シルヴィとのお見合い①
ベルはこの日を随分前から待ちわびていた。
「ベル様、いよいよお見合いの日が来ましたですわ……」
ベルの周りを飛びまわる邪妖精のクロコは、そう主の心の弾みを現わすかのようにルンルン気分で踊っている。その姿を見るとベルは少しだけ冷静になる。
それでも心に溢れる嬉しさは抑えられなく、口元がどうしても緩くなる。
今日は待ちに待ったダヤン子爵家令嬢とのお見合いである。
女に対して嫌悪感をもっていたベルが、一目見て心変わりした1つ年上の令嬢との初顔合わせである。
シルヴィア・ダヤン。今年で16歳。
少し地味目な雰囲気をもつこの可愛い成長した幼馴染の令嬢の写真を見て、ベルは何か運命を感じてしまっていた。
(心が躍るとはこのことだ……)
一目見てお嫁さんにしたいと思う女子に出会うことは稀である。なにしろベルはまだ15歳の少年である。
心は転生前の36歳であるが、邪な気持ちはゼロである。純粋にこの子と一緒にいたいという気持ちなのである。
幼馴染と言っても小さい時に遊んだだけの中だ。いくら成長した写真の姿が可憐でも、見ただけでそういう気持ちになるのは、おかしな話だ。もしかしたら、テレビで見たアイドルに一瞬に入れ込む心境と同じなのかもしれない。
しかし、ベルはそんなレベルの低いものではないと信じていた。
ちなみに今日は父のアーレフと同行しているということもあって、専属護衛侍女のシャーリーズは屋敷に待機させている。代わりに父親のオージンが2人の傭兵と共に護衛に付いている。
「シャーリーを連れて行くわけにはいけませんですわね」
クロコがそう嫌味を言う。確かにベル専属の護衛侍女のシャーリーズがあのメイド服姿で寄り添っていたら、さぞかしお見合い相手は驚くであろう。
間違いなくベルの人柄を疑われてしまう。
「そんなことはない。いずれシャーリーも紹介するさ」
ベルはそんな軽口を叩いているが、2歳年上で護衛侍女とはいえ、女の子を近くに侍らせていることには変わりない。会わせる時には、それなりの根回しが必要であろう。
やがて心待ちにした写真に映っていた本人と面会することとなった。初めは親同士の挨拶。ベルもシルヴィアも父親の後ろで大人しく控えている。ベルはチラチラとシルヴィアに視線を送る。
シルヴィアはそれを感じてか、恥ずかしそうに下を向いているだけであった。
(か、かわええええ~)
そんなシルヴィアを見ているだけでベルは心臓が高鳴る。
「初めまして……じゃないか。久しぶりだね、シルヴィア姫。ベルンハルト・コンスタンツアです。今日はお見合いを受けてくれてありがとう」
「……久しぶりです、ベルンハルト様。改めまして、シルヴィア・ダヤンです……。今日は遠いところをわざわざ来ていただき、ありがとうございます。今日はよろしくお願いします」
両親同士の挨拶が終わり、本人同士でダヤン家の屋敷のこぢんまりとした庭を散歩しながら、そう2人は6年ぶりに言葉を交わした。
シルヴィアはベルの思ったとおりに成長していた。とても穏やかで丁寧な言葉での挨拶。立派な淑女になった。声も鈴が鳴るような可憐さ。声を聞いただけでベルは嬉しくなる。
婚約については親同士で条件を話し合っている最中である。その間に当人同士は、相性を確かめるために2人だけのデートをするのだ。
コンスタンツア家の馬車に乗って、ダヤン領の町で2時間ほど一緒に過ごす。
ダヤン子爵家は王都近郊に領地をもつ。その領地は豊かな田園と森を中心とした1つの町と2つの村を含む。屋敷は町の中心にあるから、その繁華街に行くには大して時間がかからない。
ここ数年、ダヤン領から生産される穀物を買い取ってきたのがコンスタンツア家である。当初は他の商人に買い叩かれていたダヤン産の農産物をアーレフは高く評価し、貧しかったダヤン領が少し豊かな生活を送れるようになった。
それだけではない。昨年に起こった冷害による飢饉で、農産物主体の経済に大打撃を受けた時にアーレフは多額の資金援助を行った。
それによりダヤン領の領民は誰ひとり死ぬことはなかった。そのことをダヤン子爵は感謝し、自分の娘とアーレフの息子ベルとの婚約を進めようとしていたのだ。
もちろん、ダヤン子爵は娘の幸せを深く願う父親で、ベルの人柄についてはよく観察していた。
子爵はベルの一挙手一投足を観察していた。きっとそれはしばらく続くだろう。恩はあっても娘にふさわしくない人物へ嫁がせることは承知しない。
ダヤン子爵が素晴らしいのは、コンスタンツア家が貴族でなくても受け入れる度量があること。それはコンスタンツア家の莫大な財産に目がくらんだというわけでもない。
それは質素なダヤン子爵家の屋敷を見れば分かる。贅沢な仕様を無駄とも思えるくらいに溢れさせた他の貴族の屋敷とは違い、ダヤン子爵の屋敷は実用重視の質素な造りである。これは昔から変わらない。
領地が貧しいということもあるが、きっとダヤン子爵家は代々、こういう堅実な生活をしてきたのである。
娘のシルヴィアの着ている服も実に地味であった。王都に住んでいる貴族令嬢はきらびやかで贅沢な衣装を身にまとい、そして宝石で自分を飾り立てていた。
しかしシルヴィアは違う。赤いルビーのような髪によく似合う朱色のドレスは色こそ鮮やかだが、デザインは質素である。アクセサリーは古びた銀のアミュレットをトップにした首飾りだけ。
お見合いなのだから、一番よい格好をしているはずであるから、この格好を見るとダヤン家の懐事情が分かる。
しかしそれを恥じ入ってないシルヴィアの自然体がベルには、とても好感に思えた。都によくいる落剝した貴族とは志が違うのである。




