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今回もクズ臭がするんですけど?

「おぎゃーおぎゃー……」

 どこかで赤ん坊が泣く声がする。

 それで鉄馬は目を開けた。

(あれ?)

 目に入る光景は見慣れた自分の部屋ではない。

 不思議なことにあれほど、よく聞こえた赤ちゃんの泣き声も消えた。

(ここはどこだ……あの赤ちゃんの泣き声は?)

「奥様、坊ちゃまがお腹を空かしていらっしゃいますよ」

 女の声がする。鉄馬はゆっくりと目を動かした。辛うじて視界に人が映る。

 不思議な格好をした年配女性がいる。不思議と言ったが、知らない格好ではない。いわゆるメイドの格好だ。おばさんだから、全然そそられないし、そもそも鉄馬にメイド属性なんてない。(いや、ないと思う!)

「奥様、お乳をおあげになってはいかがですか。少しは張りが収まり、楽になりますよ」

 そうおばさんが話すのが聞こえる。

「ふん……なぜ、わらわが猿に乳をやらねばならぬ。乳母がおるではないか」

 別の声がする。

 鉄馬はその声のする方に視線を移す。

 そこには西洋のきらびやかなドレスを着たお姫様が豪華なソファに横たわるように座っていた。

 美しい出で立ちではあるが、その顔はまるで鉄馬をゴミでも見るかのような目つきである。

(え、え、ええええええっ……)

 ここで鉄馬は自分の置かれた状況が分かった。

 自分はベッドで寝ている。

 先ほどから手足をバタバタさせているが、その手足は異常に短い。

 そして口を動かすと赤ちゃんの泣き声がする。

「おぎゃーおぎゃー」

(これ……完全に俺じゃん、俺の声じゃん。そして俺……赤ちゃんじゃん!)

「はい、奥様。わたくしが代わってお坊ちゃまにお乳を差し上げます」

 近づいてきたのは別のメイド服を着た女性。若い女性で胸もふくよか。実際、鉄馬の口元に突き出されたおっぱいはミルクタンクと言ってよかった。

(おいおい、これを吸えってことかよ!)

(おばちゃんよりはいいけど……)

(くんくん……でも、いい匂いがする)

 ぐうう~っとお腹が鳴った。

 鉄馬は口を大きく開けて乳房を加えた。じゅうじゅうと濃厚なミルクが口の中に広がる。

 小田鉄馬、36歳、フリーランスのフィナンシャルプランナー。

 どうやら、別世界で赤ちゃんに生まれ変わったようだ。しかも文明が相当遅れた異世界である。

 そしてこの人生。親ガチャは当たりだという。あの女神を自称する少女によればであるが……。

 赤ちゃんに生まれ変わった鉄馬。

 3日間、じっと観察し自分の置かれた状況を整理した。

 まず、自分は生まれて3か月の赤ちゃんであること。意識は36歳のおっさんだが、体は生後3か月の赤ちゃんで、思うように手足が動かないこと。

 まだ寝返りができないし、しゃべることもできない。できるのは泣くか笑うか、手足をバタバタさせるかである。首はかろうじて動く。

 生まれた家は相当な金持ちであること。

 そしてここは異世界であること。文明レベルはせいぜい、中世ヨーロッパ並みと思われた。

(あの女神が話していたように2度目の親ガチャは成功か……)

 そう頭に過ったが家が金持ちだから成功とは限らない。なぜなら、生んだ親がどういう人間かが大事なのだ。貧乏だろうが金持ちだろうが、子を愛する親ならば何も問題ない。むしろ、それが普通なのだ。

 前の親ガチャはとんでもないカスだった。ありえないクズ親を引いた。

(今回はどうだ……。確かに裕福だが、母親は激レアじゃないか……)

 もちろん、この激レアは良い方の激レアではない。見た目は美しくて若い。

お姫様である。こんな母親が学校の授業参観に来たら、大いに自慢だろう。見てくれだけは……。しかし、子供にとって見た目はよい母親の条件にはならないと鉄馬は思う。

(やべえよ……この母親もクズだよ……クズ臭がプンプンする。2度目の親ガチャも失敗じゃねえかよ、あのクソ女神) 

 母親は最初に目が覚めた時に遠くのカウチソファでふんぞり返っていたお姫様。この3日間、鉄馬を抱き上げたことすらない。

(あの女神……いや、駄女神め。見た目がいいだけじゃないか!)

