが新鮮でベルの胸がドキッとした。

「ベル様はよくわたしに添い寝を命令されるではないですか?」

 シャーリーズは垂れた髪を耳にかけ、悪びれずにそう言った。確かにベルはシャーリーズの反応が楽しくてよく添い寝を命じていた。別にやましいことはしない。あくまでもからかいである。

 しかも昨日はそんなことは命じていない。ウブロ教団から救出されてから、シャーリーズに対して普通に接することができなくなってしまったのだ。

 今も何だかドキドキと心臓が高鳴っているのが分かる。

「昨日は命じていないはずだぞ、シャーリー」

「ベル様、ベル様が命じなくてもわたしが添い寝をしたいにゃん」

 シャーリーズがベルを再び抱きしめる。また息が止まる。

「ま、待て、放せ、シャーリー」

「ベル様、恥ずかしがらなくていいにゃん」

「シャーリー、お前は僕の護衛侍女だ。護衛侍女にこのような任務はない」

 ベルはそう言ったが説得力がない。今まで彼女にセクハラまがいのことを散々やってきたからだ。

「任務ですにゃん。主の体を癒すのも家来の役割にゃん」

「違う、断じて違う!」

「ずるいにゃん。今まで散々、わたしを弄んでいたのに。それにウブロ教団の施設でわたしにしたことをお忘れですかにゃん」

「そ、それは……解毒だ」

「解毒ですにゃん。でも、わたしの大切なものをベル様にあげたにゃん。責任をとってもらうにゃん」

「せ、責任~」

 ベルは情けない声を出した。やっちまったものは元には戻らない。

「心配にゃいにゃん。わたしをベル様の妻にしてくれとは言わないにゃん。ただ、わたしがさみしい時にこうやって一緒に寝てくれればよいにゃん」

「そんなことできるか、未来の妻に殺される」

「そこはわたしがちゃんと話して理解してもらうにゃん」

「止めくれ、理解されるわけねえ!」

「エデルガルド様なら分かってもらえると思うにゃん」

 変なことをシャーリーズは言う。シャーリーズはベルがエデルガルドとシルビアの2人とお見合いし、どちらかもしくは両方と婚約することを知っている。

「僕はシルヴィを選ぶ。シルヴィはそんなこと許すものか」

「確かにシルヴィ様は真面目なお方にゃん。ベル様の鬼畜な所業は許さないにゃん」

 そんなことはベルにも想像がつく。シルヴィは男女の仲については純粋である。妻を複数に加えて使用人までお手付きにするという相手を許すはずがない。

 しかし、ベルはシャーリーズがエデルガルドについてはそうは思っていないということに疑問をもった。

「シャーリー、なんでエデルガルドはそうじゃないと思うのだ?」

「あの方はベル様が大好きなのが分かるにゃん。女の子に対して鬼畜なところも含めて好きすぎてたまらないということが分かるにゃん」

 そう言われるとベルもそう思わざる得ない。エデルガルドは最初からシャーリーズに対抗意識をもっていたが、排除するというよりライバルとして認め、そしてベルをものにするなら共闘も辞さない感じがする。

 それはエデルガルドの本音が分かるベルだからこそであるが、本音が分からないのにそう感じるシャーリーズもなかなかの洞察力である。

 だからと言って、ベルはエデルガルドと婚約するつもりはない。好意は正直うれしいが、自分が好きなのはシルヴィなのだ。

「エデルガルドは断る。今日、会う予定があるからそこできっぱりと断る。そうしないと彼女も可哀そうだ」

 ベルはそうはっきりと宣言した。正直、生まれ変わる前にこれだけ好意を示された経験はない。しかし、だからといってエデルガルドが好きなわけじゃない。

「そんなこと言って、ベル様はちゃんと断れるのかにゃん」

「断る。だから、シャーリー。お前もこれ以上、僕に引っ付くな」

「それはできないにゃん。親父様に命令されているにゃん。お前は一生、ベル様に身も心も捧げろと。ベル様に奥様ができても問題ないにゃん」

 シャーリーズは本気のようだ。護衛侍女として傍に置くのは問題ない。彼女の護衛としての能力は非常に高く、ベルも評価しているからだ。

「とにかく困る。困るんだ!」

 ベルが好意を寄せるシルヴィは真面目な性格だ。浮気なんて絶対に許さないだろう。ましてや妻を複数持ちたいなんて聞いたら、ひっぱたかれてフラれること間違いなしである。

「ひどいにゃん。ベル様が困るからといって、なかったことにされても困るにゃん。責任を取るのが男にゃん。そもそも、ベル様は大富豪なのだから、妻が複数でも問題ないにゃん」

「問題はある。大問題だ!」

 シャーリーズに言われて少しだけ、(え、それって問題ないことのなの?)と思ったが頭を激しく振った。(そんなわけない)

「大問題はベル様のここではないですかにゃん。ここはそうはいってないにゃん」

「うげっ、シャーリー、どこを触っている!」

「固いにゃん」

「それは健全な男子の朝の状態だ。生理的な反応に過ぎない。お前に興奮してではないぞ」

「そうかにゃん?」

「ちょ、ちょっと待て、シャーリー」

「大丈夫にゃん。ここはわたしに、お・ま・か・せ……」

「うあ、おっ、うぎゃ、うああああああっ~」

 ベルの叫び声に家具の引き出しの中で。、惰眠をむさぼっていたクロコが目覚めた。そっと起き上がり、引き出しをそっと押して外を見る。

(あれ、なぜベル様は泣いているですわ?)

 ベッドでベルが丸くなり、両手を顔に当てて嗚咽している。クロコは飛んでベルの背中にとまる。

(どうしたのですわ、ベル様)

(ううう……またやってしまった)

(やってしまったって……ああ……そういうことですわね)

 クロコは部屋に付属したシャワー室で鼻歌を歌っている人物が誰だかわかって、すべてを察した。

(ベル様、据え膳食わぬは男の恥ですわ。ベル様のしたことは不可抗力)

 そうクロコは慰めた。しかしベルには慰めにはならない。

「バカ、バカ、僕のバカ……。なんて節操がないんだ。あんな誘惑に負けるなんて、ありえない」

(元々、ベル様が悪いのですわ。シャーリーにあんな格好をさせてからかったのが、そもそもの原因ですわ。でも、彼女はベル様とそういう関係になっても結婚を迫るような人じゃないですわ。護衛侍女としてベル様に仕えるのがシャーリーの幸せなのですわ)

「うううう……やっぱり、女は怖い」

(自業自得ですわ。それより、ベル様。今日はエデルガルドと会う日なのですわ。こっちの方も泥沼にはまらないように忠告するですわ)

 クロコはそう心配した。先ほどシャーリーズに話したように、エデルガルド姫には婚約しないと言うことをはっきりと告げるつもりである。

(これ以上、ややこしいことにしてたまるか!)

 ベルは心にそう誓ったのだが、シャワールームから聞こえてくる鼻歌はさらにややこしい展開を暗示していた。


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