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1度目の親ガチャはクソだった件②

 それは最も会いたくない人物。

 鉄馬は居留守を使おうかと思ったが、不用意に明かりを付けてしまっていた。

 恐らく、訪ねて来た人物はそれを確認してから来たことは間違いない。

 そしてここでドアを開けないと、大声で騒ぎ出し、近所迷惑になることも分かっていた。

「てつま~っ」

 ドアを開けると予想通りであった。

 50過ぎの熟女。派手な化粧をし、年相応の格好とは3ランクかけ離れたケバイ服。香水と酒が入り混じった匂いがプンプンする。

「母ちゃん……」

 ため息のような声しか出ない鉄馬。

 訪ねてきたのは鉄馬の母親。年は56歳。年の割に老けて見えるのは、これまでの怠惰な生活の影響だろう。

 この毒親とは6歳の頃に分かれたはずである。もう30年近く別居をしている。鉄馬が施設に入っても一度も訪ねてくることはなかった。

 それなのに鉄馬が就職し、金を稼ぐようになったら突然目の前に現れたのだ。

 そして厚かましいことに、金が無くなるとこうやって息子のところへ金をせびりに来るのである。

「ねえ、お金を貸しておくれよ。1万でいいから」

 悪びれもせず、こうやって2,3週間に1度の頻度で借りに来る。これまで貸した金は50万円を下らない。そして借りると言いながら、一度も返したことはない。

(最低の母親だ……)

 いつも心の中でその言葉が満たされる。

(6歳の俺の育児を放棄し、男とよろしくやっていた破廉恥な母親)

 鉄馬が物心ついた時から、この母親と2人暮らしであった。父親が誰なのか知らない。きっと男にだらしない母が付き合っていた誰かとの間にできたのだろう。

 そしてネグレクトの末の虐待。世間の批判に厳しい対応をするようになった児童相談所はこの鬼母から鉄馬を救ってくれた。

 本当ならこれで終わりであった。天涯孤独だが悪魔のような母親から解放されたはずであった。

 しかし、鉄馬が社会人になってから10年経ったときに突然、母親が訪ねて来た。そして今もこうやって金をせびりに来るのである。

 親子の縁を切りたいと弁護士の法律相談に行ったことがある。

 しかし結果は鉄馬には受け入れがたいものであった。法律でも血のつながりは断ち切れないと言われた。互いに扶養し合う義務は免れないのだ。

 親が莫大な借金をした場合は、遺産放棄という手段で回避できるが困窮した親を見捨てることはできない。下手に一緒に暮らしていて食事を与えず死んでしまったら、罪にさえ問われるのだ。

 逃れる方法はただ一つ。親の前から消えること。

 だが、これはまともに暮らしている方が不利になる。

 鉄馬も一度ならず、住所を変えて行方をくらましたこともあるが、必ずこの母親はやって来る。

 まともな社会人をしていると行方不明にはなれない。働く場所から推測されていずれはばれる。会社に所属せずフリーの契約で働いているのも母親から逃れるためだったが、結局はこうやってばれてしまった。

 逃げるのはコストがかかる。それよりも1万円ほど恵んでやれば、2,3週間は姿を現わさないので、もう何も言わず渡す。その方が被害が少ない。リスク管理から言えば、これがベターであるとの判断だ。

 鉄馬は財布から1万円を抜き取ると、母親に見せた。爛々と輝かく目をする母親。1万円札に釘付けである。

 そうしておいて、鉄馬は以前から用意していた書類を見せた。それを突きつけられても、母親は気にも留めない。

「この1万円恵んでやる。その代わり、ここに名前を書けよ。印鑑も押してもらう」

 母親が肩から掛けているカバンに通帳やら印鑑やら、一切の財産を持っていることを知った上での要求である。

「なんだいそれは?」

 そう母親は聞いたがサインすることは拒ばない。目の前の1万円の誘惑と酒による酔いのせいだろう。それを見越しての鉄馬の提案だ。

「ほれ、書いたよ。早くおくれよ!」

 母親は書類を見ることなく、名前を書き、印鑑を押す。もう目の前の1万円札しか頭にない。

「ほれ、這いつくばって拾え!」

 鉄馬は1万円札をくしゃくしゃに丸めると、ポンと玄関から外に投げた。母親はそれを這いつくばって拾う。その姿は哀れというより、醜悪で気持ちが悪い。

「もう来るな、ババア!」

 そう鉄馬は叫んだ。いつもこうするが、鬼ババアは必ず2,3週間するとまた現れる。本当に死んでくれないかと鉄馬は思っている。

「くくく……」

 くしゃくしゃに丸められた1万円札を広げてポケットにしまうと、母親はそうくぐもった笑い声を上げた。

「来るよ、また来る。だって、あなたは私の可愛い息子だもの。息子は母親を助けるのが当たり前。だって、母さんは頼れるのはお前しかいないんだよ……」

「嘘つけ。お前は母さんなんかじゃない!」

「否定したってダメさ。お前の物は全部私のもの。だって、私が生んであげたのだから。お前には半分、私の血が流れている。あと半分は誰の血か忘れてしまったけど。ははは……お前は全部私のものさね。はははは……」

