エデルの手作り弁当
「どうじゃ、公演が始まる前にわらわが作った弁当を食べるがよい」
ベルはエデルガルドが大切そうにもっていた布バックから、漆の塗られた3段に重ねられた箱を見て驚いた。
会った時から何を抱えているのかと思っていたら、弁当である。一段目はパンにチーズやら肉を挟んだサンドウィッチ。2段目は豆を煮たものや焼いた魚、肉などの美味しそうな料理が詰め込まれている。3段目は果物に甘いスイーツ菓子が詰められていた。
それらが公開される度に肩に乗っている邪妖精のクロコが感激して飛び回る。
(御馳走ですわ。このお姫様、弁当持参デートとはぐいぐい来るのですわ)
エデルガルドの目を盗んで食べる気満々のクロコはそう言って小躍りしている。食いしん坊の邪妖精を歓喜させるだけのクオリティは十分ある。
「これ全部、エデルが作ったの?」
思わず聞いてしまった。何しろ、エデルの細い白い指にいくつか絆創膏が貼られていたからだ。この高貴なお姫様が気まぐれで料理をしたことは間違いない。
「そ、そ、そんなわけがあるまい。わらわは貴族ぞ。なぜ貴族の姫たるわらわが平民のお主のために弁当を作らねばならぬ。すべて屋敷の料理人に命じて作らせたものじゃ」
そうエデルガルドは否定した。ベルはエデルの指の絆創膏から目を離さない。その視線に気づいてエデルはそっと手を隠す。
絆創膏を見なくてもベルにはエデルの嘘はお見通しである。何しろ、ベルには好感度Maxのエデルの本当の声が聞こえるのだ。
『2段目の料理は料理人に手伝ってもらったが、1段目はわらわが作ったのじゃ。大好きなベルのために挑戦してみたのじゃ!』
1段目のサンドウィッチを見ると切り口が少々雑で具が飛び出たものも散見できる。2段目の料理の出来栄えとは明らかに違うから、エデルガルドのお手製は間違いがないだろう。
「ありがとうございます」
ベルはそうお礼を言った。今日はエデルガルドに強引にデートに誘われ、無理やり引っ張り出されたのだ。行先はセントフォース音楽院の学園祭。ベルの工学院も同じく学園祭をしているから、時間を調整すればエデルガルドと一緒の時間を過ごすことはできる。
ペネロペの出演する歌劇の最終日の様子が知りたかったこともあり、やむなく了承したが、まさか手作り弁当持参とは思わなかった。
「ほれ、食べるがよい」
エデルガルドがサンドウィッチをつまむと、ベルの口元へ持ってきた。
「あ、ありがとうございます」
ベルはそう言って手で受け取ろうとしたが、エデルガルドはそれを無視してベルの口元へさらに突き出す。
「わらわが平民に食べさせてやるのじゃ。潔く食べるがよい」
『きゃあ~。あ~んですわ。ベル様にあ~んができるなんてエデル、幸せ~』
本音が後から聞こえてくる。ベルは仕方なく口を開いて一口食べる。
「次は料理の方じゃ。この肉と野菜の煮込みは美味しいぞ。特別にわらわが食べさせてやろう」
『はい、また、あ~んをしてあげる。まるで奥さんみたいだわ。いえ、これは奥さんしかできない行為。もうエデルはベル様の妻ですわ~』
今度はフォークで料理を突き刺して、ベルに食べさせようとする。端から見ると恋人同士のイチャイチャにしか見えない。そしてエデルの心の声は幸せに満ちている。
(困ったなあ……)
伯爵令嬢エデルガルドは本気でベルと婚約するつもりのようだ。お見合いして断るつもりだったのに、不本意ながら今日で2回目のデートをしている。このままだと既成事実を積み重ねられ、婚約が成立してしまう。
(くう~。本命のシルヴィとのデートはまだなのに……)
ようやく来週にシルヴィとはスイーツデートをする予定だ。シルヴィの弟と妹も連れてのデートだから、デートとは呼べないかもしれないが、ベルとしてはここからシルヴィとの仲を深めたいと考えていた。
それなのにこの伯爵令嬢はどんどんとベルとの関係を深めようとしてくる。伯爵家と平民の商家との結婚だから、すぐに話は消えると思っていたが、予想に反して伯爵家というか、令嬢のエデルガルド姫が超乗り気なのだ。
気位が高く、身分の差を気にするはずの貴族令嬢とは違うエデルにベルも圧倒されるしかない。
やがて天幕の工事が終わった。終わったところで本格的に雨が降ってきた。1000人を収容する席は既にいっぱいで立ち見客は傘をさして見ている。また対面の講堂の2階のテラス席からも見ている人も大勢いる。
合わせて2000人もの観客が雨の中、フィリアーヌとペネロペが主催する歌劇「騎士姫恋物語」を見に来ているのだ。
雨が降らなければ、もっと人は集まったであろう。半分以上が一度以上見たリピーター客で、もう一度感動を味わいたいと見に来ていた。
同時刻にアーデルが主演する歌劇も始まったが、観客が一人もいない。正確には2階席のテラスにはぎっしりと観客がいるのだが、その観客は中庭で始まった歌劇の方を見ている。
アーデルたちは始めて5分ほどで演じるのを止めた。誰も見ていないのならやる意味がない。悔しい気持ちが大きかったが、評判の中庭の歌劇を見に行きたいと思った。今見に行かないと一生見られない。
アーデルは中止を宣言すると、アーデルと同じ気持ちであったのだろう。会場スタッフや出演者たちも中庭の歌劇を見に外へ出たのであった。




