園遊会のお誘い
「ペルージャ姫は気高い性格で品がいい。君のような下層階級の人間には、なかなか理解できないんじゃないのか?」
ベルはペネロペに対し、とんでもなく失礼なことを言う。ペネロペは一瞬頭に血が上ったが、それは事実だと思うと言い返す言葉が出てこない。
確かに自分は上流階級の暮らしなどしたことがない。気品は生まれてから環境で育まれることが大きい。少なくとも知らないのに上辺だけで演じていても、それを知っている上流家庭の人間には滑稽に映るだろう。
ペネロペを除く9人にはこれがある。同じ1年生のフィーリアは貴族ではないが、家は上流階級だ。普段の生活からお姫同様の生活なのだ。
「あなたの言うことは理解できるわ。だけど、それでは女優は全員、貴族のお姫様しかできないじゃない。実際はそんなことはない。生まれや育ちに関係なく、演じることは可能なはずだわ」
「そうだけどね。それはプロの俳優が足りないところを補うように努力しているから。君に足りないのは経験だよね。どうだろうか、ここに園遊会の招待状がある。一緒に連れて行ってやるよ。貴族院議員議長の公爵様が開く会で父上が招待されているんだよ。ところが父様は当日忙しくていけないから、僕が名代で行くんだ」
「ふ~ん。子供なのに?」
思わず話に引き込まれてペネロペはそう返してしまった。(一緒に連れて行ってやる)という言い草が相変わらず上から目線であるのと、ペネロペの意思を無視した誘い方といい、反発してもよかったが提案自体は悪くない。
袋小路に迷い込んだ今の閉塞感を破るヒントになるかもしれないと思うと、ペネロペはベルの提案に乗っかろうと考えた。
「園遊会は昼間だからね」
園遊会では、招待客の男は既婚者なら妻を同伴する。妻がいないなら恋人や婚約者、女友達を伴うのが暗黙のルールだ。招待されたのが女性なら夫や男友達と一緒に来ることになる。
ベルは子供であるから、そういう暗黙のルールに従わなくても失礼にはならないが、できることならルールに従いたい。
「あなたと同伴というのが気にいらないけれど、これも将来のため。上流の夫人の振舞を間近に観察できるのなら我慢する」
「はいはい。僕も君じゃなくてもいいけれど、田舎娘を場違いなところへ連れていくのは面白いから、君にするだけだよ」
「あなたは本当に失礼な男だわ!」
ペネロペは怒ったが、今度のオーディションの課題にどう取り組んだらよいか分からない以上、この経験がそれを打開するヒントになると思った。
ベルに同伴するのは本意ではないが、これも利用するだけと思えば堪えることはできる。
「どうせ園遊会用のドレスはもっていないだろうから、後で寮に届けさせるよ」
「……持ってないのは事実だけど、何だか納得がいかないわ」
「華やかなパーティに君の地味な私服じゃ目立つからね」
「はいはい、どうせ私は庶民です。そういう場所では目立たたないようにします」
「よい答えだね。じゃあ、後で」
ベルは手を振って去っていく。ペネロペは両手でスカートを握りしめた。オーディションで披露する演技の参考になるが、結果的にベルに助けられるというのが悔しいのだ。
「ペネロペ、ベル様って優しいじゃない。園遊会に誘ってもらえるなんてうらやましいわ」
ずっとベルとのやりとりを聞いていたマリアがにやにやしてそう言う。ペネロペはこの親友が完全に誤解していると思った。どうもこの親友はベルと自分をくっつけさせようとしているようだ。
「マリア、誤解しないでね。あの男はわたしをからかっているだけ。どうせ、園遊会に庶民を連れ出して無作法を笑うつもりだわ」
「でも、園遊会に行けば勉強になると思うわ。今度演じるペルージャ姫の演技の参考になるかもしれないでしょ」
「それもそうだけど」
「いいじゃない。好意と思って行けばいいよ。結果的にペネロペが助かるのなら……」
マリアはそう慰めた。親友の言葉にペネロペは頷くしかない。
*
(ベル様、園遊会にペネロペを誘ってよかったのですわ?)
クロコがそう聞いてきた。ベルは少し失敗したと後悔していた。ペネロペが困っているような様子なので、ついほっとけなくなり誘ってしまった。今度のオーディションの課題を考えるのなら、上流階級の社交を見ておいた方が演技の幅は広がることは事実である。
「しまった~。誘うならシルヴィを誘えばよかった~」
ベルはそう言って後悔した。ただ、シルヴィの性格からそのような場所に行くことを快く思わないだろう。
「シルヴィのことが好きなのに、あの子にも手を出すなんてやっぱりベル様は、クズ男ですわ」
「クロコ、ペネロペはそういう対象じゃない。あれは観察対象だ」
「観察対象……言い方がひどいですわね」
「野に咲く花を温室に入れてやり、金をかけてやる。それで本物の温室の花に勝てるかという観察だ」
「ますますクズ発言ですわね」
ベルはそういう憎まれ口を叩いてはいるが、なぜペネロペを選んで陰で援助しているのかは自分でも分からなかった。
(たまたまさ……たまたま)
偶然、町で聞いた歌声の主であり、自分が理事長代理を務める孤児院に在籍していただけだとベルは自分に言い聞かせた。
偶然だと言い聞かせた割には、ベルは屋敷に帰ると召使にペネロペによく似合おう桜色のドレスとアクセサリー、靴などの小物を送ることを命じたのであった。




