陰謀
王城の1室で5人の男たちが秘密の会議をしていた。彼らはある者は大軍を率いる将軍。ある者は行政府の大臣。あるものは貴族院議員。そしてある者は財務を預かる事務方の長官であった。
王国の元首は国王であったが、広大な国土を治めるにはそれを統治する政治機構が必要である。ここに集まったメンバーは、そういう統治機構で活躍し、地位を高めた者たち。
彼らは王国を陰で動かす裏の派閥組織のメンバーであった。この組織は表に出せない仕事を命令し、そして国のために実行してきた。
当初は国民の平和を守るためにという大義があったが、共通の敵である蛮族、亜人、魔族との戦争が終わると権力闘争をするようになる。
戦争が終わると同時に、裏組織は2つの派閥に分裂し、そして互いの覇権をかけて戦っていたのだ。
1つは貴族議会議長を旗頭にする派閥。もう一つは行政府の長である王国宰相を旗頭にする一派。
今日集まったのは、宰相側の派閥の幹部たちであった。今日は以前から懸念されていた問題についての話し合いのため集まったのであった。
「ある目ざわりとなった人物の取り扱いについて」
これが今日の唯一の議題であった。その人物は少し前まで自分たちに協力して、大いに組織と国を助けた人物であった。
功績も多大であるが、戦争が終わるとその強大な力は脅威となった。
「戦争は終結した。蛮族共は組織を失い、ばらばらになっている。奴のおかげで蛮族共の武器の供給も絶たれた」
「この戦争に勝利できたのは奴のおかげでもある。蛮族共への武器供与を止めて、わが軍に供給したことで有利に働いたことは間違いがない」
「……あくまでも有利な状況にしただけだ。勝利は実際に戦った兵士たちの流した血の貢献があってこそだ」
将軍が腹ただしそうにそう反論した。武器の供給だけで戦争の勝敗を論じられては、死んでいったものたちが浮かばれない。そして自分の功績もないがしろにされている。
「もちろんですとも将軍。ですが、戦いの帰趨を決めた要因ではあります。いまここで問題視せねばならないのは、奴の力が侮れないものになったこと」
そういう懸念の声を上げたのは、行政府で情報統括をしている政務官。貴族の出で選民意識の強い男だ。
「このままでは奴が付いた方が権力争いに勝つということになりかねない。そして奴は表向き穀物の取引で利益を上げているが、裏では武器商人として莫大な利益を上げている。平民の身分で我ら貴族を凌駕する財力である」
「許せないのはその武器は我々バルカ人勢力だけでなく、敵側にも与えて利益を得ていたことだ」
5人は情報部の報告を受けて険しい顔をした。元々、武器商人とはそういう輩である。味方にも敵にも武器を売り、莫大な利益を上げる。
戦争をしていた時には欠かせないが、平和になれば無用。そして莫大な経済力は政争に多大な影響を与える。
まさに『死の商人』である。
報告によれば、まだ地方で散発する反政府勢力による武力抵抗は、そういった死の商人による武器の供与があってこそだ。
だがここの集まったメンバーは、武装勢力への武力供与を、平和を阻害するものであるという正義の旗の元に弾劾する気持ちはまったくなかった。
自分たちの派閥ではなく、敵側へすり寄っていることに対しての脅威。これを裏切りと判断しているのだ。
「奴は我々の動きを知って、議長派につこうとしている。それを許せば、我ら宰相派は窮地に立たされよう」
「やはり奴を排除しよう。以前から計画していたとおり、合法的に国民の敵として処刑するのだ」
「うまくやれますかな。議長派も抵抗するだろう。貴族議員の方はどうだ?」
そう某大臣は貴族院議員の男に尋ねる。男は状況を伝える。
「貴族議員も全員が議長派というわけではない。議長の力を快く思わない者もいる。ただ、奴を始末するとなると宰相側と議長側との争いは鮮明化するだろう。宰相派につく議員の処遇を明確にしてもらわねば、堂々と反旗を翻すわけにはいかない」
「それは心配するな。抗争に勝利すれば我々側についたものは、政府高官に取り立てよう」
「必ずですよ……」
そう貴族議員の男はそう念を押した。表向きは無実の罪を着せて排除するが、議長側からすれば、自分たちへの挑戦と捉えるだろう。
対立はこれを機会に激化することは必死である。加担する以上は自分の人生をかけるだけに、処遇の問題ははっきりさせておく必要があるのだ。
「まずは奴の後ろ盾となる議長の動向だが……」
「議長は高齢だ。今は体調を崩し、屋敷にこもっておる。死ぬのも時間の問題だろう」
「死ねば議長派で後継者を巡って混乱するだろう。そこが奴を排除するチャンスだろう」
アウステルリッツ王国の貴族院議長アッバスは80を超える老人で、長く議会を牛耳っていた。そのために体調を崩して議長職を休んでいても、後を任せる人物をまだ決めていなかったのだ。
最有力候補は副議長のローベルト侯爵。有能でできる人物であるが、アッバス議長とは関係がよくないという噂であった。次の候補はアッバス議長の秘書官を務めるナイトハルト伯爵。議会派は2つの陣営に分かれている。
議長の後継者争いが起きるのは必死である。
「アッバス議長の死去の混乱に乗じて奴を排除する。司法省に働きかけて、奴を亜人勢力へのスパイ行為を行った罪で逮捕する」
「そのまま、簡略裁判で処刑。財産は没収」
「奴の一族は根絶やしにする……」
「一族とはいっても妻の家のマクドナル家は連座しないように。当主は一応、我ら宰相派だ」
「息子が一人おりましたな……。その子供はどうします?」
「ほっておけ。家や財産がなくなれば野たれ死ぬだろう。裕福な家のお坊ちゃんでは、下層社会を生き抜けまい」
「可哀そうに……」
「可哀そうなものか。武器商人は死の商人だ。武器は人を殺し、数多くの不幸を振りまく。そうやって得た金で贅沢をしてきたのだ。滅びて当然だ」
ここに集う5人の幹部もそれぞれぞれの立場で私利私欲を尽くし、多くの国民を不幸にしてきたことは全く気にしていない。
腐った権力者とは所詮、こういうものである。
「では……作戦決行は議長の死亡報告後に」
「抜かりなく。決行してからのスピードが命ですからな。この作戦は……」
そういうと5人は用意された作戦書を暖炉にくべて焼いた。原本を除き、複製は燃やす。証拠の隠滅である。
燃えていく表紙にはこう書かれていた。
『コンスタンツア家の滅亡計画について』




