騒乱の気配
「アーレフ様、悪いニュースとよいニュースがあります」
そうベンジャミンは暗い顔でアーレフに切り出した。よいニュースよりも悪いニュースの方が深刻なのだ。
「よい方から聞こう」
「はい。実はスーベンの町に野菜を売りに来た農民から、13歳くらいの女の子を乗せたという情報があったのです」
アーレフは思わず叫んだ。
「な、なんだと……。クリスチーナではないのか?」
「訳ありな感じだったそうで、その農民は野菜を積んだ荷馬車にその子供を乗せて、コルンの村まで連れて来たそうです」
「コルンだと……。都からは遠のくではないか」
アーレフはこれまで襲撃現場から都へ向かうルートを想定していた。クリスチーナが生きていれば、都にある家に戻ると思ったからだ。それなら事件現場の近郊の町や村から定期馬車に乗って行くと考え、聞き込みをしたが通りかかった農民の荷馬車に乗ったのなら情報がつかめないはずだ。
「で、その後の足取りは……」
「はい。コルン村から定期馬車でカートレンの町へ行ったことは分かっていますが、その後の足取りが不明です」
「カートレンか……。その町の孤児院に保護されてはいないか?」
「今、調査中です。しかし、そこから移動したのではないでしょうか」
そうベンジャミンは答えた。カートレンは交通の要所で各地への定期馬車、貨物馬車が行きかい、さらに港まである。足取りを掴むには時間がかかるだろう。
「引き続き探してくれ……。それで悪いニュースの方は?」
ベンジャミンは眉間にしわを寄せた。深刻な事態に見せる表情だ。
「議長が亡くなりました。病死だそうです」
貴族院議員議長のバーデン公爵は高齢で病に臥せっていた。いつかはこういう時が来るとは思っていたが、その死はこの国の混乱につながる。
この国は国の政策を巡って議会派と宰相側で対立していた。その対立点はバルカ族と多民族の融和主義とバルカ族専制主義である。
議会派はバルカ族以外の民族とは融和し、身分制度をなくして平和共存の社会を創ることを目指していた。国の生産を担うのはほぼバルカ族以外であり、そうすることで生産力の安定と騒乱の防止を目的としていた。
それに対して宰相派は力で異民族を抑えつけ、支配することを標榜していた。各地で起こる不満による暴動は力で鎮圧することを主張している。
穏健派のバーデン公爵は宰相派と話し合い、妥協点を見つけるよう奔走していたが、心半ばにして倒れたことになる。
「ローベルト侯爵閣下の動向は?」
ローベルト侯爵は副議長で、バーデン議長の後継者目される人物である。ただ、穏健派のバーデン議長とは違い、宰相派を武力で黙らせることを信条としていた。そして厄介なことに議長派はもう一人有力者がいた。
貴族院議員書記長のナイトハルト伯爵である。噂によると宰相派に近づき、ローベルト侯爵と対立しているという。
「互いに議長派の多数派工作をしております。ただ、勢力は2分しているそうで……」
「……まずいな。ナイトハルト伯爵は議会派とはいっても宰相側に近く、もし彼が議会派を支配したら、これまでバーデン公爵に近かった者は追放されるだろう。このわしも……」
アーレフはバーデン公爵の資金源であり、バルカ族の正規軍と異民族への武器供与で多額の利益を得ていた。それが議長派の資金源となっていたのだ。
宰相派からすればアーレフは不倶戴天の敵ということになる。何が何でもローベルト侯爵に覇権争いで勝利をしてもらわねば、逮捕される危険もある。
「今、使者を出しております。議会を守備する近衛兵の部隊をこちらにも回してもらうよう要請しております」
宰相派は都にいる守備隊の半分を動かせる。それを使って反対派を一気に粛清することもできなくはない。
議会派も武力はあるのだから対抗すればよいが、問題は議会派が2分しているということ。ナイトハルト伯が宰相側に寝返れば、議会派は瓦解するだろう。
「状況が不利となれば例の件も進めておかねばな……」
「わかりました。急ぎ行いましょう」
「ローベルト侯爵が主導権を握れるよう資金面で全面協力をする。ここで宰相側に国政を自由にさせるわけにはいかない」
そうアーレフはベンジャミンに命じた。同時に護衛隊長のオージンを呼び寄せた。
「アーレフ様、参上いたしました」
「オージン、騒がしくなってきた。私の護衛任務についてこれまで以上に勤めてくれ。私の命を狙ってくる恐れがある」
「はい、承知しました。このオージン、命に変えましてもアーレフ様に指一本触れさせません」
オージンはそう胸を張った。クトルフ族の戦士は勇敢な戦士だ。この男を護衛隊長にしてから、私兵の動きがよくなった。
戦場での経験が豊富なオージンは屋敷の守備やアーレフの移動の際の護衛など、的確に行っていた。アーレフはこの1年のオージンの護衛隊長としての任務に大いに満足していた。
「ベルンハルトの護衛もこれまで以上に注意をしてくれ」
アーレフはそう追加の命令をした。政敵が息子を誘拐する策を取らない保証はない。
「ベル様は我が娘シャーリーズが片時も目を離さず護衛をしております。我が娘ながら、戦闘力は高いですからベル様も安心して学校へ通えます」
そうオージンは答えた。反対派の雇うチンピラやごろつき程度では、シャーリーズを倒すことはできないと信頼していた。
「うむ」
アーレフは頷いた。アーレフもシャーリーズの戦闘力は知っており、またベルからもその忠実ぶりは聞いている。とりあえず安心する。
今は後継者であるローベルト侯爵を支持し、彼が議会派の多数を掌握できるよう力を尽くすことに集中することにする。




