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シルヴィとのお見合い②

「僕のことは昔のようにベルと呼んでよ。そして僕も昔のようにシルヴィと呼んでいい?」

 馬車の中で二人きり。正確にはクロコがベルの肩に座っているが、この際、クロコは無視する。

 馬車が出発すると、ベルはそんな積極的な言葉が自然と出て来る自分に驚いた。今日は何だかぐいぐい行けそうだ。

 シルヴィアが大人しい女の子であるから、自分が積極的にいかないとダメだと思うが故の行動だ。

「えっ……と……。はい、いいですよ。ベルンハルト……様」

 恥ずかしそうにそう許可をするシルヴィ。思春期には異性と触れ合わない修道院で教育を受けてきたためかとても初々しい。

(はあ……天使だ、シルヴィ……)

 ベルはもう背中がむずかゆくなり、意味なしに拳を振り回したくなる。それでも最初だから、要求をきっちりと行う。 

「ダメだよ、シルヴィ。僕は一応、シルヴィより1つ下だから。『様』はいらないよ。昔のように気さくに呼んでよ」

「ですが……あなたは大変な恩があるアーレフ様のご子息。そんな気軽には呼べません……」

「呼んでよ、シルヴィ。それに敬語はいらない。普通にしゃべってよ」

 ベルはそうぐいぐいと切り込む。そう言われてもシルヴィはもう恥ずかしさで声が震えている。

「わ、分かりました……。ベ、ベ……ベル……無理です。ベルンハルト様、慣れるまではお許しください」

「し、仕方がないなあ……。じゃあ、結婚するまでに慣れてよ、シルヴィ」

 ベルに結婚と言われて、シルヴィは顔を真っ赤にして下を向いた。その姿を見るだけでベルは幸せな気分になる。

(それにしても……)

 やがて馬車は町の中心地の広場に到着し、降りて少し通りを歩いただけでも成長したシルヴィの人柄を知ることができた。

 ダヤン領の町は小さな町だ。それでも通りにはいくつも露店が店を出し、活気に満ちている。  

 そして誰もがシルヴィを知っている。

「お嬢様、お元気そうで」

「シルヴィア様、今日はお連れ様とご一緒で?」

 町の住人は気さくに声をかけてくる。それは親近感だけではない。みんなシルヴィのことを慕っているのだ。慕いながらも尊敬の念が込められていることがベルには分かった。

 そしてシルヴィもそれに応えていた。素晴らしい笑顔である。声をかけられた住人はみんなほっこりとする。

(シルヴィの優しい人柄のせいだろう……)

 ベルはその様子を見るだけでシルヴィアの人柄を確認できた。

 そして彼らのベルを見る目は厳しい。シルヴィアに婚約話が来ていることは、町で大きな噂になっていた。みんなその経緯を知っている。

 自分たちが飢饉で一人も死ななかったのは、領民思いのダヤン子爵が借金をしてまで救ってくれたということを知っている。その結果、意に染まぬ結婚をしなくてはいけなくなったと思っているらしい。

 住民の目にはコンスタンツア家が、我がお姫様を金で買おうとしているという憎悪が込められている。だからベルは努めて笑顔で彼らに愛嬌を振りまいた。

(僕は絶対に金にものをいわせてシルヴィをお嫁さんにしようというわけではない……本当に惚れているのだ)

 ベルはそう思う。やはり、写真で見た最初のインスピレーションは間違っていなかった。シルヴィは本当に素敵な淑女に成長していたのであった。

 服装が質素なので地味に見えるが、着飾れば誰よりも輝くとベルは思った。シルヴィは高貴な宝石の原石である。庭の花や生き物を見るときの慈愛のこもった目。そして気さくに町の人間に声をかける性格。彼らにも慕われる人望。

 どれをとっても非の打ちどころがない。

(まあ、美少女であることは認めますですわ。けれど、まだ体は成長途上ですわね。色気はあんまりないですわ)

 そう茶々をクロコが入れてくる。まだ16歳の少女の体はこれから花開く若々しいつぼみのようだ。ベルはシルヴィの体を見て邪な気持ちを必死に抑え込む。

(クロコ、邪念でシルヴィを見るな。シルヴィは天使なのだ。そういうエロイ目で見るのは彼女に対する侮辱だ)

(鬼畜なベル様がよく言うがですわ)

「うるさい!」

 ベルは肩に座っているクロコを親指と人差し指で輪を作って、そこから弾いて飛ばした。

 シルヴィアが不思議そうな顔をしている。ベルの独り言に戸惑っているようだ。シルヴィにはクロコが見えない。そして小声でぶつぶつ何かしゃべっているベルが変な男子だと思っているようだ。

 ベルも興奮するとつい念話ではなく、声に出してしまうのだ。

 このまま付き合って、シルヴィアと深い仲になればクロコが見るようになるであろうが、今は見えない。

「どうしたのですか、ベルンハルト……様」

「なんでもないよ、シルヴィ。あそこのカフェでお茶をしようよ」

 ベルは町で唯一のカフェらしき店を指さした。そこは店外と店内に席を設けた店。当然ながら、ベルは店内に入る。

 店外だと町の住人がわらわらと集まってきそうだからだ。みんなシルヴィア姫のことを心配しているのだ。

「シルヴィは町の人に人気があるのだね」

「そんなことはありません……。人気なんて……。ただ、町の医療所でよくボランティアをします。私のタレント能力に治癒系のものがあるのです。その力はケガをした人の手を握ると痛みが引くのです」

