表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/98

2人の野外公演

 エデルガルドはペネロペからオーディションには落ちてしまったが、仲間と一緒に2人歌劇をすると聞いた。場所はセントフォース音楽院の広い中庭にある芝生広場とのこと。それを聞いたエデルガルドは、そこに仮設舞台を設置することをすぐに思いついた。

 なぜそんなことをするかというと、全てベルとのデートのためである。ベルと歌劇を見るなら、ちゃんとした舞台で見たいと思ったのだ。

 それだけではない。歌劇に必要なオーケストラまで揃った。オーディションに落ちた生徒がそれぞれの楽器を持って集まったのだ。

 集まった生徒たちは十分な実力をもっていたが、フィリアーヌやペネロペのように不可解な結果で落ちた生徒ばかりであった。

 つまり、この野外劇は彼らにとっては、落ちたことへの抗議ということである。

 フィリアーヌとペネロペは自分たちが起こした行動の広がり方に驚いた。何しろ、芝生広場に仮設の舞台ができただけでなく、観客席までできたのだ。それは3段に作られた大規模なベンチ。仮設ではあるが設置するには結構な費用がかかるだろう。

 それを作ったのは「リットリオのおじさま」である。ペネロペは感激した。リットリオ地方のユリの花と共に、「あなたの初舞台をお祝いします」とメッセージがあったからだ。

 それを見たフィリアーヌは、「あなたにはもうパトロンがいるのね。その人は目が高いわ」と感心したから、ペネロペは余計に恥ずかしくなった。

 フィリアーヌとペネロペの試みはあっという間に学院中に広まっている。面白くないのは、講堂で演技するアーデル姫とその取り巻きたちである。

 講堂で行われる練習を終えて、一息つきながら2階席から見える芝生広場の仮設舞台を見る。

「ふん。あんな野外なんかで歌劇をしても人は集まらないわ」

「そうですよ。アーデル様。こちらの講堂の収容人数は1000人。あの野外ではせいぜい100人程度。3日間の講演でどちらが上かすぐわかりますわ」

 こちらは厳しいオーディションを合格したメンバーで構成されている。歌劇を支えるオーケストラのメンバーも含めてである。

 落選した連中がいくら集まっても、勝てるはずはないとアーデルたちは思っている。さらに舞台監督や演出家はプロの指導を受けているのだ。総合力から考えても勝負にならないはずだ。

 歌劇はセントフォース学院の音楽祭が行われる3日間の間、午前と午後の2回講演。合計6回行われる。1日目の観客は学院内の生徒とその親。2日目からは一般公開される。1日目は招待客だから、アーデルたちの歌劇は既に予約で満席であった。

 初日から圧倒的な差がつくと予想できた。スポンサーを得て、多少マシな舞台にはなるようだが、学院公認の舞台と自主的な舞台では自力が違う。

 アーデルたちは遠くから嫌味を言ったが、圧倒的な差をつけて勝つと思っているので、それ以上は関わらなかった。

 しかし、遠くから同じように眺めていた新進の演出家であるマーベリックは違う見方をしていた。

(これは面白いことになった……)

 フィリアーヌとペネロペたちの練習風景を眺めていたマーベリックは、2日目には2人に声をかけた。自分が演出と舞台監督をやろうと申し出たのだ。

 2人は感激した。無我夢中でやっていたが、全体を統括し、冷静な目で指導する人間がいなかったからだ。それがプロであるのならば、願ってもない。

 フィリアーヌが持ってきた台本。「騎士姫恋物語」は、憧れるクローディア姫が身分を偽り、騎士見習いとして隣国の騎士団に入団するところから始まる。

 そこで騎士団長セシルと出会い、やがて恋に落ちる物語だ。序盤は女であることを隠すクローディアのコミカルな場面で笑いを取り、剣の腕がめきめきと上達する姿が描かれる。

 やがてクローディア姫は自分を厳しく、そして温かく育ててくれた騎士団長のセシルを愛するようになる。セシルもクローディアが女であることを知り、一人前の騎士に向かって努力する姿に惹かれる。

 そんな2人に悲劇が訪れる。クローディアの国とセシルの国が戦争を始めたのである。戦争は苛烈を極め、国に戻ったクローディアは戦場でセシルと相対するのである。

 そんな運命をフィリアーヌとペネロペが演じ、歌い、踊る。

「す、すばらしいですわ!」

 公演が終わるとエデルガルドは迷わず立ち上がった。他の観客も立ち上がり、そして惜しみない拍手を送った。ほとんどの観客は涙を流している。物語の悲劇に没頭してしまい、涙が止まらないのだ。

「これは学生のレベルを超えていますですわね」

 ベルの肩に乗って一緒に公演を見ていたクロコも邪妖精のくせに泣いている。ベルも正直、ペネロペがここまでやるとは思っていなかった。

 1日目の公演。エデルガルドはベルと一緒に仮設席の中央で2人劇を見ていた。最初の人数は30人ほど。最初は100人ほど座れる席はガラガラであった。

 しかし、物語が進むにつれて通りがかった人が座り、後半に入る頃には席が埋まってしまった。立って見ている人間もかなりいた。

「まあ、まあだね……」

 拍手を送りながらもそんなことを言うベル。すぐにクロコが突っ込む。

「ベル様、そんなことを言っても目をうるうるさせていますですわ」

「うるさい、これは外の風で目が乾いたせいだ」

 苦しい言い訳をするベル。物語の台本の良さ、2人の演技。そして演出の良さが素人でも分かる。正直、オーケストラの演奏は学生レベルではあったが、そのハンディキャップも感じさせない。

「ペネロペも下手じゃないが、相手役の子がすごいね」

 そうベルは褒めた。フィリアーヌは騎士団長という男役をやったのであるが、男でも惚れるいい男ぶりを演じていた。途中から集まった女生徒たちは黄色い声を上げて応援していた。ペネロペと同じく14歳とは思えない才能である。

「フィリアーヌさんは確かに上手ですわ。既に完成された貫禄さえ感じますわ。でも、ベル。ペネロペの演技はこれからの可能性を感じるものですわ」

 そうエデルガルドは感想を述べた。実はベルもそう思っていた。今の実力ではフィリアーヌの方が10倍は上手い。ぺネロぺの力不足なところを補いながら演技していて、さらに自分の演技も観客を惹きつけた。

 でも、公演が進むにつれてどんどんと成長していくのはペネロペ。最後の段階では初公演とは思えない堂々としたものであった。

「ベル、この後はどうします。わらわとしては、ベルの通っている学校を案内して欲しいのじゃ。途中でお昼ご飯を食べて、もう一度、この公演を見るのじゃ」

 エデルガルドはそう提案した。ベルはこの公演を見る約束をしたけれど、今日はそれ以上のことは予定していない。だから強引な誘いにベルは断ることができない。伯爵令嬢の望みを無下には断れないのである。すべてエデルガルドのペースである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