現代造形部
「リットリオのおじさまね……」
ベルは戻ってきたベンジャミンから報告を受ける。そしてペネロペが書いた手紙も受け取る。手紙を読むと丁寧な感謝の気持ちが綴られていた。ベルは何だか読むだけで心がうきうきしてくる。
人をだましながら良いことをする体験は今までしたことがない。しかも、ベル自身はペネロペに嫌われているのだ。この相反する立場は思ったよりも楽しい。
「セントフォース音楽院は僕が通う学校の敷地の隣にあったよね?」
ベルはそう確認した。ベンジャミンは頷く。
ベルは王立大学の1つであるフック工学大学に行く予定だ。セントフォース音楽院は同じ敷地内にある。そもそも王立大学は複数の学校の集合体であるから、大学等の教育機関は、おおよそ1つのエリアにまとめられており、広大な敷地にそれぞれの建物が建っている。
学生も多いし、専攻科が違うのでペネロペと会う確率はそうそうないが、それでも出会う確率はないわけではない。
「これは面白くなってきたぞ……」
ベルが編入したフック工学大学は、王立大学の中でも理系科目を研究するところで、国中の秀才が集まっている。
ベルは入学試験に問題なく合格。ある程度できれば、あとはお金がものをいうのであるが、小さい頃より英才教育を受けてきたベルには実力でも問題なく合格できた。
工科大学での勉強は、午前中は基礎学問。数学、物理、化学、国語、外国語などの一般教養の修得。午後は自分に興味のある学習を選択する。ベルは金属加工技術と化学の基礎講座を選択した。
そして午後は3時から課外活動の時間である。これは生徒が興味のあるスポーツや文化芸術のクラブに所属し、活動を楽しむ時間だ。
ベルはいくつかのクラブを見たがどれも興味がわかない。スポーツをする気にもならないし、興味のわく文化部もない。そもそもここの生徒はほとんど裕福であるから、みんな趣味を楽しむことに興じている。
(興味のある趣味というなら、あれしかない!)
生前のベルは武器オタクであった。古今東西のあらゆる武器について調べ、そのレプリカを集めて眺める。それが至福であった。
しかし、そんなクラブは見たところなさそうだ。ないなら自分で作る手もあるが、それには5人以上の部員と顧問教師が必要なのだ。ハードルはすこぶる高い。
(となると既存のクラブで似たような活動をしているところに入り込む……)
よくある手だ。漫画やラノベの学園物での上等手段である。
条件は活動自体が解釈すればベルがやりたいことができそうな内容であること。2つ目は部員が少ないこと。3つ目は部長があまりやり手でないこと。この3つである。
活動内容がまったく違えば、「それは違うだろ」と言われて乗っ取りが無効になるだろうし、部員が多いとベルが排斥される。部長がやり手でも同じだ。
そしてその条件にあてはまる部を見付けた。
『現代造形部』である。
科学実験や物理実験が主体の研究開発部は人気のクラブで、30人を超える部員を抱えているが、この『現代造形部』は同じ研究系でも、変わったものを制作して研究している。金属や木、布等を組み合わせて、意味不明の造形物を作っているのだ。いわゆる変な発明をしているのだ。
しかも部員はたったの4名。4名というのがみそで、ベルが加入しないと今年で廃部になってしまうのだ。
部長も眼鏡をかけ、ストレートヘアのおかっぱ頭の4年生の男。見た感じ、気が弱そうだ。他の部員も同じような感じ。但し、このヘンテコな美術品を制作するだけあって、みんなどこか変わった個性をもっていそうだ。
密かに観察していたベルは、入部しようと現代造形部の部室を訪れた。部室は学院の部室棟から離れた林の中にぽつんと立っている小屋である。広さは十分であるが、こんなところに隔離されているのは、クラブの中で浮いた存在であることを物語っていた。
小屋の周りには部員が捜索した意味不明の発明品が置いてある。転生者のベルが見ても理解できない先鋭的なもののように感じる。
「あの~」
ベルがドアを開けると四角いテーブルで4人の部員が話し合いをしている最中であった。移動黒板に『現代造形部の存続問題について』と重い議題が書いてある。そして「新入部員不足をどう解決するか」とあり、あとは何も書いていない。
