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毒殺回避

(キターーーーーー)

 鉄馬ことベルはありえないほどの作り笑顔をして近づいてきたアイリーンを見て、再び自分の命の危険を感じた。

「はい、ベルちゃん~。今日はママとお散歩しましょうね。マルタ、ジュリア、ベルンハルトに外の景色を見せます。用意しなさい」

 そうアイリーンはメイド2人命じた。メイドたちは不審に思った。アイリーンは子どもを産んでから、抱っこしたことはないし、いつも猿と呼んで顔を見ることもしなかったからだ。

 だが、女主人の命令である。逆らうわけにはいかない。ベルを抱き上げると、アイリーンに抱っこさせた。

(おいおい……俺を外に連れ出すのか?)

(この作り笑顔……絶対に俺を殺す顔だよな?)

(メイドが見ているのにどうやって殺す?)

 ベルの頭の中はアイリーンがどうやって自分を殺すのか、その殺人方法でいっぱいになる。

 ベルが1日を過ごす部屋は2階である。ドアを開けるとぐるりと各部屋をつなぐ吹き抜けの回廊。1階へは玄関につながる大階段で降りる。

(この女、俺を2階から落とす気満々だ)

 抱っこされると抱っこしている人間の心理状態がなんとなく分かる。これが何も知らない無垢の赤ん坊なら、母親を信頼してじっとしているだろう。

 だが、転生前のベルは36歳のおっさん。微妙な心理を把握できる。なんとなく、震えている両腕。心臓の高鳴り……まさしく殺人に手を染めようとしている人間の動揺が伝わる。

(投げ落とされたら、絶対に死ぬ!)

 ベルは考えた。足早に歩くアイリーンの様子から、落とすなら大階段。きっと躓いた拍子にわざと投げ落とすか、誰かがぶつかって事故を装うつもりなのだろう。

(ならば、こっちも最終手段だ!)

 上げていた両手のうち、右手をそっと下ろし、オムツをずらした。クイクイとけつを振って露わにする。アイリーンの腕が臀部にあたる。

「よし、いけええええええええっ……」

 思いっきり踏ん張った。

 ブリブリブリ~っと勢いよく飛び出したのはうんこ。

 くっさいうんこを抱いているアイリーンの胸めがけて発射した。

「え、なに!」

 生暖かい感触に変な声を上げたアイリーン。そして悲鳴を上げる。ものすごい臭いがさらに鼻孔を直撃する。

「うぎゃあああああああああああああああああああっ~」

 アイリーンによるベル暗殺計画は強制中止となった。

 ベルは床に落ちる寸前にメイドに抱きかかえられた。まだ半分でそうだったがけつの穴を引き締めて止めた。

* 

「アイリーン、もうやめようよ」

 黒髪の若者はそう言って止めた。前回の階段の上から投げ下ろし作戦の失敗から1か月経っている。お気に入りのドレスの上におもいっきりうんこをこかれたアイリーンはショックで寝込み、その後、憂さ晴らしのように8人の愛人と遊んでいたので、1か月も経ってしまったのだ。

 旦那がベルと対面すれば、自分の子どもでないという疑いを持たれ、自分が窮地に追い込まれると思ってはいたものの、遊び好きのアイリーンは面倒なことを後回しにする性質は健在であった。

 だが、出張を前倒しにして1週間後に旦那が戻って来ると知らせが来て、息子の殺害を再び実行することにしたのだ。

「あの平民の小汚い爺が予定よりも早く帰ってきやがるのよ!」

 実に忌々しそうにアイリーンはそう吐き捨てた。いくら年が離れて容姿は醜くても、贅沢な暮らしをさせてくれるのだから、少しは感謝しようよ……と若者は思ったが口には出さなかった。

 アイリーンよりは少しだけ常識があるこの三男であったが、わがままなアイリーンを嗜めるだけの甲斐性は持ち合わせていなかった。

「今回はどうやって殺すの?」

 若者はそうズバリ聞いた。1週間後に旦那が帰ってくる。そうなると赤ん坊の殺害は難しくなる。それでなくても、使用人がピリピリしていることを若者は感じていた。

 使用人たちも馬鹿ではない。アイリーンが赤ん坊を殺して、疑惑を闇から闇へ葬ることを予想し、なるべく赤ん坊の傍にいて実行させないようにしているのだ。

(今回がラストチャンスかもしれない……)

 若者にとっても死活問題だ。アイリーンはこの赤ん坊を自分と若者の子供だと言うのだ。もしそれが旦那にばれたら、アイリーンによると裏で抹殺されるらしい。

(殺されたくないよ……)

 若者はそう思っている。アイリーンの愛人をやっているが、他にも貴族の令嬢と付き合っており、アイリーンのために死ぬつもりはさらさらない。

「今回はこれであの猿を殺すわ」

 そう言ってアイリーンが取り出したのは、瓶に入った白い粉。若者にはそれが何なのかは察しがついた。

「ネズミ殺しの毒よ」

「……これを食べ物に混ぜる?」

 殺鼠剤を離乳食に混ぜる。それを一口でも食べさせれば、か弱い赤ん坊は死ぬ。間違いなく死ぬ。その苦しみは想像を絶するだろう。

(ああ……アイリーン。君はなんて残酷なんだ)

