表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/98

父親と幼馴染

 実の母親による毒殺未遂事件から1か月が経った。

 1週間後にようやく外国へ出張していた父親が帰ってきた。

 父親がベルの事を普通に自分の息子と受け入れたので、アイリーンは失敗に懲りたのか、はたまた諦めたのかベルを抹殺する試みはしなかった。

 やがてベルンハルトは5か月になった。寝返りができてハイハイが可能となる。

 それだけではない。ベルンハルトは必死に手を伸ばし、まだ筋肉がついていない足を鍛えてつかまり立ちを試みる。

 通常はまだ先の能力であるが、意識してやると意外と早くできるものだ。まだ体のバランスが悪いから歩くことは難しいが、生後半年弱にして2本の足で立つことができるようになった。

 使用人たちはベルンハルトのことを天才と呼び、誰もがほめそやしたが母親のアイリーンだけは苦虫を噛み潰したような眼で見るだけであった。

 旦那にばれないように男友達と称する者たちと贅沢三昧の生活を送るのが楽しくて、ベルの存在を忘れてしまったかのようだ。

 もちろん、ベルは油断しない。いつでも身を守れるよう聞き耳を立てて、有事に備えていた。

ベルは早くもつかまり立ちできる成長の早さを見せていた。言葉はまだバウバウとしか言えないが、笑いかけることができる。

 ベルはこれを最大に利用した。できるだけかわいく振舞い、いい子を演じて使用人の心をつなぎとめたのだ。

 愛想がよく、無駄泣きをせず、タイミングよく排せつをする赤ちゃんに、使用人たちは、「頭のいいお坊ちゃまだ」「なんと頭のいい子だ」と口々に話し、ベルのことを常に気にかけてくれた。

 中身が36歳のおっさんであるから、このくらいの高評価を得ることは当たり前にできる。

 そして赤ちゃんと言う立場を利用して、自分が転生したこの世界の情報をできるだけ集めることにした。というか、まだ自由に身動きができない身ではそれしかすることはない。

 赤ちゃんと言う職業は重宝と言う意味では、結構有利なもので耳を済ませれば、大人は結構べらべらと聞かれてはいけない話でもベルの前では平気で話した。

 数々の話を両親、使用人、親戚たちから聞き取ったことを統合すると、いろんなことが分かってきた。

 まず、ベルの家は超がつく大金持ちであること。これは父親の商売の成功によるものあること。

 金持ちであるがこの世界の権力者である王族や貴族ではないこと。ちなみに商売は穀物を取り扱う仕事らしいが、それだけでもなさそうである。

 そして母親のアイリーンは貴族出身で実家の支援を条件に嫁いできたこと。経済的には裕福な父親は、次に名声と家柄を欲しがり、金にものを言わせて若い娘を嫁としたこと。

 ベルの父親は今年45歳。母親のアイリーンが20歳だから、金が絡まなければあり得ないカップルである。

(そして俺が一番危惧していること……どうやら俺はこの両親の子どもでないこと)

 ベルはハイハイできるようになって鏡に映る自分を客観視した、まるで天使といっていい、かわいい赤ちゃんだ。使用人が我先にとかわいがるのも無理はない。

 だが、中身がおっさんであるベルは冷静に自分の容姿を分析した。

(どう見ても母親似だな。というより、父親の要素はどこにある?)

