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ハーデスと神の拳

「ベル様……あいつがハーデス……わたしたちを襲った奴です」

 シャーリーズがそう指を指した。ハーデスという教団の暗殺者ならば、かなりの手練れである。ベルのタレント緊急回避でも避けられなかったのだから、戦闘力はかなりのものだ。

「お前には莫大な身代金がかかっている。逃がすわけにはいかない」

 ゆっくりとそして声は小さいが凄みのある低音である。ハーデスは床に転がった銃を取り上げる。大男の方は両手で指を鳴らし、もう少しベルをいたぶろうと準備運動をしている。

「ベル様、あいつは教会の拷問官にゃ」

 シャーリーズはそう恐ろしそうに小声でベルに伝える。ベルの方はやっと殴られた衝撃から立ち直ったところだ。鼻血が少し出ている。強烈に殴られた割に歯は折れていない。頬がジンジンするからやがて腫れ上がるだろう。

 不意を突かれてタレントの緊急回避はできなかったが、それでもパンチがヒットする瞬間にわずかに後方へ体を動かし、ダメージを軽減したのだ。

しかしピンチには変わりがない。頼りになる銃をハーデスに奪われてしまい反撃の手段がない。そして近づいてくる拷問官の大男。シャーリーズもまだ体が回復しておらず、とてもこの大男と戦えない。

「これが番兵を倒した武器か。見たこともない武器だな」

 ハーデスは銃を構えて引き金を引く。知らない武器だから危険なことを知らなかったのであろう。銃口は部屋の壁を向いており、衝撃と共に発射された弾丸は住宅の壁にあった金属製の鍋に当たり、跳ね返ってなんと大男に額に命中した。

 大男が(なにが起こった?)という呆気にとられた表情でばたりと倒れる。これまで教団を抜けようとする信者を痛めつけて来た極悪人にはふさわしくない死に方だ。

「な、な、なんと!」

 目の前で起こった状況が理解できないハーデス。この不気味な男。本人は類まれな戦闘力を誇る冷酷な奴であるが、少々間抜けである。だが、ハーデスにとって信者などは使い捨ての道具に過ぎない。

 自分のせいで死んだ拷問官のことは考えない。それよりも自分がさらに圧倒的な力をもっていることに狂喜した。

「これはなんという力だ。まさに神の拳にふさわしい」

 ハーデスはベルの方に銃口を向ける。

「神の拳を受けたくなければ、大人しく地下へ引き返せ。身代金が来るまで大人しくしていろ」

 そうハーデスは脅す。ベルはハーデスが狙う銃の銃口を見る。わずかに煙が上がるそれは自分とシャーリーズを狙っている。

(弾はあと1発……)

 ベルはそう考えている。ベルが作ったハンドガンの装填数は6発。地下で4発撃ち、今、ハーデスが1発撃ったから残りは1発だ。

 同時にもう一つの可能性も考えている。煙がわずかに残る銃口と銃身には衝撃でひび割れがわずかにあったのだが、今はそれが拡大している。

「ほれ早くしろ!」

「ベル様、危ない」

 シャーリーズがベルに覆いかぶさる。彼女は銃の発射回数があと1発とは知らない。知っているのは、その1発で敵を排除できる威力だけだ。ハーデスも撃てる回数を知らない。無限に撃てると思っている。

「護衛侍女など金にならぬ。なぜ毒で死ななかったのか分からないが、ここで死ね」

 ハーデスはシャーリーズをいらないと判断。その頭めがけて引き金を引いた。

バーン。ものすごい破裂音とともにハーデスは悲鳴を上げた。

 銃身が熱に耐えられず破裂したのだ。銃の暴発である。ハーデスの右手の指を吹き飛ばし、血が床を濡らす。

「こいつめ!」

 床に膝まずいたハーデスをベルは蹴り飛ばす。

 そして扉を開いた。遠くの通路に松明の炎が無数見える。

 外には銃撃音を聞いたのか、武装した男たちが集まってきた。

「ベル様!」

 目を凝らすと松明を持って近づいてくるのが警備隊長のオージンであることがわかった。

「脅迫を受けてベル様を捜しておりました」

 どうやら父の命令で屋敷の警備隊を動員してベルの行方を捜していたらしい。護衛のシャーリーズを含む3人が襲われ、2人は死亡。シャーリーズの行方も分からない状況で、オージンは怒りを覚えつつ、冷静な判断でこの貧民街の一角を怪しいとにらみ、捜査をしていたのだ。

「家を調べろ。地下でつながっているはずだ」

 オージンは兵士に捜査を命ずる。暴発で右手をけがしたハーデスの姿が消えている。どうやらわずかな隙を見逃さずに逃げたようだ。

 兵士に命令を下したオージンは改めてベルとシャーリーズに視線を移した。

「僕は無事だよ。シャーリーも」

 ベルの後ろにはまだ完全に体が回復していないシャーリーズが、シーツに包まってうなだれている。護衛の任務をしていた人間が人質になり、主人を危険に晒したのだ。彼女の落ち込みは激しい。

 オージンはうなだれたシャーリーに近づき、突然、頬を叩いた。

「このバカ者!」

 叩かれたシャーリーズは叩かれた方向に顔を向けたまま、無言である。

「人質にされるとは何という失態。ベル様の足手まといになるのなら、なぜ、自害しなかった」

 なかなか辛辣な言葉だ。義理とはいえ、今まで娘として育ててきた父親の言葉としては非情であるが、これは傭兵としての矜持であろう。

「オージンさん、止めてください。僕はこのように無事ですから」

「いや、それは結果論に過ぎません。主人を守るためなら命を捨てるのが我々、クトルフ人傭兵の存在意義なのです」

 ベルはオージンとシャーリーズの間に割り込み、手を広げてオージンに相対した。

「シャーリーは僕の大切な護衛侍女です。失いたくないから僕は助けに行ったのです。シャーリーは僕の代わりに誘拐されたのです。しかも毒を使った卑怯なやり方で。責められるのは僕であって彼女ではありません」

「ベル様……にゃん」

 シャーリーズがそっとベルの背中にくっつく。彼女のぬくもりが背中越しに伝わる。

 オージンはベルの言葉を聞き、寄り添う娘の姿を見て、急に泣きそうな顔になった。

「ベル様、ありがとうございました。娘の命を救っていただいたこと、このオージン、一生忘れません。娘もあなた様に一生仕えさせます。身も心も捧げさせます」

 そういって深々と頭を下げた。シャーリーズに厳しい態度を取ったけれども、本心は娘を心配する一人の父親の姿であった。血はつながってないが、シャーリーズが小さい頃より育ててきたのが、このオージンなのだ。

「親父様……」

 シャーリーズは自分のために頭を下げるオージンに涙を流した。


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