 さすがの若者もそう思った。よくよく考えれば、自分の子どもの可能性もあるのだ。なんとなく若者はもやもやした。

「このミルク粥にこの毒薬を混ぜ込むのよ」

 アイリーンはそう言ってメイドに作らせたミルク粥に殺鼠剤をたっぷりと混ぜた。これを口にすれば大人でも間違いなくあの世へ行くだろう。

 それを持ってアイリーンはベルのところへ行く。アイリーンがベルの部屋に入ってくるとメイドたちの間に危機感が漂う

「はい、猿……じゃなかった、ベルちゃ~ん。ごはんの時間でちゅよ~」

 普段は猿と言い放ち、ごみを見る目でベルのことを見ているアイリーンがネコ撫で声で深皿とスプーンを持って近づいてきた。

(や、やっべえええ~)

 もうベルにはこの離乳食が相当ヤバいと分かる。ここまで2度殺されそうになり、いつも警戒して1日1日を過ごしてきた。赤ちゃんではあるが、中身は小田鉄馬36歳のおっさんである。

 こんな愛想のよい顔の母親は、かえって鬼の顔に見えるのだ。

「はい、あ~んして……」

(食えるわけないだろ!)

 ベルは口をへの字にし、思いっきり首を横に向ける。アイリーンはスプーンをほっぺにぐいぐいくっつけてくる。

「奥様、おかしいですわね。お坊ちゃまはミルク粥が大好きで残さず食べるというのに……」

 そうメイドのマルタがそう口をはさむ。言葉は丁寧であるが何かを疑っていることが表情から分かる。

(いやいや、マルタの作ったミルク粥なら食べるよ。甘くて美味しいからね。だけど、こいつの飯は絶対口にできないぜ)

 反対側へ首をねじり、絶対食わないというジェスチャーをするベル。

「奥様、まだミルク粥が熱いのではないでしょうか。わたくしめが味見をして温度を確かめます」

「必要ありません!」

「しかし奥様……」

「なによ、その目。わたくしが何か変なものをこの猿……じゃなかった坊やに食べさせるはずがないでしょう!」

 もう一人のメイドのジュリアが食い下がるが、アイリーンは速攻で拒絶した。

(はい、毒入り決定!)

 そう心の中でミルク粥ならぬ毒粥認定をするベル。たぶん、周りの使用人もそう思ったに違いない。しかし、この館の現在の主人はアイリーンだ。

逆らえば首が飛ぶ。誰もそれ以上は口出しができない。

「はい、あ~んして!」

 もう鬼の形相でスプーンを突きつけるアイリーン。

ベルは必死に今度は体ごとのけぞって、スプーンで無理やり食わそうとするアイリーンを拒絶する。

(嫌だ、嫌だ~)

「わああああっ……」 

 大きな声で泣きわめき、手足をバタバタさせて大騒ぎするベル。こうすれば、使用人の手前、アイリーンが断念することを期待する。

「いい加減にしろよ、この猿!」

 先ほどのネコ撫で声はどこへやら。汚い言葉でベルの口を無理やり開けさせるアイリーン。ベルはベルで、ここは絶対死守しないといけないと口を閉める。

(くそ、どうしても俺に食わせる気だ、この鬼ばばあ!)

 おむつをずらして攻撃したくても、今回のアイリーンは警戒してベルの両手を手で押さえている。液体&固形攻撃はできない。

「食え、この猿!」

(食うか、くそばばあ!)

 母親と赤ん坊の攻防。勝負は見えている。生後間もないベルが大人の力にかなわない。

「おりゃあああ……」

 もはや貴族の令嬢とは思えない叫び声を上げて、ベルの口の中へ毒の入ったミルク粥をスプーンで放り込んだ。

(ぐげええええっ……にげえええええ)

 この食い物とは思えない味。どう考えても毒である。

 普通の赤ちゃんなら、これ食べてしまい、そのまま死んでしまったであろう。しかし、ベルは違った。

(これを胃に流し込んだら確実に死ぬ……)

 唾を飲み込まないように頬にミルク粥をため込む。2口目、3口目は素直に口に入れた。

「あら、良い子でちゅね~」

 アイリーンはすさまじい勢いで、スプーンですくっては入れ、すくっては入れを繰り返す。

 ベルの頬はパンパンになる。絶対に胃に流し込んではならないし、早く吐き出さないと口腔から毒成分を吸収してしまう。舌が毒のおかげでピリピリと危険な信号を脳に伝えている。

「はい、食べましたね~。さよなら、おサルさん」

 にっこり笑ったアイリーン。これでこの赤ん坊は急に体調を崩して死ぬ。自分の不義理の証拠を隠滅できる。

(そうはさせるか!)

 ベルはほおのため込んだミルク粥を思いっきり吹いた。覗き込んだアイリーンの顔めがけて、恐怖の毒入りゲロである。

「うぎゃああああああああああっ~」

 汚いゲロをまともに喰らったアイリーン。

 3回目の暗殺を免れた瞬間であった。


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