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再び現れる奴

「あ、お前はベルンハルト!」

「ウィリアム!」

 マクドウェル伯爵家の跡取り息子である。馬車から降りてくる二人の令嬢の手を取りエスコートしている途中だ。

 そうやらウィリアムも自分のガールフレンド……2人もいるのはどうかと思うが、この店に買いに来たようだ。

「ふん。庶民のくせにこの店に出入りするとは生意気な」

「……この店は父の古くからの知己でね。それよりも未来の伯爵様は、お美しい令嬢を2人も連れていらっしゃるとはモテますね」

 ベルは嫌味を込めてそう言った。しかし、ウィリアムには通じなかったのか自慢気に話し始めた。

「ふん。庶民のお前とは違う。2人とも俺の婚約者だ。こっちがミリアム伯爵令嬢、そしてこっちがリーガン子爵令嬢だ」

 2人とも美しい。そしてウィリアムが好きなのか、それとも政略結婚で仕方なく演技しているのかは知らないが、ウィリアムの左右の腕に絡みつくように寄り添っている。

「御婚約者ですか。2人もとはさすがウィリアム様」

 面倒なのでベルはそうおべっかを使う。この前会った時はシャーリーズを侮辱したので喧嘩のようなことになったが、急にウィリアムが腹痛を起こしたのでうやむやになってしまった。もちろん、その腹痛はベルのタレントによるものであるのだが。

 ウィリアムはその時のことを忘れてしまったのか、生意気な平民が自分の婚約者の前でへりくだっているのが、気分がよくなったのか上機嫌である。

「俺のような高貴な身分となれば、婚約者は2人いてもおかしくはないのさ」

 この国の上流階級の風習とはいえ、あまり当事者の令嬢の前でいうのはどうかとベルは思ったが、ウィリアムの両隣の令嬢は表情を変えない。

「おや、シルビアじゃないか!」

 ここでウィリアムはベルの後ろの令嬢に気が付いた。どうやらシルヴィのことを知っているようだ。

「ウィリアム様、ご無沙汰しております」

 そうシルヴィは少し沈んだ声で答えた。当然ながらウィリアムのことをよく思っていないことが分かる。

「シルヴィ、この方のことを知っているの?」

 ベルは思わずそう聞いた。よく考えれば、この2人が知り合いになるというのは1つしかない。

「ふん。シルヴィアは以前、俺とお見合いをしたのさ。この俺様が気にいって求婚したのに、この女は断ったのだ」

 そうウィリアムは吐き捨てた。道の往来で話すことではないし、シルヴィにもウィリアム両隣の令嬢たちにも失礼な話だ。

「それがどうだろう。俺との婚約を断り、このような平民の男と一緒にいるとは、お前は見る目がない。だから貧乏子爵家の娘で労働に明け暮れるしかないのだ」

 侮辱である。確かにシルヴィの家は貴族だが裕福ではない。しかし小さい領地は平和に経営され、領民も幸せに暮らしている。

 シルヴィは自分の回復魔法を使えるタレントを使って、ボランティアで領民の治療にあたっているのだ。しかし、大貴族のウィリアムからするとそのような行為は理解できない。

 シルヴィをあくせくと働く平民の女だと侮辱したのだ。振られた腹いせもあるだろうが、あまりにも男として器が小さい。

(ベル様、この男は相変わらずですわね)

 クロコがそう囁くと同時にベルはウィリアムの胸倉を掴んだ。

「これ以上、シルヴィを侮辱するな」

「な、な、な……何をする!」

 馬車に同乗していたウィリアムの付き人が殺気立つ。

 しかし、ベルの素性が分からないので、手が出せない。かなりよい服を着ているし、主人であるウィリアムと対等に話している。後ろにいる令嬢も気品があるから貴族令嬢と思われる。

「これ以上僕たちに関わるなよ……さもないと」

 ベルはウィリアムの耳元で囁く。ウィリアムはベルの態度にたじろんだ。

「な、なんだ……」

「神様からの罰が下りますよ……また、体調崩されたらまずいでしょう」

 ウィリアムの脳裏に過去の醜態が蘇った。急にお腹が痛くなって我慢できずに漏らしてしまったことだ。いずれもベルに絡んでから起きた出来事だ。

 しかし、ウィリアムはそれがベルの仕業であるとは1ミリも思わない。人間がそんなことができるはずがない。

 となると天罰か……とも思うがそう都合よく天罰など下るはずがない。だが、お腹が痛くなったことは事実だ。なんとも言えない顔でにやにやしているベルを見ると嫌な気がした。

