お見合いと疑念と初仕事
「ベルンハルト、神がお前に与えたタレントはいくつだ?」
馬車に帰ると父のアーレフはそうベルに聞いた。さすがに中身までは分からないから数を聞いたのだ。
ベルは3つの能力と答えた。判明している『武器創造主』『銃神の力』「解離奈有」の3つである。もちろん名前は伏せる。本当は判明していないものを含めると12もあるのだが、そんなことはとても言えない。
ベルの答えに今まで陶器人形のように無表情であった父の顔がまるで太陽のように輝いて、ベルを抱き寄せた。
「やはり、お前はわしの子であった。貴族を凌ぐ3つものタレントがあるとは!」
(いや違うし!)
(父様には悪いけど、僕の父ちゃんはあのバカ貴族の息子だし!)
「父様、どんなタレントかはわかりませんよ」
ベルはそう答えた。父には悪いが判明している3つのタレントは、コンスタンツア家の商売には寄与しない。
しかし、3つも与えられたことへのアーレフの喜びようは異様なほどだ。
ベルは父親の態度の変化に戸惑った。母親には一切、愛されていないと思っていたがこの父親はこれまでベルに愛情を注いでくれたのは分かっている。しかし、今はそれ以上の感情だ。
「うむ。だが3つもあれば我が家の商売にプラスになる能力はあるだろう。本当なら能力を知りたいところだが、こればかりは金の力でもどうにもならない」
穀物商であるアーレフが、その後継者たる息子に付与される能力としては、交渉力を高めるものや商品価値を見極めるような力の方がありがたい。
「はい。僕もそうであって欲しいと思います」
(今の3つは役に立たない~。ほぼ転生前の趣味からきているし。ゲリナールは嫌な奴に仕返しするには便利だけど。食料を売る商売には使えないし)
「うむ。実はなベルよ。我がコンスタンツア家の商売は……」
アーレフが改まって何かを話そうとした。それを察した家令のベンジャミンが口をはさんだ。
「旦那様、まだベル様に話すのは時期尚早化と……」
それを聞いてアーレフは話すのを止めた。
「そうだな。ベルよ、わしの言いたいことはお前がもう少し大人になった時に話そう」
そうアーレフは言った。ベルとしては今判明しているのは、意味のないオタク系のタレントでも、残りの9つの中に父親が喜んでくれるものがあれば問題がない。
(9つもあるのだ。きっとある……)
しかしあの駄女神である。転生した状況に合う能力を与えてくれるとは限らない。信用はゼロなのである。
なお、12ものタレントを付与されたことは話さなかった。そんなことを話しても信じてくれないし、仮に信じても戸惑うだろう。アーレフにとってはベルには、普通の商人の跡継ぎとして期待しているのだ。
12ものタレントを付与された特別な人間は求めていないはずだ。そしてそれが分かっていること。判明している『武器の創造主』『銃神の力』と『解離奈有』は秘密である。
「お前もタレントを付与された。一応、一人前と言えよう。少し早いが将来のお嫁さんを探さないとな」
アーレフはそんなことを言い出した。
「お嫁さん?」
ベルは聞き返した。自分はまだ15歳である。いくら何でも早いから、冗談だと思ったがどうやらそうではないらしい。
「そうお前のお嫁さんだ」
後で分かったことだが、貴族や有力な家の子どもはタレントが付与されると許嫁を決めることが多いらしい。いわゆる上流階級の風習みたいなものだ。そのままその許嫁と結婚することもあるが、途中で破談になることもあるという。
「我がコンスタンツア家の跡継ぎのお前にふさわしい令嬢を決めねばな。この父に任せておけ」
そうアーレフはニコニコ顔で言ったが、ベルとしては、それは止めてくれと思った。もちろん顔には出していない。
嫁をもらうとは女と付き合うということだ。生前に嫌な思いしかしたことがないから、ベルとしては女と関わりたくないと言うのが本音である。
アーレフの選ぶ相手はたぶん貴族の令嬢だろう。それもきっと金に困った貴族に決まっている。アーレフの妻、ベルの母親のアイリーンと同じである。
貴族だからと言ってみんな金持ちではない。裕福な貴族は、官僚や軍人として国より高額な給料をもらっているか、拝領した領地から得られる収入や不動産や金融資産から利益を得ている。
税金は免除であるから、一般市民よりもはるかに有利に暮らせるが、体面を保つために消費する金も尋常ではない。
だから300諸侯はいると言われる上級貴族でも、家計は火の車という者は少なくはなかった。ましてや中流以下の貴族は名ばかりで庶民と同じか、中には庶民以下の生活をしている者もいた。
だから大金持ちのコンスタンツア家のような家は、金にものを言わせて落剝した貴族の家からお姫様を嫁として買うのである。
(そういえば……あの女……最近、姿を見ないなあ……)
父のアーレフがベルの許嫁を探すと宣言してから、ベルは気が付いた。
そういえば、あの鬼婆……。自分の生みの親であるアイリーンの姿を見ていない。
広い屋敷で食事さえも一緒にしないから、毎日どころか、1週間に1度くらい見かける程度であったが、ここ3か月見ていない。
母の愛人連中も見かけないし、ベルの父親と思われるあの黒髪の青年もずっと見ていない。
アーレフが出張で家を空ける時でも屋敷で見ないから、旅行にでも行っているのかと思っていたがどうもそういう感じではない。
使用人がアイリーンやその愛人たちのことを一切口にしないのだ。これは異様である。ベルの前では当然話さないが、使用人同士の会話の中では、アイリーンのふしだらな生活やその愛人の噂話はよくされる話題なのだ。
