緊急回避
そちらの方に歩いて行くと、12,3歳くらいの女の子が3人。道路の隅で歌を歌っていた。彼女らの前には空き缶が置いてある。何枚かの銅貨と鉄貨が確認できる。どうやら、歌を歌い、道行く人からお金を恵んでもらっているらしい。
「真ん中の子、結構、うまいじゃないか」
ベルは思わず聞き入ってしまった。アカペラでどうってことない曲と歌詞だが、真ん中で歌っている銀髪の長い女の子の声はなぜか惹きつけられるのだ。
道行く人も同じ思いらしく、どんなに忙しくてもつい立ち止まる。そして、ポケットに手を突っ込んで銅貨を取り出すと缶に入れて行く。
真ん中の女の子のおかげで缶の中は銅貨でいっぱいになった。
ベルも思わずポケットに入っていた銀貨を缶に入れた。大勢の大人の隙間から投げ入れたので、誰が入れたかは女の子の方からは見えなかっただろう。しかし、ベルが銀貨を入れた様子を見ていた者たちがいた。
その者たちはベルの後をそっとついて行く。ベルが観客の群れから離れて人通りの少ない路地へ入り込むと後ろからベルを呼び止めた。ベルが振り返るとすぐに3人の少年がベルを取り囲んだ。
「おい、お前、俺たちに金を貸してくれよ」
ベルよりも体が大きい少年たちだ。年齢は17,8歳というところか。中学生をカツアゲする不良高校生というシチュエーションだ。
「お金なんてないよ」
ベルはそう言ったが、先ほど銀貨を缶に入れて、銅貨2枚のフライドヌードルを食べた。統一銀貨で払ったから、銅貨は18枚ほどポケットにある。少々膨らんでいるから、この少年たちはそれを銀貨と思ったのだろう。
「嘘つけ。さっき、あそこの女子の歌に銀貨を恵んでいただろう。大人でも銅貨なのに銀貨を放り投げる子供なんか滅多にいない。つまりお前は金に不自由していないってことさ」
3人のうちのリーダー格のらしき少年がそう断定した。町でぶらぶらしている不良にしては頭が切れる。
「ベル様、こいつら頭に黒い星が1つ見えるですわね」
クロコがそっと耳打ちする。3人の少年はベルに悪意があるから当然だろう。
そして当然、クロコは見えていないし、クロコの言葉も聞こえていない。
「クロコ、お前、こいつらをやっつけられるか?」
「無理ですわね」
「即答だな」
「クロコの戦闘力は皆無ですわね」
「役に立たない奴だ」
「おい、さっきから誰と話している!」
リーダー格の少年がいらだってそう怒鳴った。どうやらベルが独り言をブツブツしゃべっている言葉に怒りを覚えたようだ。(やっつけられるか?)とか(役に立たない奴)とか自分たちを馬鹿にするような言動に聞こえなくもない。
(さてどうするか……。ここで銅貨をばらまいて逃げる手もあるけれど)
ベルが転生前の鉄馬だった頃。高校の英語教師が自慢げに話していたことを思い出した。それは治安の悪い外国では小銭を用意しておいて、暴漢に囲まれたらそれを道にばらまけという話だ。その教師はそれで助かったと言ったが、眉唾物だ。小銭狙いなら強盗はしないだろう。
ベルも一応、剣術や体術を護身術として教育されている。ここで年上相手に喧嘩をしても一方的にはやられないとは思う。
「いっちょ、やるか!」
ベルは拳を構えた。途端に腹に一発パンチを喰らって、地面に膝を落とした。
「ぐふっ……」
「馬鹿な奴だ。喧嘩で俺たちに勝てるかよ」
右と左の少年が蹴りを入れる。どかどかと胴体を蹴られる。
(くそ……。実戦じゃ役に立たないじゃないか!)
