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セントフォース音楽祭

 秋になった。

 セントフォース音楽院の恒例の音楽祭に向けてオーディションが行われる季節だ。

 これは在学生による日頃の勉強の成果を試す機会で、年に2回行われる。

 夏と冬に開催されるが、夏は1年生には参加資格がない。入学したばかりでオーディションを迎えるのだから仕方がない。

 オーディションに出られるだけで、多くの生徒は発表会には出られない。ほんの端役でも出るのは至難の業なのだ。

 音楽祭には演劇、歌劇、オーケストラの演奏が行われ、それぞれにオーディションが行われる。

 ペネロペは多くの同級生と共に歌劇のオーディションに臨んだ。今回披露される歌劇は『とある王子の肖像』という題名のミュージカル。

 陰謀で国を追われた王子が放浪し、そこで信頼できる家臣を集めて反撃。見事に国と妃を取り戻すという内容のものだ。

 ペネロペは主要な役である王子の妃ペルージャの役に挑戦することにした。

 音楽院に通う女学生の多くがこの役を狙っており、競争率は100倍を超える。

 まずは審査委員の前で歌って半分が落ちた。ペネロペはこの1次審査は合格した。これは1年生としては快挙である。入学してまだ1年も経っていない1年生はおよそ9割がここで落ちるからだ。

 2次審査は音楽に合わせて体を動かすというものであった。多くの予想を覆し、ハイテンポのコミカルな曲であったために、多くの学生は戸惑った。

 下町で陽気な踊りを目にしていたペネロペは、コミカルに踊ってこの審査も潜り抜けた。2次審査で10人に絞られた。その中にペネロペは入っている。

「困ったわ……」

 ペネロペは学院の中庭のベンチで3次審査の課題に頭を抱えた。これが最後の審査であるが、課題は追放される王子との別れの部分を審査員の前で演じるのだ。

 演じ方や台詞は自分で考えないといけない。物語と筋とは違った展開でもよいらしいが、王子の台詞は決まっている。

『ペルージャ、わたしは城から落ちます。もう2度と会えないかもしれません』

『わたしのことは忘れて、あなたは自分の幸せを考えて生きてください』

『それでは……さらばです。愛しい人よ』

 それぞれの会話の後に考えた台詞を話すのだ。歌劇では王子が去った後にペルージャ姫が王子に想いを込めた歌を歌う。

(どうしよう……。2次審査を合格した人たちはみんなお金持ちで、この後の展開を有名な劇作家の人にお願いして台詞を考えてもらっている人もいるというし……。何度も主役級の役をやっている先輩もいる)

 残った10人のうち、音楽院の最上級生である4年生が3人。3人ともこれまでの音楽祭で出場経験ありのエリートである。

 3年生が4人。この4人も端役であるがこれまでに出場経験が期待の学生である。そして2年生が1人でペネロペと同じ1年生が2人選ばれている。

 同じ1年生は貴族出身ではないが、その美しい容姿は審査会場でペネロペも思わずみつめてしまうくらいであった。

 それだけではない。2次審査で見せた歌唱力と演劇力はペネロペの目からもレベルが高く、上級生を軽く超えるものであった。

(これはとてもかなわないわ……)

 上には上がいるものだ。

 その群を抜く才能と実力の持ち主は、フィリアーヌ・ルフェーブル。父親は王国でも有名な劇作家であり、母親は王国歌劇団に所属する大女優でもあった。

 まさにサラブレッドである。そんなサラブレッドと役を争っているのだ。

「ペネロペ、すごいわね。1年生で最終審査に残っているだけでもすごいことよ。ここの生徒のほとんどは4年間で1度も出られないのですもの」

 そういって隣に座っているルームメイトのマリアが励ましてくれる。マリアもヴァイオリンで2次審査までは残ったがそこで落選した。マリアも1年生ではよく頑張った方だ。

「そうね…そうなのだけど……」

 2次審査で落ちてしまったマリアの手前、それ以上の言葉は慎んだ。マリアを含めて大半の生徒は教養として音楽を学んでいる。プロを目指して学んでいる学生はほんの一握りだ。プロを目指すペネロペとしては、何としてでも役を掴みたい。

