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ペネロペという子

 一通り見学を終えると最後に歓迎の歌を子供たちが歌うと申し出た。理事たちと一緒に椅子に座って歌を聞く。

(期待していなかったが、これはすごい!)

 歌は子供たち全員で歌うのだが、飛びぬけてうまい子供がいる。オルガンを弾きながら歌っている女の子だ。どこかで見たことがあると思った。

「あの女の子は前にベル様が銀貨を恵んでやった子ですわね」

 今までどこに行っていたのか、姿を消していたクロコがいつの間にかベルの肩に座ってそう囁いた。ベルも思い出した。

(確かにそうだ……)

 年齢はベルよりも少し下くらいの女の子でなかなか可愛い子である。

「あの子の歌、うまいですね。しかもあの歳でオルガンが弾けるとは」

 ベルは院長にそう尋ねた。

「あの子はペネロペという名前です。流行り病で死んだ母親が音楽教師だったらしく、小さい頃からピアノを習っていたようなのですよ」

 そう教えてくれた。ペネロペという女の子は、長い銀の髪をもつ。顔立ちもなかなか上品だ。

(あの子には素質がありそうだけど……こんな孤児院じゃ才能の持ち腐れだ)

 ベルはそう思わざるを得ない。音楽で身を立てるには、それなりの高度な教育を受けなければいけない。そうしないと一流の音楽家にはなれない。せいぜい、場末の酒場で芸を披露するしかないだろう。

(気の毒だが親ガチャに失敗したのだから、運命に従うしかない)

(ベル様は冷たいですわね)

 ベルはクロコの言葉にムッとしたが、確かに言い方はきつかったとは思った。でもベルがどうこうする問題でもない。ベルは院長に目線を送って部屋を出ようとした。

「待って!」

 オルガンを弾いていたペネロペが弾くのを止めた。同時に歌も止まる。

「あなた、子供なのに理事長代理なの? ならば聞いて欲しいの!」

「これペネロペ、ベルンハルト坊ちゃまになんと失礼な口をきくの!」

 院長のアンナが駆け寄って、ペネロペの右手首を掴む。そして頬を叩こうとした。ペネロペは目をつむる。これだけでベルは理解した。こういうことは日常茶飯事なのだろう。

「やめてください、院長!」

 ベルは院長を止めた。ベルの声に院長は寸前で手を止めた。

「体罰はよくないです」

「しかし坊ちゃま。この子たちには立場を分からせないといけません。少々厳しくても……」

「ダメだ。体罰は子供の心を傷つける」

 ベルは毅然としてそう言った。そしてペネロペと話をしたいと院長に要求した。院長は難色を示したが、ベルの強い希望に渋々許可した。

 ペネロペにすごい形相でにらんだのは、変なことを言ったら許さないぞということらしい。

「おお~怖いですわね。あの院長、頭に黒い星が周り始めですわ」

 そうクロコがベルに告げる。黒い星はベルに対する悪意の具現化である。どうやら、ベルに聞かれると困ることがあるらしい。

 ベルはペネロペと別部屋に入る。2人だけだ。ペネロペと相対すると2つ年下なのに背丈は一緒だ。この年代は女子の方が、成長が早いからだろう。

「話を聞こうじゃないか」

 そうベルはペネロペに話しかけた。ペネロペはベルをつま先から頭のてっぺんまで見る。その目つきはあまり好意的じゃない。

 ちなみにクロコはペネロペには敵対の印の黒い星も好感度を示すハートも見えないと言っている。言葉はきついが敵対するほどでもないらしい。

 ペネロペのベルに対する態度は、ベルも理解できる。ペネロペがどういう事情で親を失い、この孤児院に来たのかは知らないが、あまりよい親ガチャではなかった結果なのだから。

 そしてそういう子供が恵まれた親ガチャを引いた同年代の子供を見る目は2つに分けられる。一つは諦めたような死んだ目。何も感情が動かない。転生前のベルもそうだった。

 そして2つ目は強烈な嫉妬。それは憎しみへと変貌することがある。ペネロペの目はそういう嫉妬の炎が宿っているように感じられた。

「全部嘘よ。いつもはあんな豪華な食事じゃない。固いパンと水のようなスープ。ジャガイモを茹でただけの時もある」

「……なるほど」

 それはベルも予想していた。いつもと違うごちそうは理事の見学があるから。がっつくように食べる子供たちを見れば、今日の食事が普通でないことは分かる。

(院長はうまいもの食べているから太っているですわね。それに比べて子供たちはみんな痩せているですわ)

 ベルにしか聞こえない声でクロコが皮肉を言う。それはベルも気づいていた。あまりにも差がありすぎる。

「服も今日だけ特別。いつもはもっとボロ。勉強だってさせてもらえない。朝から晩まで仕事をさせられているの!」

「……」

「ひどいですわね。こういうのを児童虐待というのですわ」

 クロコは腕組みをしてプンプンと怒っている振りをした。邪妖精だから本当に同情して言っているのかは甚だ疑問であるけれど、そういう態度を取りたくはなる。

 ベルもそこまで想像はしていなかった。どうやらここの院長は相当クズらしい。理事から寄付金を集め、それはほとんど自分の懐へ入れている。さらに子供たちを働かせて得た賃金も奪っているのだ。

「だが、君たち孤児は雨をしのげる家がある。曲がりなりにも毎日食事が取れるのではないか?」

 ベルはわざと冷たい言葉を口にした。クロコがやはりベル様は冷たいと反応したが、聞いたペネロペの顔が怒りに染まる。

「……あなたのような恵まれた人には分からないでしょうね。わたしたちが将来、ちゃんと生活できるためには教育が必要なの。今のままでは一生底辺だわ」

 ペネロペの言葉にベルは意地悪な心がむくむくと膨らんできた。こういう正義感ぶった女子をやり込めるのは気持ちがいい。

「……底辺ね。理想は分かるけれど、この社会に格差はなくせないと思うけどね」

 ベルはさらに心にもない冷たい言葉を吐いた。みるみるうちにペネロペの表情が凍り付く。それを見るとなんだか楽しくなるベル。自分がやっていることは悪人の所業だと分かっているが快感を覚える。

「最低だわ!」

 ペネロペはベルの言葉に訴えても仕方がないと悟ったようだ。これだけでも彼女は賢いとベルは思った


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