与えられた学費と大学進学
「1000リーベルも……」
父のアーレフから呼び出され、自分が使えるお金の裁量が1年1000リーベルも与えられたことにベルは驚いた。
1リーベルアウステルリッツ王国金貨の価値は、この異世界の物価から考えると日本円で5万円ほどになる。1000リーベルとは日本円で5000万円を使えるということだ。
15歳の少年には途方もない金額である。コンスタンツア家が途方もない大金持ちであることの証明であるが、一代で大金持ちになった商人であるアーレフが息子の道楽のために、こんなバカげたお小遣いが与えるわけではない。
要するにこれを使って何かをしろということである。成果が出なければ来年は0になることもありえる。
ちなみに金貨は現物で与えられるわけではない。街中で金貨や銀貨などの現金の受け渡しがされることもあるが、大きな取引の場合はブローバーカードという魔法による暗号資産による取引で行う。
各国から独立した組織である金融ギルド『ブローバー』によって構築されたシステムで、ブローバー銀行に預けられた現物を基に発行されているものだ。
これにより、ベルが暮らしている『アウステルリッツ王国』の貨幣である1リーベル金貨と隣国である『バーデン王国』の1バーデン金貨が相場の比率でブローバーに変換され、必要に応じて各国の金貨、銀貨に払い戻しがされるのだ。
ブローバーカードの引き出しは、スキャナ魔法によって全身で認識される。本人以外は降ろすことができない。
だから金持ちの財産を守るのに都合がよかった。そして何よりも多額の現金を持ち歩かなくてよいし、屋敷で保管する必要もない。
ちなみにアウステリッツ王国の貨幣は1リーベル金貨に対して20統一銀貨。1統一銀貨に対して20統一銅貨。1統一銅貨に対して、10統一鉄貨という仕組みになっている。
統一銀貨や銅貨、鉄貨は主に庶民が使うものである。これらは金融ギルド『ブローバー』が発行している。大陸国家はこれを受け入れていた。そうすることで、国家間の流通をスムーズに行うことができていた。
この硬貨は大陸の辺境地や島国にある人以外の亜人種や魔族まで使われているほどである。
各国の貨幣の交換率は、含まれている金属の割合で決められており、これも両替所で日々変動に対応している。
もし、貨幣の金属割合の変造があったら、たちまちその金貨の交換比率は暴落する。これには国の信用も加味されるので、貨幣鋳造をしている国は常に厳密に質の担保と量の発行の管理をしなくてはならなかった。
「ベルンハルト。分かっているとは思うが、この金をどう使おうがお前次第だ。しかし有意義に使っていないのならば、来年の提示額はこれより少なくなる。査定は1年後だ」
そうアーレフは告げた。やはりただの膨大なお小遣いではない。元の世界のアラブの石油王の息子みたいに超セレブ生活を行う金ではない。
「はい、父様。有意義に使わせていただきます」
そうベルは答えた。タレントを与えられた15歳とはいえ、莫大な資金を与えられて自由に使えとは、このコンスタンツア家の財力の強大さに驚くばかりだ。
(ただの穀物取引だけでこんなに資金を稼げるのだろうか……)
ベルは長年、疑問に思っていたことだ。穀物は食料であるから重要な商材で、それを扱うことはかなりの儲けにつながることは間違いがないが、それだけに競争相手も多いのだ。
その中で勝ち抜いたとはいっても、子供に自由に1000万リーベルの金を教育のために与える余裕があるのは疑問である。
「ちなみにお前は何に使うのだ?」
少しにやにやしてアーレフはベルに尋ねた。どうやら使い道の一つは知っているようだ。腹心のベンジャミンから聞いているだろうから当然であろう。
「はい。人に投資します」
「ふむ。それでその子はお前好みなのか?」
ずばりアーレフはペネロペのことを聞いてきた。色恋沙汰ではないかと疑っているのだ。そういうものは商売にとっては大敵である。
「いえ。そういうのではありません。あくまでも彼女の才能に投資です。好意とか憐れみとかではありません」