(まあ、いいか。あいつのことはどうだって……)
実際、母親といってもなんの愛情もない。幼児の時は何度も殺されかけたし、成長してもなんの関りもなかった。言葉すらかけない赤の他人である。母親なのに生んだ子供であるベルに対して、母性も愛情もないのである。
まだあの黒髪の青年の方がベルには優しかった。たまにベルの頭を撫でてくれたり、お菓子をそっとくれたりしてくれた。自分が父親かもしれないという思いからの贖罪なのであろうか。生みの母親よりは印象がよい。
生前、母親の彼氏と称する男たちからは、暴力しかもらったことがないベルには、あの黒髪青年はいい奴として認定されている。
ベルはその青年がいないのだけは少し気になった。一応、本当の父親なのだから、心配する気持ちはある。
そんなことを思いつつ、お見合いという困った状況を回避したいとベルは抵抗することにした。
「父様、結婚は僕にはまだ早いです」
ベルとしては嫁なんていらないし、会いたくもない。できれば女とは関わりたくないと心底思っていた。
「早くはない。よい令嬢はすぐに嫁入り先が決まってしまう。早めに抑えておかねばならないのだ。それは商売と同じ」
(いや、父様、商売と一緒ではないでしょう……)
それは違うとベルは心の中で突っ込んだ。アーレフは今年で55歳になる。晩婚だったこともあり、後継者のベルがまだ子供であるから焦っているのであろう。
「……分かりました。お見合いをすればよいのでしょう?」
ベルは内心は嫌だったが、自分をここまで慈しんでくれた育ての父がここまでやってくれるのだ。すべてを拒否することはできない。
(お見合いはするけど、気に入らないと言って断ればいい……)
そう考えた。どうせ相手は貴族令嬢だろう。そうであれば、あのタレント付与の時に軽蔑の目で見ていた連中と同じであろう。身分の低い者を見下すクズ女に違いない。中には勇気を出してベルを助けてくれた女子もいたが、あれは例外中の例外だろう。
(そうなったら最悪だ……この世界でも女に痛い目に合いたくはない)
「よし。では近いうちに相手を見つけよう」
ベルが承諾したので、アーレフはそう言って喜んだ。
「あの……」
アーレフの機嫌が良さそうなので、ベルは気になることを聞いてみた。ここ半年ほど姿を見ない母親についてだ。
「お見合いの席では母様も同席するのですか。ここ数日、お姿を見ていないのですが……」
前からの疑問をぶつけてみた。父であるアーレフなら自分の妻の行方を知っているはずだからだ。
その時にベルはこれまで見たことのない冷たい表情のアーレフを見た。一瞬の沈黙が凍り付くようなそんな空気だ。
家令兼執事のベンジャミンも黙りこくっている。これはヤバいことを聞いたのではと思った。
「ああ、アイリーンか……あれは旅行に出ている」
そうアーレフは言ったがベルは嘘だと思った。そんな嘘をつくということは、きっと何かをしたに違いない。
コンスタンツア家は穀物商で財をなした大商人であるが、どうやらそれ以外にも何かをしているらしいことは今のベルは薄々感じている。
(これは……不貞がばれて離婚されて追放された……まさか、消されたとか……じゃないよな)
ベンジャミンの沈黙やアーレフの氷の表情を見れば消されてしまったということも十分に想像できた。そうだとしたら少し怖い。
「そ、そうですか……。母様も旅行へ行くと長いからなあ……。おみやげを楽しみにしていましょう」
そう言ってベルは場を取り繕った。
「そうだな」
そうアーレフは言ったがますますおかしい。母のアイリーンは愛人たちを連れて旅行へ行くことはよくあること。
アーレフはそれを知ってか知らずか、いつも普通に認めていた。多額の旅行費用も出していた。
しかし、アイリーンがおみやげを買ってきたことは一度もない。明らかに変な会話だ。
「それよりベルンハルト。お前も15歳で一応一人前となった。そこで、1つ仕事を任せたい」
アーレフは急に話題を変える。ベルはまだ15歳の少年であるが、アーレフがやっている慈善活動の仕事を任せるという。
慈善活動であるから、子供でもやれないことはないらしい。
「具体的にはどういう仕事ですか?」
「アリア孤児院の理事長の仕事だ」
そうアーレフは話した。アリア孤児院は20年前の王妃だったアリア王妃が作った孤児院である。王都で両親が亡くなった子供を保護する施設である。今は王妃の考えに賛同した貴族や大商人が資金を出して運営している。
資金提供者は理事となって孤児院の経営に関わっているのだ。コンスタンツア家は資金寄付が筆頭であるために、アーレフが理事長を務めている。
普段は忙しいので代理で家令のベンジャミンが出席しているが、それをベルにさせようというのだ。
「僕が理事長代理ですか?」
「そうだ」
「しかし、他の方々が……」
他の理事は当然年上だ。子供のベルが理事長では面白くないだろう。
「お前はその孤児院の経費の6割を出しているわしの代理だから問題はない。それに他の理事は仕事が忙しくて、秘書などの部下が出席している。遠慮することはない。それに孤児院はお前と年が近い子供たちの生活や教育をしているのだ。子供の目線から経営に口を出せばよい」
そうアーレフは説明した。そういうものかとベルは納得する。例え、納得ができなくても、アーレフが任せると言った以上は引き受けるしかない。




