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女神の提案

「な、なんだって……それはどういうこと!」

 聞きなれた甲高い女性の声が響く。

 鉄馬にはその声に主が誰か分かっていた。

 あの母親である。

 黒い喪服を着ているが、それが形ばかりだと鉄馬に分かっている。ここは鉄馬が依頼した法律事務所の部屋である。

「説明しましたとおりです。私は小田鉄馬氏の財産に関わる依頼を受けています。これが正式な文書です。鉄馬氏が残した預貯金130万2千円。投資信託及び株の評価額が3百万円。そして死亡保険金1千万円は私の管理下にあります」

「な、なにを言っている。息子の金は母親である私のものだ。赤の他人は口出しするな!」

 逆上したように母親は叫んだ。その目には狂気の色が浮かんでいる。

 しかし、鉄馬が生前に依頼した弁護士は淡々と要件を伝えた。

「鉄馬氏は全財産を児童養護施設の子供たちの奨学金に充てるよう遺言を残しています」

「な、なんだって?」

「全額寄付です。今、その手続きを行っているところです」

「な……嘘よ、そんなの嘘。あの子が私に逆らうはずがない。あんたが息子の財産を奪ったんだ。この悪徳弁護士、訴えてやる!」

 弁護士はこうなることを予想していたので、パンパンと手を叩いて警備員を呼んだ。不当要求を理由に事務所から追い出すのだ。従わなければ、警察に突き出すことになる。

「小田さん、言っておきますが、鉄馬氏に関する一切のことにあなたは口出しする権利はありません。遺言はあっても遺留分というものが認められておりますが、あなたにはそれをもらう権利もありませんよ」

「……ど、どういうことよ」

 弁護士は紙を見せた。それは生前贈与をするので遺留分を放棄するという誓約書である。それに母親のサインと印が押してある。

「あなたは鉄馬氏からお金を受け取っていましたよね。全部で50万円ほど。それが生前贈与となります。あなたはそれを受け取る代わりに遺留分を放棄するとご自分でサインと印を押していますね。以上となります」

「そ、そんな……」

「あ、一応、鉄馬氏が最後に手にしていたカバンの中身があります。これは財産と言うより、思い出の品になりますので、あなたが受け取ってもらってもかまいません」

 そう弁護士は淡々と話してテーブルを指さした。そこには古ぼけたディーバック。その中に入っていた中身が並べられている。

 そこには着古した服や靴下が詰められていた。そこにはいつも身に着けていた12面サイコロのペンダントはない。

 鉄馬がコレクションしていたレプリカの武器も遺言で友人のコレクターへ贈与となっていたから、それを売ることすらできなかった。

 愛情深い母親ならば着古した服でも思い出になるだろう。それを抱きしめて涙を流すだろう。しかし、この鬼婆の反応は違った。

 母親は紙を食い入るように見て、そして口から泡を吹き始めてその場で倒れたのだ。

慌てて弁護士が救急車を呼ぶがもう手遅れであった。

 あまりの悔しさによる憤死であった。

「ざまあ、見晒せ、クソババア!」

 鉄馬はそう叫んで軽快に笑った。

 これほど気分がいいことはない。

 愛する武器のコレクションもネットで知り合った友人一人一人に遺言で形見分けしている。どれも大切にしてくれるはずだ。もう思い残すことはない。

「さらば……。嫌な人生だったけど、最後はすっきりしたわ。次に生まれ変わるなら、もっとまともな親のところに生まれたい。可能ならばだけど」

 鉄馬はそう言い目を閉じた。永遠に目覚めることのない眠りへ突入した……はずだった。

 しかし、目を開けるとそこは白い世界。

 目の前には見たこともないような美しい少女が椅子に座っている。

 彫刻のように整った顔立ち。金色に輝く長い髪。コバルトブルーの大きな瞳。アニメに出てくるヒロイン顔である。

 しかし、女嫌いを自称している鉄馬はそんな美少女を見ても気にも留めない。

 それよりもその少女が右手に持っている武器が気になった。

(ハルベルト……ありゃ、ルネサンス時代の逸品だな)

 そんなことを考えている。ハルベルトは斧のような刃とその反対方向には尖った刃。そして突くための切っ先を備えた万能な鉾槍である。白兵戦が主体であった中世ヨーロッパの歩兵の主力武器であった。

「鉄馬さん……。気の毒に最後までクズママのせいで悲惨な人生だったわね」

 そうハルベルトを苦も無く持っている少女ははずむような口調で言った。人の不幸を馬鹿にしているような失礼な言い方だ。

やっぱり女はダメだ。この美少女を見て、鉄馬は改めてそう思った。

「あんたは誰だよ。人の人生を悲惨とか言うなよ。確かに幸福じゃなかったよ。でも、最後にあのクソ女に復讐できた。それなりに楽しんだこともあったさ」

 鉄馬は自分が死んだのだと自覚していた。そしてこの偉そうな美少女が死んだ後の世界のなんらかの権力者であることも。

「そう。それはよかったわ。けれど、あなたには次に生まれ変わる時に少し配慮をしてあげましょうと思ったのです。可哀そうだから……」

「同情されるのは迷惑だ」

 鉄馬は心の底から迷惑だと思った。こういう場合、ほっといてもらった方が面倒に巻き込まれなくて済むというものだ。

「あら、あなたは思ったはずよ。もっと幸福な家に生まれたかったと。6歳のあなたはいつも考えていた。アパートの向かいの豪邸に住む男の子と自分が入れ替わっていればなあとか……」

