ボディーガード
ドアを開けて2人の人物が入って来る。一人は筋肉隆々の肉体に鉄製の胸当てをした戦士。年齢は40歳くらいだろうか。恐ろしく強そうな男である。鎧からはみ出た肉体は褐色である。
それはベルたちバルカ族ではない異民族を示していた。
異民族……おそらくクトルフ人だろう。クトルフ人は優れた運動能力と強靭な体躯を生かして傭兵になる者が多かった。この男も傭兵だろう。傭兵といっても、貴族や金持ちの私設の護衛役を引き受ける仕事だ。
この国ではバルカ人の次に多いが、被征服民なので2級市民として様々なところで差別されていた。最近の戦争は魔族を相手にしていたが、このクトルフ人の反対勢力も魔族に加担していたとされる。
オージンはそういう勢力とは違い、バルカ人がつくる国に忠誠を誓って、生きている大多数のクトルフ人である。
「彼は最近雇い入れた屋敷の警備隊長になる、オージン・セイロン殿だ。そして後ろにいるのが……」
アーレフの言葉に大男の後ろに隠れていた人物がひょっこりと顔を出す。同じく褐色の肌を女性用の鉄の胸当てと丈夫な繊維で作られた防御力の高いショートパンツで武装した少女だ。
「わしの娘でシャーリーズといいます。今日からベル様のボディガードをさせてもらいます。わしはアーレフ様の専属護衛となります」
アーレフの代わりにオージンがそう紹介した。これはベルも聞いていた。先日、王都の外で武装集団にアーレフの馬車が襲われた事件があった。
その時もボディガードは雇っていたが、その武装集団は強く、ボディガード隊は全滅。絶体絶命というときに、このオージンが助けてくれたという。
オージンは一人でこの武装集団を蹴散らし、見事、アーレフを助けたのだ。傭兵稼業をしていたオージンは、戦争が終わって失業。職を求めてこのアウステルリッツ王国の王都のギルドへやって来たのだ。
ベルは若干、引っかかることがあるなと思ったが、父のアーレフの人を見る目は確かだからベルもそれ以上は考えなかった。
それにアーレフはクトルフ人を差別しない。自分の商会でもクトルフ人や亜人種、魔族まで雇っているくらいだ。能力があれば、だれでも雇う。
(ベル様、この少女、ベル様に対して悪意の塊ですわね)
(どこ行っていたクロコ?)
ベルは突然現れたクロコに心の声で尋ねる。いつも一緒にいるのにいなかったのは、調理場でチョコクッキーをつまみ食いしていたのだろうとは思っていた。
(調査をしていたですわ)
「嘘つけ!」
思わず声に出てしまった。クロコの口の周りはクッキーのクズが付着している。ベルの予想どおりである。
(悪意の塊ってどういうことだ?)
(頭に黒☆3個ですわ……ちなみに父親の方は何もないですわね)
クロコの話が本当ならば、オージンは殺意には絡んでいないことになる。
(星3個って、殺意じゃないか……)
すばやくクロコとの会話を済ますとベルは紹介された女の子を見た。黒星3つとは相当である。この女の子とは初顔合わせであり、殺意を持たれるようなことはしていない。
「シャーリーズ……ネ」
頭をぺこりと下げて挨拶する少女。語尾に『ネ』を付ける独特な話し方である。シャーリーズと呼ばれたこの少女は、背丈はベルよりも少々大きい。
しかし、戦士となると小柄な方だ。胸は結構あって女性用の鎧の胸当てからふくよかな谷間がよく見えた。全身はよく鍛えられていると思えるしなやかな筋肉で、まるで毛並みの良い黒ヒョウのような印象だ。
(この女が僕に殺意……そんな風には思えないけど……)
ベルはシャーリーズを見てそう思った。褐色の肌に銀髪の短髪。大きな目は灰色で見た目は可愛い。
可愛いことは否定しないが、あまり頭はよくなさそうな顔つきだ。きっと武芸はできても学問はからっきし脳筋なのだろうと思われた。
しかし、クロコが言うように初対面なのに殺したいほど好感度が低い理由が分からない。
それにオージンという新しい警備隊長も疑問だ。クロコが見るにベルに対しての殺意はなさそうであるが、それがアーレフに対してかどうかは分からない。
しかし、シャーリーズに対するクロコの見立ては間違いがない。そんな殺意を抱いた人間にボディガードをさせるのは自殺行為だ。
「父様、ボディガードですか?」
ベルは一応聞いてみた。その聞き方には拒否したい思いが込められている。
「そうだ。外に出ればお前も富豪の息子。誘拐や暗殺を警戒しないといけない。シャーリーズは17歳だが剣の腕は立つ。オージン殿のお墨付きだ」
17歳ということはベルより2つ年上だ。確かに発育中の体はいかにもお姉さんという感じだ。
ベルは15歳。転生前ならば中学3年生である。シャーリーズは高校2年生だ。これくらいのお姉さんを中学生男子としては意識してしまう年頃だ。
しかしベルの中身は36歳のおっさん。ロリコンでもないから、全く興味がわかない。そして女嫌いときている。そんな女子を護衛とするのは面倒である。
そして何より、クロコによれば、笑顔を見せているこの少女戦士の心の中は、ベルに対する殺意で真っ黒なのだ。
「ベル様、ご安心を。シャーリーズはわしが3歳の頃から鍛えたクトルフ族の戦士。長剣だけでなくナイフも達人。弓も使える。体術もなかなかだ。きっとベル様の役に立つ。いろいろとな……」
ベルがあまり乗り気でないことを、シャーリーズの力量に対する不安だと思ったオージンは、そうシャーリーズの力に太鼓判を押した。
父親だから贔屓目はあるだろうが、あながち嘘でもなさそうだ。そして最後は意味深だ。
(殺意があるのなら、その力量は余計怖いわ!)
心の中で突っ込みを入れるベル。
「よろしくお願いします……ネ」
そう言ってシャーリーズが右手を出してきた。父親のアーレフもオージンも見ている。これは断れない。やむを得ず、ベルも笑顔を見せる。
「よろしく、シャーリーズ」
ベルであったが、右手を出して手を握る。シャーリーズの手は利き腕だから剣を握ることで皮膚が固い。女の子の柔らかい手の感触を想像したが裏切られた。
(この女……相当できるようだが……内心では僕のことを殺したいと思っているのだな)
ベルは手を握ることで、何となくとシャーリーズに自分のことを殺そうという狂気に満ちていることを察知した。体温、筋肉のこわばり、握った時の微妙な力加減。そんなところから伝わる押し殺した感情だ。
そして同時にベルへの侮りも感じる。こんな金持ちのひ弱な坊ちゃんは軽く殺せるという優越感だ。戦闘力では圧倒していることがそうさせているのだ。
手を離すとベルはこの状況を一気にひっくり返すことを思いついた。戦闘力では当然太刀打ちできない。だから、計略にかけるのだ。