所詮は道場武道である。町で鍛えられた喧嘩殺法に対処できない。
(ありゃりゃ……。ベル様は喧嘩弱いですわね)
クロコの呑気な声がする。(あれ?)ベルは戸惑った。先ほどまで声を出して話していたのに不思議な感覚だ。直接頭に響くのだ。
「だったら助けろよ!」
蹴られ続けられながらもベルはクロコに悪態をつく。これならさっさと有り金を撒いて逃げればよかった。
(無理ですわね。あ、それとクロコとの会話は念話でできますですわ)
「念話?」
(そうですわ。頭の中で話すことですわ)
蹴られるのは痛いのだが、クロコとの会話で何だか痛みを感じない。しかし、この状況を何とかしないとお金を奪われるだろう。
その時だ……。ベルの脳裏にあの駄女神の声が響いた。
「条件を満たしました。タレントの1つを顕現します。『緊急回避』の能力を付与します。この能力は相手の攻撃を紙一重でかわします。但し、逃げ場所が1つもなければ回避はできません……」
(この状況で最も役立つ力じゃないか!)
右の少年が力を入れて蹴りを放った。ベルの体が自然に動く。すばやくローリングしてかわす。蹴りが空をきって右の少年が転倒する。
「おい!」
左の少年がローリングした後に立ち上がったベルに向けてドロップキックをしてきたが、顔を上げたベルはわずかに体をひねってそれをスルーする。
「ぎゃっ!」
左の少年は建物の壁に蹴りを入れて足を痛めて転がった。
「貴様、舐めたことするじゃないか!」
リーダー格の少年が殴り掛かってきた。一発目をスウェーでかわす。2発目のボディブローは体を回転させてかわした。3発目の裏拳はかがんでかわした。
「な、なんで当たらない……」
リーダー格の少年は息を荒げる。
(すごいですわね、ベル様。タレント能力ですわね)
(ああ、今、使えるようになった。全くのご都合主義に自分が怖くなる。いや、駄女神のせいか……)
(駄女神ですか。クロコにもタレント能力を告げる声が聞こえましたですわ)
邪妖精のクロコはベルと主従関係を結んだことにより、ベルにしか聞こえない、あの駄女神の声が聞こえるようだ。クロコは見るだけである程度のタレント能力が分かるので、そういうことも可能なようだ。
12歳以上の子供は神殿で儀式をするとタレントという力が使えるようになる。目の前の少年たちも最低1つは使えるはずだが、ここまでの動きをみるとリーダー格の少年に喧嘩に役立つ力がある程度だろうと思われた。
「リーダーの少年は格闘術+3のタレント。喧嘩が強いだけですわ」
「雑魚だね」
クロコは襲ってきた少年たちのタレントを見破る。リーダー格の少年のタレントは喧嘩には都合がよい。しかし、もっとすごいタレントをもっているベルには、まったく通用しない。
「君たちには少しお仕置きをしないとね」
ベルは指を息を切らしてへたり込んでいる3人の不良少年を指さした。
「解離奈有!」
「うっ!」
「げっ!」
「ひゃ!」
3人は悶絶し始めた。もうカツアゲをするどころではない。
(ベル様、それもタレントですわね?)
(ああ)
(えげつないですわね)
ベルはズボンの土埃を払うと悠々と立ち去った。裏路地に異臭が漂った。
なぜ、突然4つ目のタレントが使えるようになったのかは疑問であるが、何か顕現のためのトリガーを引いたことは間違いがない。
(まさか……ね)
ベルは目の前を飛んでいるクロコを見てある考えが過った。
(もしかしたら、僕にとってピンチとか、重要な人との出会いとかがタレント解放の条件だったりして……)
「武器の創造主」と「銃神の力」は15歳になったために発動。「解離奈有」は自分を馬鹿にして絡んで来たあの伯爵家の坊ちゃんを懲らしめるため。今の「緊急回避」は、カツアゲにあったことよりも、下僕となった邪妖精クロコとの出会いが影響したと考えることもできる。
(あと8個はどんなタレントなのだろうか……)
ベルは自分に与えられたタレントについて思いをはせるのであった。