「……あんたは神様かなにかかい?」

 確かに小さい頃の鉄馬はそう考えたこともあった。施設にいる時も小学校でやさしそうな母親が、授業参観や運動会に来るのがうらやましいと思ったこともあった。

「はい、そうです。私は転生の女神です。おっほん……」

 なんだか偉そうにその自称女神は言った。

「あ、そう……」

 鉄馬はそう流した。なんだかこの美少女もクズのような気がする。いわゆる駄女神って奴だ。

女神は鉄馬のその反応に少々不快に思ったようだった。ちょっと顔が曇ったが言葉を続ける。

「あなた次に生まれ変わった時もクズ親のところに生まれて苦労したいの?」

「それはごめんだ。次は普通の家庭にしてくれ」

 即答である。そしてこのような状況からすぐに逃れたいと鉄馬は思っていた。面倒なことに巻き込まれつつある自分を何とか救出したい一心だ。

「あら、今、希望を言わないと適当にこれにするわよ。どれどれ……ああ、田舎の貧農の10番目の子ども。口減らしにすぐに川に捨てられるわね。ジ・エンド」

 自称女神は自分の手のひらに浮かんだ光のカードを読んだ。本当にそう書いてあるか疑わしいが、そもそも手のひらに光るカードが浮かぶこと自体、現実にはありえない。

「それは冷たいからやめてくれ」

 鉄馬はそう拒否する。カードは一瞬で消えた。

「じゃあ、要望して」

「だから、普通の家で……」

「あなた貴族のお姫様がお母さんだったらいいと思わない?」

 この自称女神いや、駄神。駄女神と呼ぼう。駄女神は全然人の話を聞かない。自分のペースで話をもっていこうとする。

 鉄馬は職業柄、いろんな人間と話してきた経験から、こういう輩はまず話に乗っかっていくしかないと考えた。

「なんだそりゃ。ファンタジーかよ」

「そうファンタジー。いわゆる親ガチャよ。当たりを引きたくないですか。どうですか。美しいお姫様がお母さま。そして家はとてつもなく大金持ち」

「それで俺自身は無能の白豚坊ちゃんか?」

 鉄馬は騙されない。昔話やファンタジー小説で出てくる神様というのは、人間に施しを与えるがそれは無償でない。ほとんどの場合、代償を要求する。

 人間はその代償で最後は悲惨な目に合うのだ。神様を頼ることは、最後にバッドエンドを確定させるようなものであるというのが、鉄馬の考えだ。

(ちっ……)

 鉄馬の質問に駄女神が舌打ちをしたのを鉄馬は聞き逃さなかった。

やはり、油断はできない。

「……それでは、あなたにもチートな力を与えましょう」

 鉄馬が乗ってこないので駄女神は条件を付け加えてきた。どうやら、鉄馬の同意がないと、この駄女神は事を運べないらしい。

 これは利用するしかないと鉄馬は考え直した。この駄女神ならば、プロのセールストークをもつ鉄馬なら、知らず知らずのうちに有利な条件を飲むだろう。

 鉄馬は駄女神の提案を積極的に受け入れる方針に転換した。方針転換と悪だくみは顔には出さず、平然と答えた。

「ほう……チート能力ね」

 神が転生者にチートな力を与える。これはよくある話だ。そしてチート能力を与えられた者が不幸になる例は小説や漫画ではない。そりゃそうだ。そういう世界では主人公だからだ。

 しかし、今はそんな都合のよい世界ではない。喜んで食いつくのはまだ早い。

(ここからが勝負だな……)

 鉄馬はこの駄女神が自分をはめようとして、墓穴を掘ったと考えた。きっと、適当な力を与えて、鉄馬にとんでもないことを代償に要求してくるのだろう。

(ならば、こっちにも考えがある……)

 敏腕保険営業マンをなめるなよと思った。この駄女神をはめてやる。

 (コホン……)鉄馬はわざとらしく咳をした。興味をもったという合図だ。

「生まれる場所で下駄をはかせてもらって、さらに自分にチート能力。いいね。前世は不幸だったから、次は多少チートでも許されるというわけだ」

「ふふふ……まあね。だけど、それだから幸福とは限らないわよ」

「それは分かっているさ。しょせん人生は自分で切り開くものだ」

「なんだか、つまわないわね。人生を悟ったような感じで」

「前の人生で嫌と言うほど悟ったからな。それで美しい女神様はそんな力を俺に与えてくれるのか?」

「はい。可能ですよ」

 鉄馬が(美しい)と形容したので駄女神は笑顔である。やはりちょろい。

(よし……)

