アリア孤児院
アリア孤児院は王都の中でも貧しい市民が住む区画にある。2代前の王妃が経営していた時は郊外の貴族の館を改装していたが、経営難に陥り、その館も売却。新たな資金提供者のコンスタンツア家が場所を提供している。
建物は元パン工場の建物で、それをアーレフが建物ごと買って改装している。
理事会は最初に子供たちの様子を参観し、その後で経営状態の確認をする。
ベルはベンジャミンを伴って孤児院を訪れた。孤児院の院長がベルを出迎える。
「これはベルンハルトお坊ちゃま。ようこそいらっしゃいました。今日は理事長代理のお仕事、よろしくお願いします」
院長はアンナという名前の女性。年齢は50代半ばであろうか。妹もいて名前はハンナ。3つ違いらしい。赤毛を巻いた髪で小さな眼鏡をかけ、老舗の両替商の帳場で事務員をやってそうなおばちゃんだ。
「今日は3人の理事の方に来てもらっております」
そうアンナ理事長は他の理事を紹介する。いつもは部下が代理出席するか、欠席するのにめずらしい。理事長代理をするコンスタンツア家の跡取りの顔を見ようと考えたのかもしれない。
一人は豪華な帽子を被ったふくよかな中年女性。タルロン男爵夫人である。もう一人は都議員のロワルト卿。40代後半といったところのおっさんである。
3人目は商工会副会長を務めるバンスという男である。年齢は60代であろうか。頭がきれいに禿げあがっているが、髭は白毛まじりである。でっぷりと太った腹が狸みたいだ。
「父アーレフの代理で参りました、ベルンハルト・コンスタンツアです。まだ何も分からない子供ですので、皆さま、いろいろと教えてください」
ベルはそう言って丁寧に頭を下げた。3人の大人は目を細める。
「あら理事長の息子さん、よくできたお子さんとは聞いていたけれど、会ってみると想像以上の優秀さですわね」
そう誉めるタルロン男爵夫人。ロワルト議員はベルの手を取った。
「君のお父上にはいつもお世話になっている。このような立派な跡継ぎがいれば、コンスタンツア商会も安泰ですな」
ロワルト卿は選挙の度にアーレフから資金援助を受けているので、その息子にもひどく丁寧だ。
「アーレフ殿もよく考えた。同じ年くらいのベル君なら我々が気付かないこともいろいろと気づくだろう」
そう言ったのは一番年上のバンス副会頭である。
ベルは期待に応えねばと気が引き締まる思いだ。
「それでは授業を見てもらいます。子供たちは朝6時に起床。部屋の掃除や教室掃除をします」
アンナ院長は子供たちの一日の生活を説明する。掃除の後に朝食。そして午前中の勉強。主に読み書きを学ぶ。
昼食を食べた後、午後の勉強。計算や音楽の勉強をする。また、工場跡を広い場所を改装したちょっとした広場で運動をする。
3時からは造花を作る内職や服の仕立て作業を行う。子供でもできる仕事で生活費を稼ぐのだ。
そして夕食を食べてまた内職。就寝は10時頃。風呂は3日に1度だという。
「男の子が3歳から11歳までで19人。女の子は4歳から13歳までで15人おります」
「結構いるのですね」
34人もの子供を世話し、勉強をさせているのは3人の先生。専属は1人で2人は非常勤講師らしい。
まずは男の子の部屋に入る。3歳から7歳までの小さい子のクラスだ。一生懸命に字を書いている。
「言葉だけでなく、字の読み書きを教えるのはよいことですね」
そうベルは感想を言った。この世界の子供たちは学校へ行ける子ばかりではない。田舎に住んでいると文字が読めない子供もたくさんいる。学校へ行けず、すぐに働き手として労働させられた結果だ。
「字が読めれば大人になったときにつける仕事が違いますからね。男の子の多くは店の丁稚として就職します。体の強い子は稀に兵士になります」
そうアンナ院長は説明する。文字を覚えさせることは父のアーレフが推奨したことらしい。おかげで孤児院を卒業してもよい就職口につけるらしい。
「女の子は侍女見習いとして就職します。ですから、行儀作法も教えます。また、音楽を習わしているのは、楽士や芸人として生きて行く選択もありますから」
そう院長は説明した。この異世界で女性が活躍できる仕事は限られている。
その中で女性しかできない仕事の一つが踊り子や歌手などのエンターテイメント関係の仕事だ。
上流階級が鑑賞する演劇賞やオペラや演奏会で披露するレベルから、場末の飲み屋で客のリクエストに応えて歌や踊りを披露するレベルまである。
孤児院の教育ではせいぜい場末の酒場での踊り子や歌手が精いっぱいだろう。ちなみに音楽は副院長のハンナが教えているという。
音楽の授業で使う古いオルガンが殺風景な教室にポツンと置いてある。
「それでは次に女子児童の教室をご覧ください」
この孤児院は男女で分けた教育をしているようだ。これはこの異世界では珍しくなく、男女が一緒に学ぶのは魔法科大学や士官学校等の一部に限られる。
貴族やベルのような裕福な商人の子弟は、家庭教師をつけて自宅で学ぶ。中に16歳から入れる専門大学へ進学して専門教育を学ぶが、試験が難しいので入学できるのは上流階級でも一部に限られる。
ベルは女児の教室を見た。ちょうど裁縫の勉強をしているところである。破れた服を修繕する作業をしていた。
「市中から集めた服を修繕しています」
「なるほど……」
感心するのは5歳くらいの女の子でも上手にあて布を縫い付けて、破れた箇所を直すことができているのだ。
(ただ……)
気になることはあった。先ほどの男子の教室でも感じたことだが、子供たちの表情が暗い。理事の偉い人が来ているから緊張しているのかもしれないが、それにしても笑顔がない。
それに女子児童が直した服は手間賃やらが発生するが、それは子供たちに還元されているのかが気になった。
(先ほどの財務状況の報告では、収入に計上されていなかったはず……)
やがて食事の時間になった。子供たちが食堂に群がる。料理はパンにスープ。チーズにハムと十分な量が用意されていた。さらにデザートに果物まで用意されている。
お代わりも自由なようだ。どの子もむさぼるように食べている。他の理事たちはその様子を見て満足そうであったが、やはりベルには違和感があった。
(それほど贅沢な食事ではないのに、これだけがっつくだろうか……)
この食事内容が普通であるのならば、このように食べるのに必死な態度は見せないはずだ。そしてやはり笑顔がない。