 母親の名前はアイリーンというらしい。侍女は奥様と呼ぶのだが、中にはアイリーン様と呼ぶものがいるのだ。

 そういう侍女はアイリーンの実家から付いて来た者だとも分かった。

 アイリーンはマクドナルド子爵の令嬢で年は23歳。金髪巻き髪。顔立ちは派手でゴージャス。典型的な美姫である。

 そして鉄馬に向ける見る目はいつも冷たい。美しいブルーアイに映る自分の息子は憎悪の対象なのだ。

「あああ……うるさい、その猿を黙らせて!」

「何だか、乳臭くて嫌になるわ!」

「もう、視界に入れないで。その猿を見るとお産の痛い記憶が蘇る!」

 鉄馬を見るたびにこのような小言ばかりだ。

 鉄馬の世話をするのは2人の女中。年を食った方がマルタ。若い方はジュリア。ジュリアは子供を産んだばかりで、自分の子供と鉄馬に自分の母乳を分けてくれる。鉄馬の唯一の栄養源である。

 ジュリアのおっぱいを口に含むと、甘いミルクがジュワジュワ出てきて、鉄馬は幸せな気分になる。

(女というのは嫌いだが、おっぱいだけはいい……)

 ちゅうちゅうとミルクを吸いながら、両手でおっぱいを掴む。小さい手だから、豊満なおっぱいの一部のお肉をつまむだけであったが、何だか幸せな気分になる。

 ちなみに自分の名前も分かった。

 この世界では『ベルンハルト・コンスタンツア』という名前らしい。メイドの2人は『ベル様』と呼んでいる。

 母親のアイリーンは、『猿』と呼んでいる。いつもベルを見る目つきは冷たい。笑顔は一度も見せず、まるでゴミを見るようだ。そして一切、ベルの世話をすることはない。

 それどころか、この若い母親はある理由からベルのことを抹殺したいと思っているようだ。

 ある日、2人のメイドが目を離したすきに、アイリーンがベルの寝ているベッドに近づいてきた。

(おいおい、今日は何なんだ、急に、母性愛に目覚めたか?)

 一瞬そう思ったが、ベルの脳内に警報が走った。

「命の危険」を告げるベルである。

「お前なんか、生まれてこなけりゃよかった。今なら間に合う。死ね!」

 アイリーンが両手でベルの口と鼻を抑えた。

(うぐっ……息できねえ~死ぬ~っ)

 この状態では泣き声も上げられない。泣き声を出せばメイドが駆けつけてくるはずだが、これでは何もできない。

 生後3か月の赤ん坊では何もできない。

(くそ……このままでは死ぬ!)

 このまま死んでもこの若い母親はしれっと、「あれ、赤ちゃんが死んでいるわ」としらばくれるだろう。この異世界の遅れた科学力では、母親が殺したという証拠は集められないに違いない。

 ましてや貴族の令嬢であった母親を逮捕することはできない。殺され損である。だから、ベルは抵抗することにした。

 抵抗といってもあの女神が約束した12個のチート能力はない。手を広げて何か魔法でも使えないかと思ったが何も起こらない。

仕方がないので、次の手に移った。手を下へ伸ばし、腰の横にある2つの紐を引っ張った。それが蝶結びであること。それを引っ張ればおむつが外れ、お〇ん〇んが丸出しになることも知っていた。

(これでもくらえ!)

 貯めに貯めていたジェット水流は、子供を殺そうとする鬼母の顔にめがけて直撃する。

「きゃっ、何、これ、塩辛い、お、おしっこ!?」

 うぎゃあああっ……というアイリーンの叫びとベルの泣き声が屋敷中に響いた。すぐにメイドが駆けつけてきた。

(た、助かった~)

 2度目の親ガチャは命の危険を伴う鬼レアを引いたようだ。生前の母親はクソだったが、こっちの世界は鬼である。最悪だ。

 とっさの放尿。貯めていた噴水攻撃。

 これで事なきを得たが、一歩遅れれば殺されたのは間違いない。

 今回は無計画で発作的な行動だったのだが、アイリーンのこの恐ろしい行動は、ベルの心に強く刻みとめた。

 要するに、アイリーンにとっては、ベルは『いらない子』なのだ。

(はあ……)

 心の中でベルはため息をついた。せっかく生まれ変わったのなら、今度は優しいお母さんに愛情いっぱいに育てられたかった。

(俺はこういう運命なんだ。どこまで行ってもいらない子なんだ。2度目の親ガチャゃもどうやらクソを掴んだようだ。というか、あの駄女神め!)

 ベルはあの女神の悪口を100ほど考えた。この世界でまともな母親に出会えなかったことは悲しかったが、なぜアイリーンが自分の生んだ我が子を殺すとするのか分からなかった。

 父親は屋敷にいない。大事な仕事で遠くへ出かけているそうで、あと3か月経たないと帰ってこないらしい。


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