正しいアイスクリームの食べ方
「人種の違いだけで人間扱いしないとは、この社会はクソだな」
ベルにしては育ちの良さを台無しにする発言だ。シャーリーズは目を丸くした。そんなことをあからさまに口にするバルカ人は見たことがない。
「私たちクトルフの民は数十年前に国を滅ぼされ、今は国々を流浪している民族。どこでも差別されて、虐げられています。でも、まだ2級市民だけいい方です。コボルト族やゴブリン族などは魔族と言われて人間扱いすらしてくれません」
シャーリーズの言葉は本当だ。コボルト族というのは犬耳をもった獣人族。ゴブリン族は額に小さな角をもつ鬼族の仲間。いずれも小柄で力も弱い。見た目は少し違うが、全体の容姿は人間とそんなに変わらない。
知性も人間と大して変わらない。遅れているのは文明くらいだ。そのために人間に侵略され、住んでいた森を追われている。狩猟で暮らす生活のために、食糧不足から多くの命が失われている。
他にも人間と容姿が異なるという理由で追われ、迫害されてバルカ人の町に出入りできない民族は多い。
町で暮らせるのは支配民族であるバルカ人。そしてバルカ人に忠誠を誓ったクトルフ人やウイカル人などの2級市民。そして奴隷として仕えるルーン人。
ルーン人は耳が長い人族で、ベルから見ればエルフと呼べる民族である。魔力が強い者が多く、大昔には大帝国を作っていたが滅ぼされて、散り散りになっている。
「みんな同じ世界で生きている人間なのに、こういう差別は不愉快だな」
ベルは素直にそう思った。転生前の教育で多様性とか、助け合いとかを学校で繰り返し学んだ。それでも人間の根っこには他者を貶める黒い心がある。中にはそれを制御できない悪人も出る。
そして黒い心があれば、白い心もある。ベルが感じたような差別に対する気持ち悪さがそれにあたる。大半の人間はそういう感じを受けるものだ。
しかし、社会の風潮はそういう人間の良さを黒く塗りつぶす。差別が当たり前のように行われていると、それがあたかも正しいかのように錯覚する。
貴族の差別意識はともかく、バルカ族の町の住人もどこか2級市民や3級市民には上から目線の態度が目に付く。
(こういうふざけた社会は正されるべきだ……)
ふと考えが浮かんだ。
(いやいや……)
ベルは柄じゃないと首を振った。
それは政治家にでもなって、この国や世界を変えることだ。
膨大な時間を費やすことになるだろう。それができる才能があるとも思えない。転生前に女神からもらった12のタレントは世界を変えるようなものではなさそうだ。
今のところ、「武器の創造主」「銃神の力」「解離奈有」「緊急回避」の4つが判明している。どれも個人的な力にとどまり、世界を変える力はない。
せいぜい、悪さをする貴族の坊ちゃまに天誅を下す程度である。
「シャーリー、馬車に乗れ。アイスクリームを一緒に食べよう」
ベルはそうシャーリーズに命じた。シャーリーズは意外そうに目を見開いた。
馬車で迎えに来るときもシャーリーズは御者台に座っている。それが馬車の中に来いという命令だ。
「しかし、わたしは護衛です。ご主人と一緒の馬車に乗るなんて……」
「一緒に乗らないとアイスクリームは食べられないだろう」
「え?」
ここでシャーリーズは理解した。アイスクリームを2個買ってこいと言ったのは、1個がシャーリーズのためだったのだ。
「御者台では振動で食べられないだろう。それに護衛なら一緒に馬車に乗っていた方が対応しやすいだろう」
「それもそうですが……にゃん」
御者台に座っていた方が外部からの襲撃には対応しやすい。しかし、状況によっては主人の身代わりになれるように身近に控えていた方がよいこともある。
シャーリーズは手に持っているアイスクリームを見る。今まで知ってはいたが食べたことはなかった。1つはバニラアイスで白い。もう一つはチョコレートが入った褐色の色である。
