教団の地下牢
(ううう……体が痺れる……)
シャーリーズは目をゆっくりと開けた。指先がジンジンと常に刺激を与え、体は異様に熱くなっている。しかし、足も手も動かない。麻痺状態である。
鉄格子のある小さな石造りの部屋にシャーリーズは転がされている。日のあたらない床は冷たいはずだが、毒のせいで冷たさを感じない。
(毒を使われた……)
シャーリーズは自分の状況をそう理解した。油断をしていたといえばしていた。もし襲ってくるのならベルを乗せた後だと思ったのだ。
まさかベルを乗せる前に襲われるとは思わなかった。しかもベルをおびき寄せる人質に、自分を使うとは想定外である。
そして襲って来た相手はシャーリーズでもかなわない手練れであったと思われる。オージンか付けられた2人の護衛はこの暗殺者に一瞬で葬られ、自分は投げ込まれた毒物の煙で体の自由を奪われている。
恐らく、警告にあった『ハーデス』と呼ばれるプロの暗殺者の犯行であろう。
「わたしを人質にする意味が分からないにゃん。主人が使用人のために命の危険を晒すわけがないにゃん」
シャーリーズはそう鉄格子の外で監視している男に悪態をついた。しかし語尾が可愛いので、悪態にならない。監視している男はマスクを被っているために表情は分からないが、シャーリーズの様子を見て目に卑猥な笑いを帯びている。
体の自由が利かないのは麻痺性の毒だろうが、不思議と言葉は話せる。毒の成分が舌には届いていないのだ。
父親から増援された2人の傭兵は歴戦の勇士であった。シャーリーズは2人の傭兵が御者台に座り、一人は馬車の操縦をしていた。シャーリーズはやむなく馬車の中に座っていた。これが仇となった。
いつものように御者台に座っていたのなら、異変に早く気づき対応できていたであろう。2人の傭兵たちは、腕はあったが危機感に欠けていた。子供の護衛という任務に甘い気持ちで臨んだのが失敗だった。
シャーリーズも馬車の中に毒の煙を発生させる瓶を投げられては、どうにも反撃ができなかった。その結果、このどこともしれない家の地下牢につながれているのだ。
「ふふふ……。シャーリーズよ、その認識は間違っているぞ」
シャーリーズの言葉に反応するように別の男の声がした。足音がする。しかも複数である。
「べ、ベル……様!」
3人の人物が現れた。首謀者と思われる長身の男。格好からウブロ教の司祭である。そして目隠しされた少年。それを連行する覆面の男。
目隠しを外されたベルはシャーリーズを見付けてにっこりと笑った。
「やあ、シャーリー。随分とはしたない格好だね」
「ベ、ベル様、なんで……ここに……」
シャーリーズは信じられないという表情で絶句した。はしたないと言われたのは、うつぶせで倒れているのだが服がはだけたままであるからであろう。しかし、手足が麻痺しているから、それを直すこともできない。
「この少年はお前を助けるために自らここへ来たのだ。従者思いの主人である」
そう司祭は話し、ベルをシャーリーズと同じ牢獄へと入れた。傭兵として危険な戦闘力をもつシャーリーズは毒で動けなくしたが、素人のベルには警戒心をもっていない。そのまま、縛りもせずに牢屋へ入れた。
「しばらく、そこで大人しくしておれ」
そう司祭は言い残して去っていった。
(行っちゃいましたですわね)
ベルにいつも付き従っているクロコがそう話しかけた。クロコが見えるのは今のところ、ベルだけである。
(ああ、きっと身代金でも要求するのだろう。だからといって僕を生かすつもりもないようだ)
ベルはここへ連れて来られる間、耳を澄ませ、五感を研ぎ澄ませた。誘拐犯の目的はベルの命。どうやら身代金をアーレフから奪った挙句、ベルを殺すつもりらしい。もはや誘拐犯を超えた鬼畜の所業だ。
(こいつら全員死刑確定だな)
(殺しても神様は罰を与えないですわ。でも、ベル様はどうやってあいつらに天罰を下すつもりなのですわ?)
ベルのタレントには攻撃性のものはない。「ゲリナール」は腹痛を起こさせ、脱糞をさせるが致命傷を与えるわけではない。
(緊急回避とこれがある……)
ベルは自分のジェストコートを広げて見せた。そこには完成したハンドガンがある。これは攻撃力としては絶大な武器である。しかし、試射をしてフレームが痛んでおり、弾倉に込めた6発を撃てるかどうか分からない。
(敵の数は牢番と司祭と護衛を含めても5人程度。1人倒せばビビって逃げるだろうから、十分だよ)
(そう思いたいですわ)
ベルはシャーリーズの様態を見る。手足の麻痺が酷い。これは下手をすると後遺症が残ってしまう。こんな毒を使う時点で、犯行に及んだ人間が冷酷な奴であるということが分かる。
「強い毒を使われたようだね」
「ベル様、すみません。足手まといになってしまった……にゃん」
「超回復!」
ベルは自分に備わったタレント「超回復」を使った。
「あ、ああああ……」
びくんびくんと体を痙攣させたシャーリーズであったが、麻痺は治らない。
どうやら超回復は外科的な傷を治すだけで毒を消すことはできないらしい。
「困ったな……超回復じゃ治らない……」
これは困ったことになった。この牢から出ることは難しくはないが、動けないシャーリーズを抱えて脱出するのは困難である。
「ベル様、わたしたちを襲った奴らは『ハーデス』と呼ばれる手練れの暗殺者。ベル様ではとてもかないません……にゃ。わたしのことは見捨てて、自分だけで逃げてくださいにゃ……」
シャーリーズはそうベルに告げた。ベルもシャーリーズの戦闘力は知っている。それを上回る奴が教団にいるということだ。だがベルの答えは決まっている。
「それはできない。お前は僕の女……いや、ペットのだからな」
そうベルは酷いことを言ったが、言いかけた「僕の女」というところにシャーリーズは反応した。
「ぼ、ぼ、僕の女なんて……ご、御冗談を……にゃ……」
もごもごと口を動かしたシャーリーズだが麻痺毒の影響が口にまで現れてきたようで、うまく話せない。これは緊急を要する。
「まずい……このままではシャーリーが死んでしまう」
麻痺が広がればやがてシャーリーズの心臓を止めてしまうかもしれない。