 とんでもない台詞を口にしつつ、笑いながらアパートの廊下を壁に寄り掛かり帰っていく母親。鉄馬は絶望に捕らわれた。あの母親からは絶対に逃れられない。

 いっそ死んでしまおうかとも思ったが、死んだとしてもすべてを奪われるだろう。それを考えるとあの鬼畜ババアが死ぬまで生きるのが復讐だと思った。

「ちきしょう……武器との語らいの至福の時がクソババアを見たことで、気分が悪くなった」

 鉄馬はシャツを脱ぐとシャワーを浴びる。

 もう寝た方がいいと判断したのだ。寝たとしても嫌な夢しか見ないであろう。

 頭もガンガンと痛くなってくる。恐らく、血圧が上昇中なのであろう。普段から血圧が高く、会社の健康診断でそろそろ病院で治療した方がよいと言われている。

(この感じじゃ、150どころじゃないな。180超えの高血圧だ)

 クソババアに会うといつもこうだ。

 鉄馬は今年で36歳になる。給料はよくないが一応収入は正社員待遇。結婚していてもおかしくはない。だが、鉄馬は結婚したいとは思っていなかった。

『女性不信症』

 そういうやまいがあるかどうか知らないが、鉄馬は軽度の女性不信になっていた。女性に対して恐怖とまではいかないが、嫌悪と憎悪が入り交じり、関わりたくないという意識がいつも頭にあったのだ。

 最初に接する女性である母親が人間の屑であったこと。これで女の嫌らしさ、汚らわしさ、残酷さを心に刻み付けられた。

 それでも大人になって同年代の女の子と接する機会がなかったわけじゃない。優しい女の子と出会い、女というものも男にとっては必要なのかもしれないと考え直したこともあった。

 だが、それは間違いであった。

 「女」はクズである。

 「女」は敵である。

 「女」は男を食い物にする鬼である。

 そんな屈折した考えが鉄馬を支配することになったのは、社会人になってできた彼女のせいであった。

この女との出会いが女性への不信感や嫌悪感を決定することになる。

 この元彼女、いや『彼女もどき』と呼ぶ。この彼女もどきは、最初に勤めていた銀行の同期であった。

 新入社員歓迎会で偶然に隣になり、彼女もどきの方から誘って来た。定期的に悩みを聞いたり、休日にデートしたりしてなんとなく付き合っているような感じになった。

 あっちのほうの関係も初めて体験させてもらい、鉄馬も女はいいものだと思い始めた矢先だった。

 この元彼女もどきは、同時期に他の男と二股交際をしていたのだ。その男は鉄馬よりも高学歴、高収入だと後で判明した。

 外資系の会社に勤めるエリートだそうだ。鉄馬との交際が先だったが、彼女もどきは、そちらの確約が取れた段階で簡単に乗り換えた。

 そこに葛藤もなければ、罪悪感もない。『わたし結婚します。もう連絡しないでください』たった2文のメールで関係は終わった。

 鉄馬は淡々と受け入れた。良いかも……などと思った自分を恥じた。

 彼女もどきの姿を見たくない一心で銀行は辞めた。幸い、銀行に在職中に必死に勉強してFPの資格を取っていたので、今の会社とフリー契約を取れた。

(しょせん、女は男の経済力しか見ていないのだ。奴らの頭の中は金、金、金。吸血鬼のように吸い取り、吸えなくなったら捨てるのだ)

 気が付けばデート代は鉄馬持ちだったし、プレゼントもねだられるままにバックや時計、服を買うはめになった。最低の生活費を除いた給料もボーナスもほぼ、この彼女もどきに費やしていたのだ。

 そんな汚らしい女とは関わらないと決めている。女なんか別の生き物だ。可愛いだなんて思えない。鉄馬にとって可愛い対象は武器なのである。

「女は裏切るが武器は裏切らない……」

 そう呟いてベッドに入った鉄馬は少し眠れないでいた。

(俺が武器たちを愛でるのは、自分の身を守れるような気がするからだろう)

 幼少の頃は母親とその彼氏たちに虐待され、成人したら、したらで付き合っていた彼女に裏切られ精神的ダメージを受ける。

 武器をコレクションしてそれらを愛でるのは、一種の防御反応なのかもしれない。

(しかし、頭がガンガンする……嫌な婆のことを考えたせいで血圧が上がっているな……)

 何だかいつもと違う感覚。

 意識も朦朧としてきた。

 目を開けているが霞がかかったように見えるし、冷たい汗が異常に噴き出ているのが分かった。

(ま、まずい……これは……何かの病気か……うっ!)

 胸を思わず抑えた。激しい痛みだ。

(い、息ができない……お、俺は死ぬのか……)

 心臓が締め付けられる。

 幸いなことに激しい痛みは10秒と続かなかった。

 なぜなら、そのまま意識を失ったからだ。


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