死の商人
(これはバルカ人用ではない……その配下のクトルフやウイカル人用でもない)
これは明らかに補助武器ではなく、主力武器である。つまり、この武器の売りつけ先はコボルト人やゴブリン人などの体の小さな魔族である。
このことは父がバルカ人の国に武器を売っているだけではないことを示す。その敵対勢力である魔族や少数民族の武装勢力にも武器を売っていることを物語っていた。
「確かに武器商人は戦争を裏で操る悪人。蛇蝎のように嫌われる職業かもしれません。しかし、僕は思うのです。人間は争いを起こす動物です。時として悪意をもち、他人の生命や財産を奪う者が出ます。それらが使う者も武器ですが、それらから身を守るのもまた武器です。武器がない方がよいという人もいるでしょう。しかしそれは現実を見ていません。過去に暴力に無暴力であたった聖人はいましたが、結局は多くの血が流れました。暴力に対抗するために防衛のための武器をもつことは必要だと僕は思います」
ベルは一気に考えたことを話した。転生前の武器オタク時代から何となく考えていたことを言葉にしたのだ。
ちなみに無暴力であたった聖人とはインドのガンジーのことであるが、この世界にはそんな人物はいない。しかし、この異世界の長い歴史でもそういうことをした人間がいないわけではない。
牙も爪もない人間は知恵で武器を作った。そうしないとこの星で生き抜けなかっただろう。武器は人間が生きる意味で必要なものなのだ。ベルはそう考えている。武器は自分と大切な人を守るためのもの。自ら人を害さないようにすれば、それはお守と同じなのだ。
ベルの言葉を聞いたアーレフは満足そうに頷いた。
「ベルンハルトよ。やはり、お前は私が見込んだ後継者である。そうだ、その通りだ。単なる金儲けの商材として扱う武器商人は、悪魔の手先とそしられるだろう。弱いものに抵抗できる武器を渡して、その存続を支援するのも武器商人ならできる。武器供給をコントロールすることで、醜い戦争も恐ろしい虐殺も辞めさせることもできる。私はそういう武器商人でありたい」
アーレフはそう言った。武器という人を殺すものを売りつける死神ではなく、暴力から守るものを売る天使。そうありたいとこの父は思っているのだ。
(しかし、それだとバルカ人から裏切り者と言われて粛清される危険もある)
ベルはアーレフが危うい立場に置かれているということも理解した。敵対勢力にも武器を融通していることを知られれば、裏切り者と言われる。
「父上、魔族やゲリラに武器を渡していることが知られれば、王国から処罰されるのではないですか?」
「うむ。そうだな。だが、王国も一枚岩ではない。私には王国内に後ろ盾がある。私がやっていることは、王国内の有力者の政策にもかなうのだ」
アーレフはそう言ったが、それ以上は話さなかった。いくら息子でも王国の政治に内情は語らなかった。ベルがもっと成長し、正式にアーレフの後継者として事業を引き継ぐことになれば、それも語ってくれよう。
「いずれ、お前にも支店の一部を任せるつもりだ。私の後継者として育ってくれることを願っているぞ」
正直、ベルの心は複雑である。武器商人は転生前の趣味から考えれば、好きなことを仕事にできる点で転職である。
しかし、それはあくまでも架空での話である。実際にやるとなると手放しでは喜べない。
先日お見合いしてベルが気になる女の子。シルヴィはどう思うだろうか。
ベルが考えるシルヴィは、武器商人の妻になるという選択は最も遠いものであるに違いない。あまりにもシルヴィにはそぐわない。
アーレフの期待に満ちな目を見るとこう答えるしかなかった。
「はい……父様。お任せください」
父親の期待を込めた言葉にベルはそう答えるしかない。
「それとだな……」
アーレフは少し話しにくそうに切り出した。
「お前の母親は先日、旅行先で事故に巻き込まれて死んだそうだ」
「えっ……」
これには少し驚いたが、ベルはなんとなくそうだろうと思っていた。母親が家を顧みず、よく旅行に行くことはあった。しかし、今日で1年近くになる。さすがに旅行ではないだろう。
「旅行先で同伴者と共に強盗に襲われたそうだ。護衛もつけずに地方にでかけるからだ」
そう淡々と話すアーレフに悲しみの色はない。悲しい気持ちがこれぽちもないのはベルも同じであるが、アーレフの言葉にベルは確信した。
(あの女……消されたな)
消したのは父のアーレフに違いない。この夫婦はベルが生まれる前から愛情なんてない。アーレフは血統を重んじただけであったし、母のアイリーンはアーレフの財産目当てであったからだ。
それにしても消した理由が分からない。確かにアイリーンはアーレフを嫌い、若い男たちと浮気し放題の放蕩生活をしていた。
しかしそれはアーレフも黙認していた。それが理由ではないだろう。別のアーレフの逆鱗に触れるようなことをしたせいだ。
ベルを殺そうとしたことが発覚したとも考えられたが、殺されそうになったのは赤ちゃん頃であった。幼児期は一切関りがなかったから違うだろう。
「そうですか。母上……お気の毒に」
一応、ベルはそう言ったが気持ちは全くこもっていない。なんの感傷もわいてこない。むしろ、清々したという気持ちだ。
ただ単に消された理由が気になった。しかし事件に巻き込まれて死んだという理由を言われては分からない。アーレフもすぐに話を打ち切った。
「そうだな。この話はこれくらいにしよう。葬式は現地で済まさせた」
そうアーレフは言った。内容も冷たいが言葉も冷たい。
母と一緒に死んだという同伴者というのが、あの黒髪の貴族の坊ちゃんかもと考えると少し気になったベルであったが、それも忘れることにした。