きっと議論が煮詰まったのだろう。
「君は?」
ストレートおかっぱ頭の眼鏡男が立ち上がって、ベル聞いてきた。顔には笑顔が戻りつつあり、明らかに期待している。
「ベルンハルトと言います。この度、入学することができました。この部に入部希望です」
一瞬だけシーンと部屋に静寂が漂った。そしてその後に全員が立ちあがった。
「やった!」
「入部希望者!」
「これで存続できる!」
中には手を取り合って喜ぶ部員もいる。
おかっぱ頭の少年が右手を差し出して自己紹介した。
「僕はロイス・ノア。17歳、3年生。この部の部長を務めている」
ベルが調べた通りであった。ロイス・ノアは下級貴族の子供でノア家は准男爵である。
「私はクロエ・ジェノビア。16歳、2年生よ」
そう言ったのは紅一点の女子部員。短い銀色の短髪にくたびれたベレー帽。声で女子とは分かるが、着ている服は女子らしくない。デニム地のつなぎを着ており、それもペンキで汚れている。ちなみにジェノビア家は伯爵家でクロエは貴族令嬢という立場だが、そういうお姫様的な様子は全くない。
「ボクはルーベンス・ボッシュ。君と同じ15歳、1年生だよ」
そう紹介した少年。ボッシュ家は銀行家でいかにも育ちの良い感じであるが、持っているのは魔法使いの格好をした女の子の人形。まるでアニメキャラのフィギュアのようだ。どうやらこういう類の人形作りが彼の趣味らしい。
「お、おいどん……は、ベノン・ブラームスだす……」
頭が赤毛のもじゃもじゃの天然パーマ。年は15歳で部長のロイスと同じ。田舎の大地主の息子である。田舎育ちなので言葉に訛りが強く、どうやらコミュニケーションは苦手のようだ。
少し変わった少年であるが、ベルは彼の持っている金属でできた物体には興味がわいた。
それは歯車を組み合わせた時計。手のひらに乗る小さな時計である。このベノンという少年は金属を削って歯車を作り、それを組み合わせて機械を作ることが得意なようだ。
(これは使える才能だ……)
ベルはそう思った。ベルが作りたいのは拳銃。それは弾丸を発射するのに精密な機工が必要なのだ。きっとベノンという少年のタレントが金属加工に関係したものなのだろうとベルは思った。
「改めましてベルンハルト・コンスタンツアと言います」
ベルは改めて自己紹介した。大学での専攻と選択科目を挙げる。みんなベルの姓を聞いて驚いた。この国では5本の指に入るであろう富豪の家である。コンスタンツア家の跡継ぎがフック工学大学に入ったことは噂になっていた。
「コンスタンツアというと、あの穀物商の?」
部長のロイスがそう確認しねた。ベルはゆっくりと頷く。
「すごい、億万長者じゃない!?」
ペンキで汚れた指で鼻の下をごしごしする伯爵令嬢。やっぱりお姫様らしくない。
「確かに家は裕福ですが、それは関係ありません。みなさんの家も貴族だったり、裕福な官吏だったり、軍人だったりするのでしょう?」
そうベルは言った。この世界は身分制度があるし、人種差別も普通にある。この大学も入学できるのは上級市民であるバルカ人だけである。転生前の歴史でいえば、中世の封建制度の真っただ中なのである。
「そうだね。この部は特にそういうのはない気風なんだ。貴族とか平民とか、お金持ちとか貧しいとかは関係ないよ」
そうロイスは自慢した。ロイスがそういうのも他のクラブでは、貴族の子弟が威張り散らし、平民の部員に命令しているところもあるからだ。
それはベルも見学で見ている。とある貴族出身者のクラブの部長は、入部希望者が平民だとあからさまに嫌な顔をした。また、見学場所も貴族と平民で分けているところもあった。貴族階級でさえ、上級貴族と下級貴族ではあからさまに差別をしているところもある。
学校では身分で区別することを禁じているのであるが、実際は生徒の考え次第で運用は異なるらしい。
「今日からよろしくお願いします」
ベルはそう言って頭を下げた。
「ベル君はここでどういう作品を作るの?」
そうロイス部長が聞いてきた。みんな自分の作品にだけ興味がある変人ばかりかと思ったが、意外とそうではなさそうだ。
「実は……」