 もし、ここであの醜態が再び起こったら、両側の令嬢たちはどう思うだろう。いくら権力で婚約者にしたと言っても令嬢が嫌がれば破棄もある。そんなことが社交界に知れ渡れば恥である。

「ふん。まあ、無礼は許してやる」

 ウィリアムは渋々そう言った。ベルは掴んだ胸倉を話し、笑顔に戻った。ここは大人になってウィリアムの面子を立てることにする。

「さすがはマクドウェル伯爵家の御曹司。庶民へのご慈悲に感謝します」

 上辺だけの言葉であるが、はっきりと響く声で頭も下げて右手を胸に当てている。貴族に対する礼儀はわきまえている態度に、貴族の胸倉をつかむという無礼が忘れ去られる。

 これでウィリアムも面子が立つ。護衛の男たちも胸を撫でおろした。両側にいた婚約者の令嬢たちも、どうしてよいかおろおろしていたが、すぐに追従する。

「さすがはウィリアム様」

「度量が大きいですわ」

 これで気分がよくなったウィリアムはベルとシルヴィを無視して店の中へと入った。経済力をひけらかせて婚約者の令嬢たちに服を買い与えるのであろう。

 シルヴィがもっとも嫌う行動である。お見合いをしたシルヴィはすぐにウィリアムにそういう高慢で支配欲が強いところを見抜き、断ったのだろう。

 同じ行動をしようとしたベルとしては、首の皮が1枚つながったということである。すぐに嫌われなかったということはシルヴィからするとまだベルは候補の中に辛うじて残っていると考えたい。

「ウィリアム様とお見合いしたのは事実です。ベルと会ってから3週間後のことです。急に話が来てお見合いをすることになりました。父がウィリアム様のお父上のマクドウェル伯爵とは知り合いで、お見合いを断れなかったのです。あのようなお方ですので、私の方からお断りしたのですが、どうも私のことを気に入ったようでしばらく毎日のように手紙や花が届きました」

 そうシルヴィが経緯を話し始めた。ベルとしてはシルヴィがそのことを隠していたことが少し気になったが、このように打ち明けてくれるということは、シルヴィが自分のことを真剣に考えてくれているのだと思った。

「彼の悪口を言うわけではないけれど、断られたのにその態度は男らしくないね」

「……一番嫌なのは私を3番目の奥さんにするというのです。それってありえなくはないですか?」

「失礼極まりないですね」

 貴族なら複数の妻をもつことはあるけれども、最初からそう宣言するのは聞いたことがない。ウィリアムらしいといえばらしい。

(ある意味、男ですわね。下劣ですけれど……)

 クロコがそう感想をもらす。ベルは大切なシルヴィに対してそのようなことを言ったウィリアムを許せないが、自分ももう一人のお見合い相手であるエデルガルドに迫られて二股状態である。

 エデルガルドとは婚約をするつもりはないのだが、ずるずるとデートしているのは事実だ。シルヴィとの仲を進めたいのなら、エデルガルドとは別れた方がよい。エデルガルドにも余計悲しい思いをさせてしまうだろう。

「今日はありがとうございました。また会いましょう」

 ベルの屋敷で弟と妹を馬車で迎えに行くと、シルヴィはそうほほ笑んだ。ベルは心の中でガッツポーズをする。

「次は都の近くの湖でピクニックをしましょう。シルヴィは馬に乗れるよね。用意しておくので、月末はどうですか?」

「はい。では日が決まったら知らせてください。待っています」

 シルヴィはそう言って馬車に乗った。ベルは思わず拳を握る。

(ヤッホー!)

(決まったぜ。もう次のデートで婚約を申し込む)

(でも、ベル様。シルヴィの好感度は上がっていませんわよ。1個くらい出てもおかしくはないですけれども)

 クロコもこのやりとりで手ごたえは感じているものの、相変わらず好感度は芳しくない。ハート1個の好感度が消えてから、それが復活する気配がない。

(なに、こういうのは時間が必要なこともある。間を空ければ僕のことが恋しくなってきっと好感度が上がるはずさ)

 シルヴィ弟妹に手を振り、ベルはそう力強く言った。次のデートの前にエデルガルドの方を片付けないといけないと思っている。


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