 アイリーンは金髪の青目の美女。顔も整っており、大きな目に長いまつげ等、社交界で華とうたわれた美女である。

 それに比べて父親のアーレフは、白髪のような銀髪で疲れが見える老けた顔、商売で成り上がったから抜け目ない眼光はあるが、お世辞にもイケメンとはいえないおっさんだ。

 普通なら口なり耳なり、目なりどこか父親の要素があるのであるが、それが全く感じない。そもそもベルは黒髪なのだ。母親が金髪で父親が銀髪だから黒髪はない。

 だから、こんな疑惑が浮かぶ。

(俺って絶対、この父親の子じゃないよね)

 これは使用人も薄々気づいているようだ。母親の親しい友人に黒髪の青年がいるから、その男の子どもであることは予想ができた。というより、ほぼ間違いないと断定している。

 なぜって……。

(決まっている。俺の目のまえで二人は取っ組み合いをしていた。赤ちゃんだと思って油断しやがって)

 問題は遠くで商売に忙しかった父が帰ってきて、ベルを自分の子どもだと認知しないこと。下手すると裕福な暮らしから一転、落ちぶれる可能性も否定できない。

 だから、父が屋敷に帰ってきて、すぐにベルを見に来た時、ベルの心臓は爆発するくらい鼓動を打っていた。これは母親のアイリーンも同様であったであろう。

「おお、まごうことなき我が子だ、跡取りだ。アイリーンでかしたぞ!」

 父親のアーレフはベルを見て、目を細めて抱き上げ、高く持ち上げるとその後、ひげ面のほおを摺り寄せてきた。

(おおお……自分の子認定~)