ベルはそういうと巻いてあった設計図を広げた。そして鍛冶屋に発注してあった金属部品を箱から取り出す。先日、ベルが指定した形になんとか整えて納品されたのだ。
「なんだ、これ?」
同じ歳のルーベンスが興味深そうに見る。クロエとロイスも興味をもったようだが、もっとも食いついたのはベノンである。もっさりとした鈍重な雰囲気の少年だが、ベルの示した設計図と金属部品を見て食いついた。
「こ、これはどんな機械だす?」
この少年訛りとドモリがあるが、コミュニケーションすることは嫌いではないらしい。
「これは銃です」
「銃?」
みんな不思議そうな顔で繰り返した。
「火薬を爆発させて金属の弾を撃ち出す武器です」
「武器?」
ロイスが嫌な顔をした。のんびりとした感じの彼は見た目のとおり、平和主義なのであろう。武器とはあまり関わりたくなさそうだ。
「魔法とは違うの?」
ルーベンスは武器と聞いてベノンと同じく食いついてくる。
「魔法が使えない人でも金属の弾を撃ちだして、敵をやっつけることができるものです。まだ試作する段階ですが……」
ベルは特に才能を期待するベノンの前で、金属パーツを組み立てる。ベルのタレントである『武器の創造主』は、武器の作り方や武器の知識を持ち主もたらす。本当は強力なM1ライフルの作り方も知っているが、この世界の科学技術では再現ができない。
まずは構造が単純なリボルバーのハンドガンを作ることを目標としていた。それでさえもこの科学が遅れた異世界ではハードルが高い。
金属を止めるネジでさえ、簡単にはできないのだ。それに金属の強度の問題もある。鉄に炭素を混ぜて作る炭素鋼はこの世界でもある。
鉄というが、鉄100%では軟らかすぎて物を作る素材としては不適切である。炭素を0.02%~1.7%ほど加えた炭素鋼にするとある程度の強度を保ちながら、加工しやすい軟らかさを備える炭素鋼になる。
腕の良い鍛冶職人はこの割合を長年の勘と伝承で身に着けており、剣や鎧などの武器に利用されていた。
ベルはそういう腕の良い鍛冶職人にお金を積み、監修をすることでこの銃の部品を作らせたのだ。
カチャ、カチャと注文してできたパーツで、リボルバー銃を組み立てていく。やがてそれは完成した。細かい部品バーデンの要求したとおりに作った鍛冶屋の腕は大したものだ。
しかし、これはモデルガンに過ぎない。形だけである。実際に実弾を込めて発射したら金属の強度がたらず壊れてしまう可能性があった。さらにいえば、弾丸ができていない。その開発はこれからなのだ。
「面白いだす……弾というのはこの穴に入るものだすか?」
ベノンが指を指して質問する。リボルバーは回転式のパーツに6個の円筒形の穴が入っている。それに弾頭のついた火薬入りの薬きょうを詰め、撃鉄で弾の後ろを撃鉄で叩いて爆発させる仕組みだ。
その勢いで弾頭が飛んで目標物に命中するのだ。
(ここからが難しい……)
正直な話、この世界に適した銃なら、まずは火縄銃やマスケット銃から作ればよかったとベルは思った。いきなりリバルバー式のハンドガンを作るのはハードルが高すぎる。
何しろ、黒色火薬を使って銃口から詰める方式の銃とは違い、今作ろうとしているのは、雷管を備えた弾丸を作るのだ。
しかし、作ることができればベルには相当に役立つ武器になる。なにしろ、ベルには攻撃手段がないのだ。それに自分に付与されたタレント『銃神の力』は銃があれば無敵になれるのである。
「まだこれは試作品です。実際に弾が出るようにするには実験を繰り返すしかありません」
「なるほどね。まあ、武器も考えようによっては立派な発明品といってもよいからね。この部は発明という点では自由だから、所属してくれればそれを作ってもいいよ」
そうロイスは許可してくれた。なにしろ、年度初めに5名の定員が揃っていないと即廃部となってしまうから、ベルが入部するかどうかは大きいのだ。
ベルとしても放課後に銃を作る場所が確保できる。屋敷で作るとある父のアーレフの耳に入ってしまうだろう。
「武器の創造主」というタレントに理解を示した父であったが、武器作りを許可するとは思えなかった。なにしろ、ベルの家は穀物商なのだ。武器とは疎遠な家であることには違いない。