ベルは馬車を近くに呼ぶとシャーリーズと一緒に乗る。さっそく、シャーリーズが買ってきたアイスクリームを食べる。
「美味しいですわね」
クロコはベルのアイスクリームを舐める。シャーリーズにはクロコは見えないが、急にアイスクリームがなくなると驚くので、ベルの口元で食べている。これならまるでベルが食べたように見えなくもない。
(美味しい……)
シャーリーズも初めての味に思わず感動した。自分の食べているのはバニラのアイスクリームである。
アイスクリームのことは知っていたが、今まで食べる機会はなかった。これが初めての体験だ。そもそも甘いお菓子を食べた経験がない。
「こっちも食べていいぞ」
ベルは自分が舐めたチョコレートアイスをシャーリーズに差し出した。シャーリーズは一瞬ためらう。
(こ、これって間接キスよね……それに2級市民のクトルフ人と食べ物を分け合うなんて……)
間接キスの相手がベルなのもためらう理由であるが、人種差別的から来る遠慮がシャーリーズにはある。刷り込まれた意識である。
「チョコレートの方も美味しいぞ。それにシャーリーのも僕にくれよ」
そういうとベルは、シャーリーズの持っているバニラアイスをぺろりと舐める。全く気にしていない。何だかシャーリーズはうれしくなった。
「では……」
シャーリーズは身を乗り出し、ベルの持っているチョコレートアイスを舐めた。チョコレートのコクのある甘味が口いっぱいに広がる。これも美味しい。
思わずペロペロと繰り返し舐めてしまった。それをニコニコして見ているベル。
「あっ……すみません……にゃ」
「別にいい。アイスクリームを食べたのは初めてか?」
「……はい……にゃ」
「じゃあ、これも食べるがいい」
そういうとベルは自分が持っていたチョコレートアイスを手渡す。両手にアイスクリームをもったシャーリーズは戸惑う。
「早くしないと、溶けてしまうぞ」
ベルがそう言う。確かに表面がてらてらと光り、ぬめぬめと下へ流れ始めている。慌ててシャーリーズはバニラアイスの表面を舐めとった。そして先ほど渡されたチョコレートも同様に舐める。
「ほれ、2つもあるのだ。一気にかぶりつけよ」
ベルに促されてシャーリーズの理性が吹き飛んだ。無我夢中で2つのアイスクリームにかぶりつく。
「ありゃりゃ……まるでお腹が減った子供みたいですわ」
クロコが残念そうに感想をもらす。シャーリーズが食べてしまったので、クロコは食べられない。
小さな子供のように食べたので、溶けたアイスクリームが口の周りにべったりとつき、さらにメイド服の胸元にもたれてしまった。ちょうど胸のぱっくり割れた場所で、シャーリーズの成長途上のたわわな胸の谷間にもこびりついている。
「あ……わたしとしたことが……にゃん」
食べ終わって気が付いたシャーリーズは、ポケットからハンカチを取り出そうとしたが、その手をベルが抑えた。
「下品な食べ方をしたメイドにお仕置きをしないといけないね。シャーリーじっとして」
「ベ、ベル様……何を……」
ベルはシャーリーの口の周りを舌で舐めまわした。
「うりゃりゃ……ベル様、変態行為ですわ」
クロコも驚くベルの行為。キスをするわけでもなく、シャーリーの口の周りを舌でぺろぺろと舐めると、次は顎から首筋へと進む。目的地はチョコレートアイスとバニラアイスがまじりあい、茶色と白のマーブル模様の溶けたアイス。
それはシャーリーズの胸の谷間にべっとりと付着していた。
「ベ、ベル様……そこは」
「ちゃんと舐めとらないとね」
「で、ですが……こんなことは……」
「お下品な食べ方をした罰だよ」
ベルは上目遣いでシャーリーズを見る。その顔はにやけて何だか気持ちが悪い。
「い、嫌~っ」
「ダメだね」
ベルは舌を高速回転させる。それで胸の谷間を拭き掃除する。
「はううううううううっ~」
中でそんなことが行われているとは知らず、人通りの多い大通りを馬車は進んでいくのであった。




