シャーリーズの危機
銃の射撃実験を終えたベルは屋敷へ帰ろうと学校の門にいた。いつもなら待機している馬車が今日はいない。元々、学校の門付近は馬車で帰る学生のために混雑していた。
少し遅れているだけだろうとベルは考えたが、そんなことは今まで一度もない。なんだか嫌な予感がした。クロコも不穏な気配を察した。
(ベル様、あの馬車変ですわ……)
この学校に通う学生は基本的には裕福だ。そんな学生を迎えに来る馬車はそれなりに豪華なのだが、クロコが指さした方向に1台だけ似つかわしくない馬車があった。
塗装が剥げてところどころ傷がある。そしてやっと2人が乗れそうな小ささである。町をぐるぐると回っている個人の巡回馬車と同じである。
ただ、ここは馬車の駐停車する場所であるが、学校の敷地内で馬車は許可を得ないと入れない。その馬車が道でたたずんでいるベルに近づいてきた。
(クロコ、どうやら敵のようだ……)
ベルは身構えた。ここで自分に危害を加えるか、拉致する行動に出るかもしれないと考えた。
しかし、止まった馬車は少しだけ窓を開けて紙切れを差し出した。ベルはそれを取る。
『お前の護衛侍女を誘拐した。命を守りたければ馬車に乗れ』
そう書いてある。そしてさらに窓から突き出されたのは「スティレット」。ベルがシャーリーズに渡した小型の短剣である。コンスタンツア家の家紋が小さく刀身に刻まれている。間違いがない。
ご丁寧にもそれを包んでいる布切れはシャーリーズが着用しているメイド服のスカートの切れ端である。
(あちゃ~。あの女、護衛なのにこいつらに捕まっちゃたようですわね)
(ああ……。拉致されたようだな)
ベルはちゃんと理解している。シャーリーズは簡単に拉致されはしない。されるとしたらシャーリーズよりもはるかに強いか、何か卑怯な手で行ったはずだ。それだけベルはシャーリーズを信頼している。
「どうした、馬車に乗れ。乗らないと護衛侍女は死ぬぞ」
「どうして主人が従者を助けるために自ら危険に飛び込むと思うのだ」
馬車の窓から見える人物にベルはそう答えた。フードを目深に被っており、表情は全く見えない。
「お前がそう思うのなら乗らなくていい。しかし、明日の朝にはお前の護衛侍女は無残な姿で見つかるだろう……。お前は見殺しにはできまい」
抑揚のない声で不気味である。まるで死神の囁きのようである。
(ベル様、乗るのですか、危険ですわ)
(仕方がない。ここで乗らないとシャーリーの居場所が分からないだろう)
「お見通しだな。確かにシャーリーは大切な僕の侍女だ。見殺しにはできない」
ベルは言われるままに馬車に乗った。乗るとフードを被った人物に目隠しをされる。場所がどこか分からないようにするためだろう。
しかしベルにはクロコがいる。クロコの姿はベルにしか見えないから、クロコを使えば場所も分かる。
(ベル様、馬車は東の町はずれへ向かっていますですわ)
(貧民街か……どうせどこかの小屋にでも監禁しているのだろう)
(ベル様、クロコは理解不能ですわ。ご自分が危険を冒して向かわなくても、クロコに跡をつけさせるべきだったですわ)
クロコに追跡をさせてシャーリーズが監禁されている場所を特定したら、屋敷の警備隊を向かわせればよかった。しかしベルには思惑がある。
(違うなクロコ。そうじゃない。こういう時に助けに行くのが男だ。これでシャーリーもますます僕に惚れるだろう)
(そこが分からないですわ。ベル様はシルヴィが一番好きなのですわ。シャーリーの好感度は気にする必要はないですわ)
(それはそうだけど、最近のシャーリーは可愛くてな。忠実な部下を見捨てるのはよい主人ではない)
(……)
クロコはベル自身がシャーリーズに対する気持ちをよく分かっていないのではないかと思った。ここ最近のシャーリーズに対するベルの態度は主人と使用人の関係を超えている。
ベルは無意識なのかもしれないが、シャーリーズの方はもうベルの事が大好きである。一緒のベッドで添い寝する仲なのだから、勘違いしても仕方がない。
(ベル様も実はシャーリーのことが好きなのですわ)
それだと困ることになるとクロコは思った。ベルはシルヴィを妻に迎えたいと強く思っている。それとは別にシャーリーズにも惹かれている。もう一人の婚約候補であるエデルガルド姫は断るつもりであるが、彼女の猛アタックにちゃんと断れるかどうかも怪しい。
(このままいくとベル様は妻を3人ももつですわ)
とんだ修羅場がやってきそうだ。クロコは何だかそれがうれしくなった。それは彼女が邪妖精だからだろう。




