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印象に残る演技

「10番、ペネロペ・コリンズさん」

 ちょこちょこと小さな女の子が出てきた。可愛いが先ほどのフィリアーヌ程の美貌はない。それだけで今回のペルージャ姫役には合ってない印象がある。

(可哀そうに……。貴族でない平民出身の学生だから実力はあるのだろう。そうでなければここまで残れまい。しかし、先ほどのフィリアーヌ嬢の演技を見た後では可哀そうだ。どんな演技をしても沈むだろう)

 マーベリックは少し緊張気味のペネロペを見て気の毒に思った。あの後ではどんな演技もかすむだろう。余韻を消すことすらできないだろう。

 マーベリックは鉛筆を咥えた。可哀そうとは思ったが、すぐに頭の中はフィリアーヌが残した悲しみの余韻に浸る。これから行われるペネロペの演技など記憶に残らないだろう。

『ペルージャ、わたしは城から落ちます。もう2度と会えないかもしれません』

 王子役が淡々と本日10度目の台詞を言う。後ろ向きだったペネロペが振り返った。

(な、なんだ!)

 思わずマーベリックは目を大きく見開いた。頭を占めていたフィリアーヌの表情が一気に塗り替わる。

 ペネロペの怒った顔にだ。

「このわたしに2度と会えない。ふん、一体、あなたは何を勘違いしているのかしら。今までもあなたに会いたいなどと思ったことはないわ」

(え、えええええええええっ!)

 マーベリックは思わず驚きの言葉を声にしてしまいそうであった。それは見ている者全員がそうだ。思わず声を上げてしまい慌てて口で覆った者もいる。

 王子役の俳優も唖然として次の台詞が出てこない。この間がさらに観客を引き付ける。王子役は慌てて次の台詞を言う。

「わたしのことは忘れて、あなたは自分の幸せを考えて生きてください」

「はああああああ~ん。あったりまえよ。忘れますよ。あなたのことなんて、これっぽっちも思い出さない。もっとハンサムな男と恋に落ちますわよ」

(え、ええええええええええっ~!)

 マーベリックはペネロペの台詞に驚くしかない。ペルージャ姫のキャラってこんなんだったかと、思わず設定資料をめくり始めた。しかし、これはペネロペが考えたペルージャ姫の性格。そしてそれで構成された世界だ。

『そ、それでは……さらばです。愛しい人よ』

 ペネロペが演技と台詞だけで作った世界にこれまで淡々と演技していた王子役も思わず台詞を噛んでしまった。それくらいインパクトがある。

「ふん、さよなら。もう二度と私の前に顔を見せないで……」

 そう強気に台詞を言い放ったペネロペ。王子役が去ると腕を組んで視線を左下へと移した。それがなぜか悲しみを誘った。動から静への切り替えに見ている者は釘付けになる。

 そして次の一言をみんなが注目した。次に必ず何か言うとみんなが思うほどの演技である。

「……バカ」

(うああああああああ~っ!)

 マーベリックはペネロペのその言葉に背中に電撃が走った。眠かった頭はフィリアーヌの演技で目覚めてしまっていたが、そこにさらに強烈な刺激が与えられた感覚だ。

(も、萌ええええええええええっ~。やばい、やばいぞ、これも!)

 ペネロペはここまで演じた少女たちの中でも一番小柄で幼い。それなのに先ほどのフィリアーヌに匹敵する女の色香を感じる。演技でこれだけ魅了するのもすごい才能だ。

 演技が終わるとみんながしゃべり出した。拍手をするのも忘れている。予想外の演技に驚いたが、冷静になるとペルージャ姫の設定に合わないと思い始めたのだ。

 演技が素晴らしかっただけに、ペルージャ姫の性格に合わない台詞に批判が集中したのだろう。

 だが、批判はするが脳裏にはペネロペの演技が鮮明に刻み付けられた。それはマーベリックも同じであった。ある意味、今回の審査条件にもっとも合ったふさわしい演技を完璧にしたのではないかと思った。

「それでは審査をしましょう」

 別部屋で審査員が集まる。マーベリックを含めて5人集まる。リーダーは大先輩の舞台監督と演出家。そして学校の理事長にマーベリックである。

「フィリアーヌ嬢の演技は素晴らしい。さすがですな」

「ああ、ダントツだ」

「それに比べると今回合格させるアーデル姫は無難だが花がない」

 舞台監督と演出家、理事長はそう言ってフィリアーヌの神がかり的な演技を賞賛した。

「しかし、もう役はアーデル姫に決まっている。まあ、ペルージャ姫役としては問題ない技量。舞台の成功は決まっているでしょう」

 そう残念そうに審査委員長の舞台監督は言った。フィリアーヌの演技は素晴らしかったが、この審査は出来レースなのだ。

「どうでしょうか。フィリアーヌにはペルージャ姫の妹役のアニータ姫の役をあてがっては。あの演技を無視するのは返って出来レースが怪しまれましょう」

 理事長がそう提案した。フィリアーヌを別役で登用すれば、あの演技を認めたということで見る目がないと批判されないだろう。批判は疑念の導火線となりかねない。

「審査委員長、その意見には賛成ですが、きっと彼女は引き受けないのではないでしょうか。フィリアーヌ嬢はプライドも高いといいますし。それよりも妹役なら最後に演技した10番目の子……あの子はどうでしょう?」

 マーベリックはそうペネロペのことを推した。誰もが触れたくない名前であった。実はマーベリックだけではなく、全員がペネロペの演技は気になっていた。

「そうだな……。あの子の演技も面白い」

「面白いですが、審査委員長。あれでは喜劇ですよ」

「いや、審査は自分で台詞を考えて臨めというもの。この歌劇が喜劇としての可能性もあると思わせてくれた演技は悪くない」

 マーベリックを除いた3人はそう評価していた。要するに意外性がありうまい演技であったが、王道ではないという判断だ。

 しかし、それはおかしな判断だ。この審査では自由な発想でペルージャ姫を演じろという課題だ。観客を惹きつける演技がどれだけできるかということを試しているのだ。やはりペネロペが平民で強い後ろ盾がないことが影響した。

(やはりだめか……)

 マーベリックはため息をついた。伝統あるセントフォース音楽院の発表会とはいえ、所詮は学芸会である。本人の能力以外の要素で決まるのは仕方がない。 

それに自分が監督する舞台なら、マーベリックはもっと我を通しただろうが、頼まれて名前を貸している審査委員の立場では、無難に立ち回るしかない。


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