 この音楽祭は単なる学校の行事ではない。プロの演出家や劇作家、舞台監督、劇団のオーナー等が見に来る。将来のスター俳優の発掘が目的であるのだ。

「台詞を自分で考えるとか言っても、難しいよね。私たちには永遠に分かれてしまうかもしれない恋人の気持ちは分からないからね~」

 そうマリアは言う。そうなのだ。役になり切るにはその役の気持ちにならないとだめだ。歌劇の本筋の台本はおおよそ知っているから、そこから類推すれば話に合うようなセリフは思い浮かぶ。

 しかし、それでは台本と同じ言葉になる。課題が自由に考えて話すとある以上、同じではダメだとペネロペは思っているが、あまりにかけ離れていてもダメだろう。

「う~ん。そうよね。わたしがやるにはペルージャ姫の役は早いのかもしれないわ……。恋ってどんなものか体験したことがないから……」

 本や演劇で恋物語はいくつも読んだり、見たりはしている。だが、実体験をしていないから知識としてしか知らない。

「フィリアーヌさんは知っているのかしら……」

 そうマリアはペネロペのライバルの名前を口にした。天才と言われるフィリアーヌもマリアやペネロペと同じ11歳。まだそういう経験はないだろう。

 そんなことを話しているとペネロペの視界に入れたくない人間が映った。

「やあ、ペネロペ。久しぶりだね」

 ベルンハルト・コンスタンツアである。孤児院の理事長の息子。ペネロペは、世間知らずの嫌な奴認定している。

 久しぶりとベルは言ったが、確かにベルと会ったのは1か月以上前だ。それなのにそういう感じがしないのは、会った時の不快感が大きいのであろう。

「わたしは忙しいの。話しかけて来ないで頂戴」

 ペネロペはツンとしてそっぽを向いた。隣に座っているマリアはにやにやしている。何かあらぬ誤解をしているようだ。

「先ほど、ペネロペがオーディションの2次審査を通過したと聞いてね。何の役だっけ……ああ、ペルージャ姫の役だったね」

 ベルはペネロペに無視されても全く動じていない。ペネロペはベルには人の気持ちを察することができない奴と新たなスキル認定をした。

「そうよ。わたしはわたしで頑張っているの。リットリオのおじさまに恥じないようにね」

「ふ~ん。リットリオのおじさまもきっと喜ぶよねえ」

 ベルは思わせぶりな感じでそう話した。ペネロペはここで気が付いた。

(そうだ……なぜ、わたしは今まで気が付かなかったの……。この男、リットリオのおじさまのことを知っているに違いないわ)

 ペネロペが暮らしていた孤児院はベルの父親が経営している。名前を偽っているリットリオのおじさまは、この孤児院に出資しているはずだ。だから、ペネロペのことを見出したのだ。

 そしてベルのこの態度。思えば今までもペネロペがリットリオのおじさまの話をすると、結構、上から目線で話していた。ベルがリットリオのおじさまの正体を知っていると推測すれば納得できる。

「あなた、リットリオのおじさまのこと知っているのでしょう?」

「……まあね」

 ベルはそう答えた。事実だからだが、もちろん自分とは言わない。

「……教えてよ」

「できないね。僕も話すことを止められているから。それにそれほど知っているわけではないんだ」

 ベルはそう嘘を言った。ペネロペが言うリットリオのおじさまが自分だとはさすがに話せない。ペネロペはベルの言葉を聞いて少しがっかりしたようだが、予想していたとおりなので気を取り直した。

「そうよね。リットリオのおじさまは、正体を隠してわたしに援助をしてくれている。なにか事情があるのだろうし、それを公にして威張らないところがご立派だわ」

「はいはい。金持ちをひけらかす僕は最低ですよ」

 ベルはにやにやしている。そういう態度を見るとペネロペはムカムカしてくる。早く視界から消えて欲しいと思う。


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