ベルはそう淡々と否定した。当然だ。ペネロペに対しては特別な感情はない。どちらかといえば、この2つ年下の生意気な女子は嫌いなタイプだ。
ベルは女が大嫌いだが、それでも大人しくて何でも言うことを聞いてくれるのなら、視界に入れても良い程度には思っている。完全に歪んでいるが、昔よりはマシになってきた。
ペネロペは視界にも入らない部類である。そんな彼女に投資するのは、あくまでもペネロペの才能が金になりそうだからだ。
「ふむ。いいだろう。だがな、ベルよ。感情とは変わるものだ。もし特別な感情が生まれても、一人にのめり込むようなことはしないように」
アーレフは意味深なことを言った。15歳の子供に言うようなことの類ではないだろう。しかし中身が36歳のおっさんであるベルには、アーレフが一人の女に入れ込むなと忠告しているのだと思った。
歴史上の人物で一人の女に心を奪われて身を滅ぼした人間は数多い。そして複数と関係をもったものの方が英雄として名を馳せていることが多いのは皮肉だ。倫理的には問題があるし、女性からみたら英雄ではなくてクズだろうが。
「それとは別の話だが、お前は来年からアウステルリッツ王国大学へ進みなさい」
「大学ですか?」
ベルは驚いた。金持ちや貴族の子弟は家庭で教育を受ける。それは18歳になるまで続くが、中には専門教育を受けたり、軍人になったりするために士官学校へ入る者もいる。
この国の王立大学は専門教育をする複数の大学が集まったところである。基本16歳から入学し、4年間で専門の学問を学ぶ。政治学、経済学、金融学、法学等の文系学問を学ぶオーソンフォード大学。
化学や医学、薬学、数学、物理学、工学、数学などの理系学問を学ぶフック工科大学。
さらには芸術系の勉強もできる。音楽関係の学問を学ぶセントフォース音楽院。絵画、彫刻等を学ぶミランダ大学とその科目は豊富である。
異世界らしく魔法学を学ぶアルケロン魔法大学というものまである。この学問はタレントに魔法系の能力を付与されたものだけが学べる。
ペネロペを通わせるセントフォース音楽院は、ベルが通うフック工科と同じ敷地内にある。この音楽院は特別で、6歳から入れる幼年部があり、15歳から入学して5年間学ぶしくみとなっている。
「入学には試験がある。お前なら落ちることはあるまい。それだけの教育を授けて来たつもりだ。お前は何を学びたい?」
「大学と言うのならいろんなことが学べるのでしょう?」
ベルは確認した。大学は専門の学問を学ぶところである。その分野は広い。それによって、進むべき進路を模索できるのだ。
「そうだ。大学はいろいろなことが学べる」
「では化学と金属工学の基礎を学びたいです」
ベルは以前から考えていたことを話した。アーレフは少々驚いたようだ。たぶん、経営や経済、金融学でも学ぶものだと思っていたようだ。実家が商家で後を継ぐのだからそれが普通だ。
「我が息子は面白いことを言う……」
そうアーレフは言ったが落胆した感じではない。むしろ興味ありありだ。
「文明は発達するものです。その2つは今後、いろんな発明が生まれるために必要な学問です」
「……なるほど。確かに未知の発明は金になる」
ベルの目的は金儲けというよりも、自分の趣味に寄せたものである。目的は一つ。『銃』の制作である。
ベルが授かった12のタレントの一つ。『武器の創造主』の力で、拳銃を作ろうと思ったのだ。既に設計図を起こして試作の金属部品を鍛冶屋に発注している。作るのは構造が単純な回転式弾倉をもつリボルバーである。
設計図はあるが部品を作るのは簡単ではない。鉄の硬度や旋盤技術。小さな部品加工などクリアしないといけない問題は山積だ。この異世界の鍛冶屋は剣や槍は作れても銃は作れないのだ。
そして仮にできたとしても火薬を使った弾を作らないとだめだ。まだこの世界には火薬はない。さすがのベルも火薬の成分は分かってもそれを作るとなると、様々な実験をしないといけないのだ。
科学や金属工学の基礎知識を学ぶことは、銃の開発に役立てるためである。
「よかろう。一生懸命に学ぶがよい。それとお前に紹介したい人間がいる」
アーレフはそう言うと両手をポンポンと叩いた。




