リットリオのおじさま
「旦那様、ベル様はやはり優秀です。一目であの孤児院の元凶を見抜きました」
ベルと一緒に屋敷に帰った家令のベンジャミンは、そう主人に報告した。
父のアーレフがベルに孤児院の視察を任せたのは、一種の試験でもあった。元々、孤児院経営がゆがめられ、院長が寄付金を自分の懐に入れていることは調査済みあった。アーレフは他の理事のような名誉職とは思っていない。そして凄腕の商人なのである。
視察をするたびに異変に気付き、密かに院長や職員の不正の証拠を集めていたのだ。そうしておいて、ベルがその不正に気付き、そしてどういう指示をするのか期待していたのだ。
「期待通りだな。15歳の少年としては聡明だ」
「旦那様、ベル様は商売の世界でも十分にやっていける天才かと思います」
「天才か……。うむ。今後が楽しみだ。ますます、我が天才の息子にふさわしい嫁を捜さなくてはな」
アーレフは目を細めた。前々からベルの将来の花嫁捜しを行っているが、息子の目にかなう相手はなかなか難しい。
「花嫁とは違いますが、ベル様が興味を示した女の子がいます。孤児院の子ですが、ベル様は身分を隠してその子を音楽学院に通わせるつもりのようです」
ベンジャミンがそうアーレフに報告した。
ベルがベンジャミンに指示したのは、身分を偽ってペネロペを援助する。彼女の才能がどれだけ通用するかは分からないが、もし、彼女が音楽の世界で一人前になったら、正体を明かす。
憎い相手にずっと援助してもらっていたと聞いて、ペネロペはどう思うのかを確かめたいというのだ。
「くくく……。我が息子ながら、なんと意地の悪い。まるで悪人ではないか。人を使って実験するとはな。まあ、将来、商人をするのなら人の才能を見抜き、早くから投資することは大切だ。そういう意味でその試みはよい勉強になるだろう」
「御意。それにその孤児も結果的には救われるでしょう。あの状況ではせっかくの才能も埋もれるだけですから」
「……その子はいくつのだ」
「14歳です」
「な、なんと……名前は?」
「ペネロペという名前です。髪の色は同じですが、王都出身という話ですから」
「そうか、そうだな。あの子は殺されてしまったのだな」
アーレフはそうため息をついた。そして、思わず口にした『あの子』については、それ以上語らなかった。
「それでベルはどう自分を偽るのだ?」
「はい。王都のとある貴族の老人に成りすますそうです」
「貴族か……。300諸侯もいる貴族ならば誰かわかるまい。偽るのならよい身分設定だ」
「会うことはなし。代理の者に手紙を渡し、花を添えるそうです。リットリオ地方の花だそうで」
「面白いじゃないか。とても15歳の子供が考えるようなことではない。リットリオのおじさまとでも呼ばせるのか。はははは……。これは愉快だ」
気持ちが沈んだアーレフはそう言って笑った。ベルのアイデアがよほど気に入ったようだ。
「ベルに年間金貨で1000万リーベルの資金を与えよう。自分の学費とやりたいことに自由で使えるようにする。その女の子のために好きに使うといいだろう。それとベンジャミン。アリア孤児院の刷新を行おう」
「はい。すぐに手配します」
ベンジャミンは前から準備していたことを進める。ベルが指示したことだ。もう院長やスタッフたちの横領や子供たちへの虐待の証拠は確保済みである。そしてこれら犯罪者を追放したあと、健全な孤児院経営ができるよう、後を引き継ぐ人材も確保していた。




