解離奈有(げりなーる)
「なんだ、お前は。女は引っ込んでいろ!」
「そうだ、ウィリアム様に文句あるのか!」
「女の出る幕じゃない!」
ウィリアムたちは仲裁に入ってきたそのお姫様に食って掛かる。その声は恐ろしく、他の令嬢たちは縮み上がっている。しかし、この金髪巻き毛はひるまない。ウィリアムたちに悪口を散々ぶつける。なんだか、大きな犬に向かってキャンキャン吠える子犬みたいな感じだ。
「女、女と罵るがそのような態度は紳士的じゃないのじゃ」
「うるさい、どけ!」
ウィリアムはその勇ましい令嬢を突き飛ばした。周りの令嬢たちから悲鳴が上がる。これにはベルも怒りを覚えた。自分に対する選民意識から来る横暴は、まだこの国の病んだ縮図であると思えば理解できる。しかし、いくらなんでもか弱い女の子に乱暴を働くのは見るに堪えない。
女性に対してはかなり歪んだ感情をもつベルだが、弱い者に対する暴力は許す気はない。
(こいつら……いい加減にしろよ。こっち12も付与されたとはいえ、使えないタレントで困惑しているんだ……解離奈有って……ん?)
この変な名前のタレントにベルは心当たりを思い出した。死んでしまった日の数日前に受けた精密検査で飲んだ薬の名前だ。
それは腸内の異物を洗い流し空にする薬。飲むとすぐに激しい下痢を引き起こす。しばらくトイレから出られなくなるが、短時間で腸はきれいになり、お尻から入れる光ファイバーのカメラで精密検査ができるのである。
「お前ら貴族なのに女の子に乱暴するとは、地に落ちたな!」
ベルはそう言い放った。明らかに喧嘩を売る態度だ。初めは下手に出てトラブルを回避しようと思ったのだが、自分を助けようとした他人まで巻き込むようでは穏便に済ませることはできない。
「何だと、この平民が!」
「やってしまえ!」
ウィリアムの命令で2人の取り巻きがベルに殴り掛かってきた。平民は抵抗しない。貴族に殴られるまま耐えるものだとこの2人は思っている。
「解、解離奈有……!」
ベルは冷静にタレント発動の言葉を口にし、左右の取り巻きをにらんだ。
「はははっ……何を言っている……うっ……」
グルグルグルと異様な音が2人の腹部あたりから聞こえた。
左右から殴り掛かろうとした取り巻きたちが腹とお尻を抑えた。
「うっ……出る……やばい……」
「しゃばしゃばの~うっ……歩くと出そう……」
その場でうずくまる2人。
「おい、お前たちどうしたのだ?」
急に取り巻きがうずくまったので、ウィリアムは驚いて駆け寄った。
(ゲリナールって……あの薬のまんまやん!)
ベルは最後に得たタレント能力がとんでもないものであることに気づいた。そして今、それは自分が受けた恥辱を晴らすために仕える力なのだ。
もしかしたら、この能力が使えるようになったのは、この状況を打破するためなのかもしれない。
(ああ……駄女神さま。これだけは感謝しよう。そしてウィリアム、お前にも感謝しよう)
ベルは頭の中であのポンコツ女神と性悪いじめっ子に感謝した。
(ウィリアム……さっきはよくも人の頭を踏みつけたな)
ベルは駆け寄ったウィリアムに冷たい視線を送った。貴族に逆らうなと言った父の言葉に従うしかなかった先ほどとは、心の持ちようが違っていた。
「貴様、俺の側近に何をしたのだ?」
「いえいえ、何もしていませんよ。お二方とも急に具合が悪くなったようで。一体どうされたのでしょう?」
「うおーっ!」
「はう~っ!」
お尻を抑えてぴょんぴょんと飛び跳ねる。しかし、それも限界に近づくと一歩も動けない。お尻を抑え、おなかをさすり、お尻の穴に集中する。
「も、もう……ダメ……」
「ふあああああっ~」
二人とも強烈な便意を我慢できず、ついに脱糞。辺りに臭気が漂い始めた。
先ほど突き飛ばされた金髪巻き毛のお姫様も嫌な顔をして鼻をつまんでいる。
ウィリアムは思わず鼻をつまむ。異臭を感じたのか、近くにいた者も騒ぎ始めた。
「なんだか異臭がするぞ」
「臭い、これはあの臭い?」
「あの2人じゃない、こんなところでもらしちゃったの?」
たちまち遠巻きに人が集まる。
「ありゃりゃ。貴族様とあろうものがこの神聖な場所で脱糞とは。天罰が下りますね。あ、下ったのはお腹か。ははははっ……」
そうベルは笑う。聞いていた数人の貴族の子弟も笑う。何人かの令嬢たちは扇で顔を隠し、ひそひそと話している。
「貴様、平民の分際で、その口のききようはなんだ!」
ウィリアムは怒りに任せてベルを殴ろうと掴みかかった。ベルはそれに抵抗せず、ただ単に冷たい表情で一言発した。
「解離奈有!」
「うっ!」
殴ろうと振りかぶったウィリアムの拳は、ベルに向けられることはなかった。手はお尻へ向かい、必死に込み上げる便意から逃れようと抑えている。
「ば、ばかな……こんな神聖な場所で……こんな醜態を~っ」
ぐっとこらえるウィリアム。さすがは現軍務大臣のマクドウェル伯爵の跡継ぎ出る。魔法によって生み出された激しい便意も抑え込む。
「ああ、ウィリアム様どうなされました。お体の具合が悪いのですか?」
「き、貴様~何をした!」
「何もしていませんよ。たかが平民の小せがれに何ができましょう。もし、何か困ったことになったのなら、それはきっと神のよる罰でしょう。ああ、神様の前で弱気平民をいたぶった罪でしょうか……残念」
「か、神の罰だと! ふほっ!」
怒鳴るとお尻の穴が緩んでピュッと出てしまいそうだ。ウィリアムは冷や汗を流してすんでのところで止めた。
しかし、立っていられない。顔は激高しつつもゆっくりと床にうずくまる。
「そうです、罰ですよ。しかしウィリアム様、困りましたね。この神聖な場所での粗相。きっと噂になりましょう。そして、あなた様に憧れのまなざしを向けていたお姫様たち。この後の彼女たちの冷たい視線は見ものですねえ」
ベルはそう言ってうずくまるウィリアムを見下す。ウィリアムは脂汗をたらして耐える。その目は怒りに満ちている。
ベルはその目を見るととどめをさしてやらないといけないと思った。さっさとその場を離れながら、そっとウィリアムへ視線を送る。
「もう一回、解離奈有!」
『解離奈有』の2回がけ。効果は2倍だ。
「うああああああっ~」
こらえきれずにウィリアムは盛大に解き放った。半ズボンを突き破るかのような勢いの破裂音。
周りにいた貴族の令嬢や令息たちも叫んだ。
「きゃああああ~」
「うあああああっ~」
大騒ぎになる現場。ベルは冷たい視線でウィリアムたちを見下ろす。その袖を先ほど助けに入ろうとしてくれた令嬢が引っ張った。
「お主、すぐに逃げるがよい。あとはわらわたちが引き受ける」
面白いお姫様である。
「ありがとうございます」
「なに、あのような態度が許せなかっただけじゃ」
そうお姫様はにっこり笑って言った。確かにベルは消えた方がよいだろう。タレントの力でこのようなことを起こしたことが明らかにされないからだ。
騒ぎを背中に聞きながらベルは神殿を後にした。平民の自分は知らぬ、存ぜぬという態度である。