「へえ……すごいタレントだよね」

 自分のタレント能力は与えられた時には分からない。ベルのように女神の声で教えてくれるわけではないのだ。それでもタレントは使うことによって、その内容が分かってくる。

 シルヴィアはそのタレント能力を使って、痛みを緩和する医療行為をしているのだ。まさに奇跡の天使である。

 ベルはシャツの襟元についていたネクタイピンを外した。それで左手をわざとらしく突き刺した。チクッと痛みが走り、少し血が滲む。

「痛い!」

「ベル様、一体何をしているのですわ?」

 クロコが呆れかえってそうコメントした。シルヴィアは目を丸くしている。そりゃそうだ。ベルの突拍子もない行動に驚くしかない。

「痛いよ、シルヴィ。君の力を使って痛みをなくしてよ」

(あちゃ~。それは引きますわよ、ベル様)

「うるさい……。僕はシルヴィに手を握ってもらいたいんだよ」

 小声で素早くクロコを黙らせる。変な顔で見ているシルヴィアに痛そうなジェスチャーを続ける。

 やれやれと言った顔をしないのがシルヴィのよいところ。そっとベルの左手を両手で優しく包んだ。

「ベルンハルト様、ご自分でご自分を傷つけてはいけません」

 ふあっとした温かい感覚が左手の傷口に感じる。シルヴィアのタレントは痛みを緩和するだけで傷は治せない。治すならベルのもつ『超回復』の方が能力は上だ。

 しかし、痛みがゆっくりと緩和されていく感覚はよい。何しろ、可愛いシルヴィの手のひらに包まれるのは嬉しい。

「ああ……痛みがなくなる……これはいい」

「痛いの、痛いの飛んでけ~」

 そうシルヴィは小さな声で言った。小さい子に施術する時に言っているおまじないである。

(か、かわえええええええっ~)

 やがて注文した紅茶とケーキが運ばれてきたが、ベルはシルヴィと手を握れて頭がいっぱいで気が付かない。

「あ、あの……ベルンハルト様。そろそろ痛みはなくなったと思うのでよろしいでしょうか?」

 そう困ったような顔でシルヴィが言った。ベルはやっと我に返る。

「あ、ああ……ごめん。おかげで痛みがなくなったよ。シルヴィのタレントはすごいね」

 確かに痛みを無くす能力は素晴らしい。ずっと握ってもらえば、ある程度の痛みは感じなくなるのだ。命にかかわる大けがについては、さすがに『天使の加護』程度では痛みの緩和が間に合わない。

「ねえ、さっきの言葉、いつも小さい子にやってあげているの?」

 ベルは運ばれてきた紅茶に口を付けながら、そうシルヴィに尋ねた。幼稚園の先生みたいな感じで小さい子の世話にも慣れているような感じを受けたからだ。

「はい。私には弟と妹がいます。弟が7歳。妹が5歳です」

「そうなんだ」

 というか、弟はベルが9歳の時に生まれているから知っていた。妹が生まれたことは知らなかった。

シルヴィは16歳だから随分と年が離れた姉弟姉妹である。

「ベルンハルト様には御兄弟はいらっしゃるの?」

 シルヴィはそう聞いてきた。話の流れで聞いてきたのであるが、それはあまり聞かれたくない質問だ。

 ベルは一人っ子であり、ほぼ父子家庭なのである。5人家族で愛情いっぱい注がれて育ったシルヴィとは大きく違う。

「僕は昔から一人だよ。シルヴィ、屋敷に戻ったら、弟さんと妹さんを紹介してよ」

「はい……」

 シルヴィはそう答えた。目の前のケーキはこの田舎のカフェで唯一メニューにあるベイクドチーズケーキ。それをフォークで切って口に運ぶ。

「シルヴィはケーキが好きなんだ?」

「……はい。甘いお菓子は好きです」

 そう幸せそうな顔でケーキを食べている。実に微笑ましいとベルは思った。

 この田舎のカフェではケーキの種類が少ない。ベルは思いついた。

「ねえ、シルヴィ。今度は久しぶりに僕の家に遊びに来てよ」

(あちゃあ……ベル様、まだ家に来いよというのは早すぎません?)

 いつの間にかベルの頼んだケーキをこっそりと食べているクロコが、そう突っ込みを入れて来た。もちろん、ベルは無視する。

「え、え~と……」

「もちろん、弟さんも妹さんも一緒に来てよ。都のカフェを案内するよ。美味しいケーキがたくさんある店を知っているから、そこへ案内したいんだ」

 ベルは次の約束を忘れなかった。今日はお見合いである。もしシルヴィアが頑なに拒否をしたら、婚約は成立しないかもしれない。次の約束を取り付ければ、そのような最悪な結果は回避できる。

 そして警戒する相手にはまずはグループデートだ。弟や妹と一緒なら、警戒されないだろう。デートではなくてレジャーになるからだ。

「そ、そうですね。いいわ、今度、案内してください」

 そうシルヴィは答えた。ベルは心の中でガッツポーズをした。そして喜びのあまり、フォークを持ったままのシルヴィアの手を両手で覆うように握ってしまった。

 シルヴィは若干、困ったという表情をして目をそらしたが、拒否することはなかった。ベルもここは調子に乗らず、さりげなく手を離した。

 クロコがそっと囁く。

(ベル様、シルヴィの弟や妹も誘うなんて回りくどいと思うのですわ)

(クロコ、シルヴィの弟と妹は将来の僕の弟と妹だ。今のうちに好感度を高めておくことは損じゃない)

(……相変わらず、腹黒いですわ)

(うるせー)

 その時だ。あの女神の声がベルの頭に響いた。


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