 うれしくてベルはキャッキャと笑い、思いきり愛敬を振りまいた。それもよかったのか、ますます頬をじょりじょりと擦り付けてくる。

 これにはベルも参ったが、自分に似ていない容姿でも父親は疑っていないようである。

 これは後で分かったことだが、父親の祖母の家系に黒髪の人物がいたらしい。隔世遺伝で黒髪の子ができてもおかしくないと思ったようだ。

 でもベルンハルトは知っている。自分の右腕に小さなほくろが3つ三角形の頂点の位置に付いている。

 あの黒髪の青年の腕にも同じ位置に同じようなほくろがあったのを目撃した。どうやら本当の父親はあのヘタレの貴族のお坊ちゃまのようだ。

 それはベルだけの秘密である。母親のアイリーンも気づいていただろう。幸い、使用人にはばれていない。

 アーレフのベルンハルトに対する慈しみの態度に母親のアイリーンも胸を撫でおろしたようだ。

 ばれなきゃ、ベルを殺す必要はないし、むしろ、息子を生んだということで妻の座は安泰である。これまでのように若い愛人たちと贅沢に暮らしていけるのだから問題はない。

 相変わらず父のアーレフがいないところでは、ベルを「猿」呼ばわりし、一切抱こうとせず、世話もしないがベルの命の危険は去ったようだ。

 もちろん、浮気がばれたら妻の座を失いかねないどころか、殺されてしまう可能性もあるから、アイリーンは裏表を上手に使い分けていた。

 アイリーンは夫であるアーレフのことは基本嫌いではあるが、上手に甘えてお金だけは引き出している。

 それなのに、ほとんど夜の営みは理由をつけて拒否、寝室も別々だ。それでもアーレフはこの贅沢で美しい妻を甘やかし放題で、思い通りの贅沢を許容している。

 アイリーンの方も年老いた夫を嫌っているが、離婚されると金づるを失う。いくら汚いおっさんでも無限ATMは手にしていたいのだろう。

 そんな複雑な家庭ではあったが、裕福な生活の中でベルはすくすくと育った。

 3歳になると父親はベルンハルトのために教師をつけて教育を始めた。まずは読書。絵本の読み聞かせに始まり、物語や宗教の本へと発展。

 さらにピアノにヴァイオリンの演奏。体操などの運動能力の基礎を学ばせた。ベルの飲み込みは早く、どの教師も天才だと驚いた。

 体は3歳でも中身はアラフォーのおっさんだから当然だ。やったことのがない楽器の演奏や体術の動きなどは苦労したが、指導の言葉が理解できるのだから上達は早い。

 それに新しい肉体は器用で物覚えも早い。一度見たり、聞いたりするだけで記憶に鮮明に刻まれる。これはよい肉体に生まれかわった。

 4歳になるとアーレフはベルを町に連れ出し、そこでいろいろなことを教えた。お金のこと。買い物のこと。町で出会う様々な人。

 アーレフは貴族もしのぐ大金持ちであったが、それをひけらかすことなく、町の住人と接していた。だから町の人々のアーレフに対する好感度は高かった。

 そしてベルには常に優しく接しているアーレフであったが、ベルがよくない態度を取ると厳しく叱ることも忘れなかった。

 5歳の時、服屋で高級なジェストコートを新調してもらった。試着をしたベルはそれを脱ぎ、ポンとテーブルに投げた。店員は黙ってそれを畳む。

 子供がするには少々横柄な態度であった。金を出すのはこっちだからという臭いを感じたアーレフは、ベルにこう言って叱った。

「ベル、お前は子供だ。そしてお前が裕福なのは父のおかげだ。それを傘に着て、そのような横柄な態度はダメだ。いくらこちらが客でも相手はどう思うか」

 アーレフの言う通りだ。確かに金持ちの子供がやれば鼻に着くだろう。実に生意気な態度だ。

「……ごめんなさい」

 ベルは謝った。生前、保険の営業マンの経験を思い出せば、アーレフの話していることは正しい。そしてそれを息子に厳しく教える父は立派な人間だ。

 父親に関しての親ガチャは大成功だったようだ。

(本当の父親ではないけれど……。正しい教育をしてくれるのも親の愛情だ)

 親はとかく子どもに盲目になり、間違った愛情を注ぐことがある。欲しいものは何でも買って与え、我が子がいじめられたと聞いたら、先頭に立ち守る。だが、その行動のほとんどは子どもから自立心を奪うだけである。

 その点、アーレフは違う。与えるのは物だけではない。公平さと正義。マナーと思いやり。人に好感度をもたれるために何をすればよいか、どう行動すればよいかを厳しく教えてくれた。ベルは幸せだなと感じた。

 そしてこの歳にベルは幼馴染と出会うこととなった。

 幼馴染の名前はシルヴィア・ダヤン。ダヤン子爵の令嬢である。

 ダヤン家は都から少し離れた田舎町の小領主で、ベルの父アーレフと当主のシルバレスト・ダヤン子爵が友人だったのだ。

 ベルは最初にであったシルヴィアを敵視していた。そう生まれ変わっても継続する女の汚らしさ、狡さを知っているベルは、1つ年上の女の子に心を許すはずがなかった。

「ベル、絵本を読んであげましょう。このお話は聖なる猫のお話ですよ」

 シルヴィアはベルが来ると弟に接するように世話をした。元々、世話好きで優しい性格なのであろう。笑顔でベルに話しかけて来た。自分で作ったというお菓子を食べさせてくれることもあった。

(だが、僕は騙されない。この子もやがて成長すればずる賢い、金に群がる女という生き物になる。今は天使でもいずれ悪魔になるに違いない)

 ベルも笑顔でシルヴィアと接していたが、内心はそんなことを考えていた。しかしベルが8歳の時、ある出来事があってシルヴィアだけは違うと思い始めたのだ。これベルの女性観を変えるきっかけとなる。

 ベルとシルヴィアの関係は月に一度会う友達という関係であった。シルヴィアが10歳になった時にダヤン家に待望の男の子が生まれたのであるが、シルヴィアがベルを弟のように接する態度は相変わらずであった。

 しかし、転機が訪れる。シルヴィアが11歳になる間際に修道院へ入ったのだ。これは貴族令嬢にはよくあることで、いわゆる花嫁修業の一環である。修道院でレディとしての教養を身に付け、15歳になったら婚約するというのが普通だったからだ。

 修道院は男子禁制であり、肉親でも男は近づけない。ましてや弟扱いに過ぎないベルはシルヴィアとは縁が切れてしまったのだ。

 それでもベルにとってシルヴィアという女の子の存在は、人格形成に大きな影響を与えることになった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