 鉄馬は話がスムーズに進んできたことに感謝した。ここから要求をしていく。

「じゃあ、そのチート能力って奴、いくつくれるのだ?」

「は?」

 やはり駄女神だ。鉄馬の切り返しに頭が混乱しているようだ。

こんなことを要求する人間が今までいなかったようだ。

「いくつって……1つに決まっているじゃない」

「え~っ。そんなケチな。そんな条件を飲むバカはいないだろう?」

 鉄馬はわざとおどけたように言った。バカにしたような言い方だ。これには女神もプライドを傷つけられたようだ。

「ケチとは失礼な。チート能力は1つでも絶大な力。それを複数なんて贅沢すぎます」

「ではこうしないか。ここにサイコロがある」

 鉄馬は首にかけたペンダントを取り出した。あの12面のサイコロである。生前に身に着けていた格好だったから、これも首にかかっていた。

これは普通のサイコロではない。12面体の特殊なサイコロだ。鉄馬は駄女神に気づかれないようにそれをカチカチと回した。

「これを振って与えるチート力を決めないか?」

「ギャンブルですか?」

 駄女神はそう言ったが顔は興味津々である。(かかった)と鉄馬は思ったが顔には出さない。

(女神と自称してもやはり女。女は愚かだ……)

 鉄馬はギャンブルのルールを説明する。

「1~12の数がある。これで決めようじゃないか?」

「……いいでしょう。しかし、あなたの目論見は見破っています。すでにこの提案をしたところで1以上になる確率は12分の11です。あなたとしては、損はしないのでしょう?」

「よく分かっているじゃないか」

 鉄馬はにやりと笑った。

 さすがにそれも分からない程の間抜けではないようだ。

しかし鉄馬の狙いはそんなものではない。駄女神は全く気付いていないようだ。

(やはりこの女、頭が悪い。これは軽く騙せそうだな)

 鉄馬は自分の話術の罠に迷い込んだ自称女神に心の中では、笑っていたが表情には一切表さない。

「ふふふ……。あなたはやはり面白いわ。いいでしょう。複数のチート能力を与えるのも一興よ。まさか都合よく12とか出ると思っていて?」

 駄女神はそう言って笑う。鉄馬にはそんな力はないと思っているようだ。これまでの鉄馬の人生を考えれば当然だ。もってない男、それが鉄馬だ。

(持ってないからこそ、チャンスは自分で掴むのさ!)

 神頼みなんてことはしない。これまでの人生は自分で切り開いてきた。今もそうである。

「さあね。そこまでは期待していない。1以外なら俺は損をしないからな」

 鉄馬はわざとそう言った。本当の狙いから駄女神の意識をそらすためだ。

「いいでしょう。あなたのチート能力の数。そのサイコロで決めましょう。但し、こうしましょう。いくらなんでもあなたが有利すぎます。奇数が出たら与える力はなしとします。偶数ならばその数としましょう。つまり、得する可能性は50%。それならやりましょう」

 さすがに駄女神でも一方的に人間が有利な条件は飲まない。鉄馬は仕方なさそうに頷いた。しかし本心は違う。(この駄女神、ちょろいぜ)そう思っている。 

何も問題がない。この駄女神は、もう鉄馬の罠にかかっている。

「仕方がない。じゃあ、その条件でいい。リスクは負わねば運は開けない」

「ほほほほっ……。その覚悟は買いましょう。それでは振りなさい」

 鉄馬は鎖からサイコロを外した。それを振る。

 コロコロと転がったサイコロはやがて止まった。

 数字を見て駄女神は目を見開いた。

「うそ!」

 12である。駄女神は思わず唸った。

 鉄馬も驚いた振りをした。でも内心は(してやったり!)である。なぜなら、この12面サイコロは、少し回せば思い通りの目を出せるイカサマサイコロなのだ。

 カチカチと動かすと必ず12に止まるのだ。それをしなければ、単なる12面サイコロである。

「……神様が約束を破るというとはしないよな。ましてやこの世とも思えない美しい女神さまが、そんな汚くてずるくて醜いことを言うわけがないよな?」

 鉄馬は念を押した。駄女神の顔は汗がたらたらと流れている。

「も、もちろんよ……私は美しい女神ですから。あなたに12のチート能力を与えますわ」

「じゃあ、よろしく」

 駄女神は観念したようだ。

「……では親ガチャはSSレア。チート能力は12個。では参ります!」

 そういうと少女は手にしたハルバートを鉄馬の頭に振り下ろした。

「ち、ちょっと、待て!」

 鉄馬は叫ぶ。まさか殺されるとは思わなかった。

しかし、なぜか鉄馬の体は鉛のように動かない。これでは避けられない。

「うああああああっ~」

 頭がトマトのようにぐしゃりと潰れ、鉄馬は真っ二つになった。

 一瞬であった。記憶が全て飛ぶ。

(やっぱり、女はクズだ)


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