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積み重ね

 無事に所属部を決めたベルは部室を出て、キャンパス内を歩いている。

(本当に広いですわね)

 いつの間にかベルの肩にクロコが座っている。先ほどまで姿を消していた。口の周りにビスケットのクズがついているところを見ると、購買の試食品を食べていたようだ。

(あれ、あの女の子、ベル様を見つめているですわね。)

 クロコがそう指さした。ベルはその方向を見る。

(頭に黒い星が1つ回っているですわ)

 クロコはそう付け加えた。星が回っているということは、ベルの知り合いであることの証明だ。クロコは主人であるベルの知り合いの人間の好感度を視覚化できる。

 ほとんどが何もない状態。好感度が悪いと黒い星が見える。好感度がよいと赤いハートが見えるのだ。黒い星1つとは『嫌悪』の段階である。

「ペネロペじゃないか」

 ベルはクロコに言われなくても、その人物を知っている。孤児院にいた少女ペネロペである。ぺネロペの方もベルを見付けていたようである。

「あなたも大学に通っているの?」

 少し怒ったような口調でペネロペはベルに問いただした。嫌なものでも見たという顔だ。ならば無視すればよいが、黒い星が回っているくらいだから、何か嫌味でも言わないと腹の虫が収まらないのだろう。

 隣にはオレンジ髪で目の大きな可愛らしい少女がいる。ペネロペがこの学校で見つけた友達のようだ。

「ねえ、ペネロペ。この男の子はだあれ?」

 そうその友達は聞いた。ベルの見るからに高級そうな生地で作られたジェストコートを見て興味をもったようだ。

「マリア、こいつに近寄らない方がいいわ。こいつの体には冷たい油が流れているから」

 変な例えでベルをディスるペネロペ。マリアと呼ばれた少女は、人の好いペネロペが人様を悪く言うので目を丸くした。

「ペネロペのお友達ですか。僕はベルンハルト・コンスタンツアです」

 そういってベルはマリアの手を取る。そして手の甲に軽くキスをした。貴族の貴婦人に対するマナーである。

 そのスマートさにマリアは思わずうっとりとする。マリアもペネロペと同じ15歳。1歳上のベルに紳士的な態度を取られてマリアのベルへの好感度が上がった。にっこりと笑顔になる。

「わたしはマリア。マリア・コンコルド。ペネロペとは寮で同室なの」

「そうなの?」

 ベルはフレンドリーな口調でそう答えた。マリアは人の良さそうな感じなので、ペネロペには最適な同居人だろう。意地の悪い貴族のお姫様だったら、ペネロペのことを嫌悪して小間使いのように扱ったかもしれない。

「ペネロペ、いい人じゃない。冷たい油が流れているとは思えないけれど?」

 ベルと自己紹介をしたマリアはそうペネロペに話す。

「そうですよ。僕はいい人ですよ」

「いい人じゃない!」

 ペネロペはすぐに否定する。ベルはやれやれと言ったように両手を小さく上げた。

「それにしても、君がこんな金持ちの子供しか入学できない学校になんで通っているの?」

 ベル自身がペネロペの学費を出しているのに、すっとぼけてそう聞いた。

「親切な方が私の才能を見込んでお金を出してくださったの。あなたのような人間より、ずっとお金の使い方を知っている方よ」

 ペネロペは隠さずにそう答えた。友達のマリアには自分の境遇を話してあるから、別に知られてもよいのだ。

「ふ~ん。才能ねえ……。世の中には珍しい人もいるものだ」

 わざとと憎まれ口を叩くベル。ペネロペはますます腹を立てる。

「あなたなんかにあの方の悪口を言うことは許さないわ!」

「君は才能とかいうけれど、才能だけじゃやっていけないよ」

 ベルはそう言った。確信を突かれて、思わずペネロペは口をつぐんだ。

 それはペネロペも感じていた。音楽は才能だけではだめだ。基礎技術の積み重ねも重要な要素。隣のマリアも3歳の頃から専門家について技術を習得している。

 それに比べて、ペネロペは歌手だった母親の手ほどきを遊びがてらに受けただけである。基礎技術のレベルが違い過ぎる。

 実際今日1日の授業だけで自分の基礎力のなさを痛感した。同じクラスの生徒はほとんど音楽の基礎は習得している。このハンディキャップは大きい。

「そんなことは分かっているわ。私には基礎がない。だから他の生徒よりも努力しないといけない。ついて行くことすらできないわ」

「分かっているのならいいけどね。お金を出してくれた親切な人の期待を裏切らないように」

「分かっているわ。リットリオのおじさまはいつも私のことを見ていてくださるの。私はおじさまの期待には応える!」

 そうペネロペは叫ぶ。あまりに大きい声であったので周りの生徒の視線が集まる。それを感じたのかペネロペは顔を赤くしてマリアの背中に隠れる。

「リットリオのおじさまね。はいはい。じゃあ、頑張ってね。妖精の歌姫さん」

 ベルはそう茶化すように言った。「妖精の……」とペネロペを例えたのは、有名な歌劇の妖精の名前が『ペネロペ』という名前なのだ。それを知っていることは歌劇に知識があるということである。

 ペネロペは本名を隠している。自分の命を狙っているものがいるかもしれないからだ。そのおかげか幸い、ここまで怖い思いをしたことはない。

「ふん。大きなお世話です。もう二度とあなたに会わないように神様にお願いしたいくらいです」

 ペネロペはそう憎まれ口を叩いたが、マリアはその様子を見てニヤニヤしている。どうやらマリアは誤解をしたようだ。

(喧嘩をする仲ほど実は仲が良いとお父様は言っていたけれど……こういうことなのね)

 勝手にそう解釈しているようだ。プンプンと怒って歩くペネロペとは違い、去り際にベルを見てペコリと頭を下げたのであった。

「くくく……。ベル様が支援していることも知らないとは。あの子、正真正銘、ベル様のこと嫌っているですわ。ベル様も意地が悪いですわね」

 クロコはそう感想を漏らした。もちろん、クロコもベルが身分を隠してペネロペを援助していることは知っている。

「知っているのは僕だけと考えるだけで、ちょっと嬉しくなるのはどうしてだろうなあ。この遊びは新感覚だよ」

「ベル様……。なんだかゲス臭がしますですわ」

 クロコはそう感想をもらした。この見た目は屈託のない笑顔の少年。一目見たものは育ちの良い、心が純粋な男の子だと思うだろう。

 しかし、正体はゲス少年である。年齢に合わないゲスっぷりに邪妖精を名乗っているクロコも呆れるくらいだ。


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